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大学時代、公式戦にてある大学に勝利を収めたあとのことである。
場所は母校のグランド、いわゆるホームだ。
私は3年生で副務という立場であり、グランドの片づけを先導していた。
ふとグランド脇の石のスタンド席に目をやる。
我が校に敗れた相手チームの応戦席の控え部員が、だまって自分達の周囲を掃除し始めた。
私もアウェイや宿泊先などへの礼を逸しないようにと、いつも心がけている(つもり)であったので、さほどの驚きはなかった。
しかし、我々の簡単なグランドの「後片付け」が終わっても、彼らの清掃行為は終わる気配がない。
掃除の陣頭指揮は、知人であり同じ3年生副務のK。
当時のメガネの定番、茶色のベッコウ、やや垂れ目のフレーム。
フレームの奥の巨大な目は、実直を眼球にしたような勤勉学生の風情。
テーピングのクズやら何やら、ゴミ拾いから始まった彼らの清き清掃・・・しまいには自分達の占有していたスペース周辺の落ち葉のたぐいまで掃除し始めた。
日が沈むのも早い季節、薄暮のグランドに残っているのはKの一団と私だけになった。
私はKに言った。
「有難う、ここまできれいにしてくれて!」
Kは照れくさそうな笑顔を見せながらも大真面目で答えた。
「こちらこそ、有難う。でも、もう少しやらせてくれ!」
私も受動的に落ち葉拾いを手伝うと、Kはそれを制止した。
「おれたちの使わせてもらった場所だから・・・」
やがて、Kのベッコウ眼鏡にかなう領域に至る頃、その一帯はグランドで一番きれいな場所になった。
私はKとともに、メンバーがレセプションをしている会場に向かって並木道、そして学校構内を歩いた。
その時にKの言った言葉は今でも鮮明だ。
「ごめんな、お前まで付き合わせてしまったみたいで。
でもさ、俺たち礼儀にはいつもこだわっているんだ。
ラグビーで負けて、おまけに礼儀や、人間で負けてたらいいとこないだろ。
だから、お邪魔した先では自分達が使う前よりきれいにしてから失礼する、これ決めてるんだよ。」
(今ではよく言われている内容だが、私が初めて聞いたのは80年代、この時のKである。)
私はだまって手を差し出した。私の握手癖である。
彼はようやく冗談な笑みを浮かべて続けた
「だってさぁ、俺たちって部歌もなんか地味だし・・・''○○○○○○○に映え〜''なんて・・・暗いよな」
「んなことねぇよっ!」 私は思わず吹き出してKの頭をこずいた。
Kと歩きながらのそんなやり取りは、レセプションで「歴史ある部歌」が高らかに歌われた頃だったのだと思う。
翌年、Kの大学とはスケジュールが合わずに試合は組まれなかった。
しかし、今でも行った先を失礼するたびに必ず思い出すKの言葉。
20年近い年月を経て、茶色のベッコウ眼鏡は、中田英寿みたいな「お洒落メガネ」に変わっているのか、はたまたコンタクトレンズか。
いや、あいつは今でも茶色のベッコウ眼鏡で「立派な40代」を生きているに違いない。
携帯のなかった当時の、「私が連絡先を調べ損なっている要人」の一人である。。
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