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2日間、菅平に行ってきた。今晩、土日のスクール合宿のために一時帰宅。
名前もポジションも知らない中学生と、ゼロから始めた合宿は、周囲のコーチ仲間にも恵まれ充実した時間。そんな中、昨日夕方に舞い込んだ、あまりにも驚きの訃報。
あの「炎のタックルマン」が逝った・・・
一昨日の5日まで、菅平で指導者や高校生を対象に、スキルアップ講習をしておられたとのこと。
私も、つい先日の豪州セミナーで、その褐色のお姿を拝見したばかりだ。
グランドでは面識のない私に対して、私より大きな声で挨拶を返してくださった・・・気が付けば石塚さんだった。
昨日から私が宿泊していた大部屋は、偶然にも久我山OBばかり。皆、ただ驚き、悲しみ、そして情報を収集しておられた。それでも、それは悲しいくらい間違いの無い、訃報の事実であった。
昨夜来、菅平は雨だった。途中、幾度も怒りにまかせたような豪雨になった。
私の親分Yさんいわく、これまでに見たことのないほどの豪雨だと。
本日、周囲の土のグランドは午前から使用不可、我々の使っていた人工芝グランドも文字通り海と化した。決壊する涙腺のごとく、グランドから裾に激しい濁流。
それでも我々は、人工芝ゆえに、試合、練習のためグランドに行く選択肢は確保された。
しかし、雷までもが鳴り始めた午後・・・中学生は勿論、高校生も試合途中で宿に戻った。
石塚さんを知らない中学生達は嬉々と水溜りで戯れる。
シャワーを浴びて部屋に落ち着く頃、豪雨は続くも雷だけはとまった。
近くで聞こえる気合の声につられ、窓の外を見た。
まるで待っていたかのように、宿の向かいのS旅館のグランドで試合が始まった。
こんな日にまだ試合を・・・・・・。
久我山OBがつぶやいた
「久我山だよ・・・。」
それはまるで、偉大なタックルマンのあくなき志を継ごうとする、後輩達の出陣にもみえた。
湿った空気に高校生の声が聞える。
今日一日、菅平は泣いていた。
合掌。。
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