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40過ぎてから、親孝行なんてことを考えるようになった。
フリのようで、一応真剣なつもりだ。
実家に行きもしなかった私が、頻繁に帰省するようになったのは地理的条件の変化だけではない。
最近ではほうじ茶を飲みながら、少しの時間なら二人で話すことも。
数ケ月前に帰省した時のこと。オヤジは「一見しただけでは判らない人間の内面、そして優しさ」みたいなことを語っていたと思う。(あまり真面目に聞いていなかったのか、詳しくは失念した)
湯飲みを置いたオヤジは自分の机に戻って、一枚の写真を持ってきた。
オヤジは77歳、サカナオタクみたいな研究の仕事を引退して長いこと経つが、数年前の一時期、友人のやっている、都内の某駅そばの釣り堀でお手伝いをしていたことがある。
無数のオフィスビル、電車・駅、そしてお堀に囲まれた都会の釣り堀は人種の坩堝であったらしい。
釣り吉はもちろん、サラリーマン、OL、リクルート学生、いわゆるヤンキー・・・そして少々怖い系の人も。
常連さんとは自然に会話をするようになって、渡された名刺が昔の仕事で繋がっていたり、同郷(山形)の方であったり・・・。それなりにオヤジは楽しんでいたらしい。
そんなオヤジが頭を悩ませていたのは、常連の中の「一見してそれとわかる」コワモテのオジサンの釣り堀構内での立ち小便。トイレがあるにも関わらず、そこまで行くのが面倒だったらしい。オヤジもさすがに注意することを躊躇っていたと。
困ったオヤジは、敢えてオジサンのいる時に、立小便の定位置であるフェンス際の草むしりをして、そしてそこに咲いている花に肥料を与えて・・・。
以後、オジサンは立小便をやめ、オヤジにも挨拶をするようになったと・・・。
しばらくしてそのオジサンが照れくさそうに挨拶をしに来たそうな。
「こんな私をいつも遊ばせてもらって、有難うございます。いい色がでましたね。」
そう言ってオヤジに渡してきたのはA4に拡大した例の場所の花の写真。
オヤジは今でももらった写真を大切にしている。
私もその手の人間は苦手だ、怖い・・・・。
しかし、人間には本当にいろいろな側面があるんだなと・・・たまにオヤジの相手してやるのも悪くはない。
言葉でなくとも伝えられるものがあることを、改めて学んだ不肖の息子43歳。。
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