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緊急入院した医大で
酸素マスク・経鼻胃管・おしっこの管・24時間の点滴・・・
痛みどめを依頼しても、反応の遅いスタッフ
言い訳だらけの主治医・・・・
そして、もちろん癌の増大と肺炎による体調の悪化
目がほとんど見えないので、不安もあったことでしょう
入院2日目にしてせん妄が発症。
ラインをひっこぬいたり、殺される!とか知らない人がいるとおびえたり
意味もなく手がわさわさ動いてチューブ類を握りしめたり・・・
若いときには、飛び級で赤門のあるT大の大学院を卒業して
研究の道に入った才女。
山の会に入って、仲間と日本アルプスをテントをかついで縦走するのが趣味で
スキーのインストラクターの資格も持っていた運動神経抜群の山ガール。
中年以降は、海外旅行や温泉を楽しみ、自分の薬局を営んで地域の方々に
親しんでいただいていた薬局の先生。
その彼女の錯乱する姿に家族は大変ショックを受け、心を痛めました。
しかし、医大にも良い先生がおられました。
緩和ケア外来でお世話になったK先生です。
わざわざベッドのところに来てくださり
「どうですか?痛みは抑えられていますか?そうですか、少し痛みが残っているんですね。麻薬のお薬をたくさん使っているので、どうですか?なんか変な感じがしませんか?そうですか、なんか今までと違って、音が聞こえたり人の気配がしたりするんですね。○○さん、それは多分肺炎のせいもあるし、痛みを抑えるために飲んでいるお薬のせいもあると思いますよ。皆さん、そうなるので、心配しないでくださいね。大丈夫ですよ。」
と、母に(←これ、大事です。ほかの先生は面倒くさいのか、私たちに説明するんです。)説明してくださいました。
その後、ホスピスに行けるようになって良かったですね、とか
ご自分の娘さんの話とか、世間話をして母を楽しませてくださいました。
最後に母は「K先生とお話しするのが一番楽しい。ありがとうございました」と、頭をさげてお礼を言っていました。
さて、今朝は9時半に救急車がきて、母は主治医と姉とともにホスピスに向かいました。
山荘風の建物で、各部屋からベランダに出られるようになっています。
母はこのホスピスで散歩をしたりすることを、楽しみにしていました。
しかし、もう自力で歩くことはできません。
救急車でついた母が落ち着いたところで、医師2名看護士さん2名による
詳しい説明があったのですが、やはり病状はかなり厳しいもので
余命は1週間程ではないかということでした。そして、延命処置についての確認がありました。
その後、今までの経過・家での過ごし方・病院での状態・どういうことを望んでいるか・家族はどういった悩みを持っているか・・・・などを根気強く聞き取ってくださいました。
ここのスタッフの方は医師を含め、とてもよくこちらの話を聞いてくれます。
千葉からきている姉が、向こうで滞っている仕事と母の状態の板挟みで、身動き取れなくなっているという悩みを話しているのもしっかり聞き取ってくれ、話してるうちに姉の心も落ち着いてきて、どうしたらいいかを冷静に考えられるようになってきました。
母のせん妄のきっかけであったと思われるチューブ類はおしっこの管を残して、全て抜いてくれて、薬の投与方法も工夫してくれることになりました。
看護士さんも母が嫌がる処置は一切しません。
むりやり痰の吸引もしないし、酸素マスクも無理につけません。
その結果、多少寿命が左右されるかもしれませんが
それよりも母が快適に最後の時を過ごせることを優先にすることにしました。
どうしても散歩に行く!と言い張る母を車いすに乗せて(←これだけで、大変な作業です)
ベランダを散歩させてくれた看護士さん、ありがとう!
こちらもスタッフの方々の頼もしさに、心の余裕ができて
母が「お米をとがなきゃ」と言って、起き上がろうとした時も
洗面器に水をいれて持ってきて「何合とぐ?4合?今日はいっぱいとぐねんなあ」と
一緒にお米をとぐまねをしたりして、彼女のせん妄におつきあいできるようになりました。
(さすがに、父に電話して「監禁されてる!」と言ったときには脱力しましたが(^^;))
残された時間は長くないけれど、最後にこのホスピスに入院できて
本当に良かったです。
あのまま医大にいてたら、きっと一生後悔したと思います。
でも、ホスピスへの転院をまず最初に勧めてくれたのは
ほかならぬ医大の先生でした。
彼らも、医大の役割・医大でできることとできないこと、などに縛られて
悩んでいるのかもしれないですね。
明日は、ホスピスにお泊りして母と過ごします。
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