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私の高校時代、都内の「ワル」の学校の一つであった東京朝鮮高校。
しかし、ラグビーの試合すれば刺さるタックル、絶えない闘志に対して、こちらも畏敬の念を持ったものだ。ただし、それは全て練習試合でのこと。
なぜなら、朝鮮高校は国内の公式戦への出場を認められていなかったのだ。
掛け値なしの実力校であったにも関わらず、その舞台に上がることすら出来ない。
そんな苦難の日々を監督、選手、父兄、関係者がどのような思いで乗り越えていったかが、数々の猛々し過ぎる、それでいてヒューマニズム溢れるエピソードとともにに綴られている。
草創期にグランドのネットを潜って現れた謎の日本人コーチ。久我山、目黒、本郷などの強豪校との熱い交流。苦境の時代に日韓のホンモノ同士が引き合った必然にも感動した。
紆余曲折、長年に渡って結集された熱意は94年にようやく結実、国内大会への参加が叶う。
我慢の時代からから一つの壁を越えていく・・・そんな過程を、著者は過度の感情に溺れることなく、絶妙なテンポの筆致で進めていくが・・・。以後、現在まで聖地「花園」への壁は高く、全国大会出場は叶っていない。(大阪朝鮮高校は出場しているが・・・)
この本を読み、私の高校、大学がどうして門戸なき朝鮮高校、朝鮮大学と練習試合を組んでいたのかが、おぼろげながらわかった気がした。それは指導者間の楕円球の絆なのではないかと・・・。
かつて私に「練習試合」でイタイ思いをさせてくれた在日ラガーを、改めて理解できた良書であった。
巻末の「朝鮮高校を知るために」はへたな歴史書よりも、内容の濃い資料的なページ。
在日朝鮮人、朝鮮高校のイデオロギーや歴史背景、南北の違いなどについて簡潔、明瞭にまとめられている。日本人としての知っているつもりは、つもりに過ぎなかった。。
■数年前、とある酒場で朝鮮大学ラグビー部関係者と一緒になった。
20年以上前、私が空中タックルの餌食になったセピア色の光景について語ったら、笑顔の乾杯を返された。そして友になった。やはりラグビーの友は最高だ。また第二グランドを覗いてみようかな。
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