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今季の大学ラグビーは終わったか。
いや、選手権ファイナルに進んだ帝京と東海には日本選手権がある。
それでも2校を除くチームの2009年度は終了している。
4年生は、この1年間を振り返っているのか。4年間を振り返っているのか。
いや、来たるべくこれからの人生に思いを馳せつつ、馴れない自由に戸惑っているに違いない。
当り前だが、4年生は特別である。
正確には最終学年の「1年間」は特別である。
最後のシーズンの勝負にすべてを賭ける者。
自己確認でもするかのように、試合に出られずとも、己を殺し、ひたすらチームを盛り上げる者。
裏方で粛々と働く主務、マネージャー。
中には幾ばくかの情熱すらも消えてしまった、目標なき流離者も。
しかし、燃えうる時間の残量が見えてしまうことは、すべての4年生、皆、同じだ。
そして最後の結果を出したときに、4年生は、4年生でしか感じえない最後の感傷に浸る。
それは歓喜の時間であるより、敗戦による催涙の時間であることが多い。圧倒的だ。
勝利の「実感」で終われるのは「優勝」、「入替戦勝利」など・・・。
大学ラグビーが終わろうかというこの時期、いつも思い出す記事がある。
「4年生の冬」という大友信彦さんの記事である。
「Number」1989年2月5日号(or楕円球に憑かれた男たち・大友信彦 洋泉社)にある、「4年生の冬」という大友信彦さんの記事である。
日体大、早稲田、大東、明治・・・強豪校にあって、出場機会に恵まれなかったり、ケガに泣いた4年生の思い。最後まで自らの情熱と、チームにおける立場の狭間で葛藤した男たちの生の声が琴線に響く。
1989年1月2日の大学選手権準決勝。
16対28で明治に敗れた、日体大の吉田浩二主将の国立競技場駐車場での集合の言葉。
活字で聴いた言葉が、20年経っても耳から離れない。
(以下引用)
試合後のファンクションを終え、国立競技場の駐車場で、日体大の全部員は集合した、
「勝てんかった」。腹から搾り出すような吉田主将の涙声。部員の輪からすすり泣きが聞える。
「去年、大東に負けたとき、絶対妥協しないで練習して、負けないで笑って終わろうと思ってやってきたけど・・・・・・負けた。
みんなで、一生懸命練習してきたけど、
申し訳なかった。
1年生ありがとう。
2年生ありがとう。
3年生ありがとう。
4年生ありがとう。
タックルのときの、みんなの声を忘れないでやったけどな、
だけど、こんなまとまったチーム、オレ4年間やってきて一度もなかったと思う。
来年、もっとまとまって、勝とう。
みんな、ありがとう。ありがとう。
顔あげろ。
このくやしさ、絶対忘れんなよ。
ずっと、1年間、持続させていこう」
吉田の代、そして木村や猪口の代のチームはこのとき、終わった。残ったのは対抗戦2位、大学選手権ベスト4。ただそれだけだ。しかしその真価は来年、さらに再来年以降に現れてくるに違いない。
木村も猪口も、静かに他の部員たちの肩を抱いていた。4年生たちの闘いは終わったのだ。
その頃、国立のフィールドでは大東大が同志社からトライの山を奪い続けてきた。スタジアムの外で、ひっそりと新しいチームが船出したことを知るよしもなく。
(引用終わり)
この時、ひっそりと船出した新しいチームは1年後の同じ日、同じ時間に準決勝で勝利して、先輩への恩返しを果たした。
そして、引用文中に出てくる、時の運に恵まれなかったWTB「木村」の名こそ、ジュニアリーダーとしての日体大の改革者。現・東海大学ラグビー部監督 木村季由、その人である。。
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