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まだラグビーボールが皮の時代、それをピカピカに磨くのに苦労したものだ。
ひとつでも磨きが悪ければ、1年全体ののバツ練は当然のlaw。
皮といえば上級モデルはSCEPTRE model1000やCONVERT 777だった。こいつらを光らせるために、ツバを吐いては、小汚い手垢か消しゴムのカスみたいなものを量産すべく、ひたすら指先でこすり続けた。仕上げに軍手を使う派がいたり、あくまでベアハンドの手仕上げ派がいたり。となりの高校がバナナを使うと聞けば邪道と思いつつ試し、母親の使い古しのパンストすらも、恥ずかしげもない当然のアイテムであった。
ツバを吐きかけられても、ピカピカに磨かれたボール。絶対に本望。
現在のような白いラバーボールがデビューしたのは1987年の雪の早明戦であったように思う。それ以前にも皮の白いボールはあった。おそらく昭和55、6年頃は、日も暮れればコンビネーションなどの練習には、ツルツル滑るメーカー製の皮の白ボールが登場していたはずだ。
しかし、それより遡ること5、6年くらい。近所に煙突聳える八幡山。
当時、東京の、いや全国高校ラグビーの雌雄を争っていた2チームは一日に16ハーフをやるために、名将二人がボールに白いペンキを塗っていたという。
夕刻まで酷使されるために、白ペンキを塗られたボール。そのボール、塗料のおかげで皮膚呼吸できなくとも絶対に本望。
東京に留まらず、全国高校ラグビーの名門校。明かせば数年前にボールに白ペンキを塗っていた高校のひとつ。その年、ボール磨きをやめた。磨く時間と、空気を抜く時間、また空気を入れる時間。それを励行することの不確定な寿命や卸値、個数と「練習時間」との関係を考えた。きっぱりやめた。その年全国優勝した。
決して磨いて貰えなかったけれど、チームが全国優勝したボール。絶対に本望。
最近のとある県の高校の練習の最中。
グランドのネットのむこうの茂みに、以前から放っておかれたであろうひとつのボール。
発見した監督が烈火のごとく怒鳴った。
「お前らぁっ! ちょっと来い! これでこのボールが本望だと思うか?!
ラグビーの道具は大切にしろ!!」
監督は高校時代、八幡山の住人だった。
雨の中、気付かれもせず放置されたボール。絶対に本望であるはずはない。
ボールよ、本望か? 問うてみる。
今は磨かれることもなくなったボールへの愛情表現は、その存在を認識し決して紛失しないこと。
決して難しいことではないのだけれど。。
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