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こんな駄文日記でも、奇特なお方から内緒コメントを頂くことがある。ここではカギコメともいうのか。
ラグビーを愛する者として、人間として勉強させられる内容にはただ深謝である。
先日、やりとりをさせて頂いたZさんに、私は「最近の学生ラグビーがおかしい」との愚論にもならない、「愚痴」をこぼしてしまった。これに対して、Zさんはラグビーマガジン08年6月号のDAI HEART(文/藤島大)の内容を思い出されたと。
書棚から当該号を引っ張り出し、改めて読み直して、ただ唸ってしまった。
当該コラムについて・・・私などが纏める失礼を承知で・・・
50年以上も前の話。他校の先輩の代返のために出た授業で議論をしてしまうような学生。こんな知ある豪傑にこそラグビーをして欲しい。最近は小・中学校〜高校〜大学というエリートラグビーマンの進路のルート作りにおいて、能力に恵まれたものの特定大学への集中が顕著である。こうした「人材の単線化」が、ラグビーマンの社会各方面における「人材の多様性」を少なくしている。
強豪、非強豪の二極化が進む中であるからこそ、「入ってから」ラグビー一色にならぬよう、単線を複線にすべきではないか。多様性に溢れていたその昔、早稲田でも冬、夏のシーズンオフがしっかりとあったのだ。協会責任で、しっかりとシーズンオフの規定を決めてはどうか? 不思議と全体の競技力は落ちず、「文武両道」の普及策にもなる。
このコラムにこそ、私の思っていたことに対する解答のエッセンスが詰まっている。
Zさんはこうもおっしゃった。
「今のラグビー部員にはアソビがないのでは?」
アソビとは、ハンドルやブレーキなどにおける、いわゆる「アソビ」である。
自身の心に、またスケジュールに「アソビ」があれば、不要なしゃかりきも、必要以上の自虐も薄まるはずだ。まさに、おっしゃるとおりである。すべてがラグビーでぎっしりになってしまった時に、ラグビーだけの充実と引き換えに失うものは大きいはずだ。
やはりラグビー界も「ルート造り」ではなく、個性あるパーソナリティの集合体であって欲しい。
そして、単線でなく、複線であって欲しい。
シーズンオフの効用について。
藤島氏の1年近くも前の提言をラグビー協会は読んでいるのであろうか。。
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