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ルーツ校はつまらないものを流行らせてくれた。
勝利への道を探求した結果が、ラグビーをつまらくしてはいないか。
巷で話題になっていた慶應のモール回避。昨日の明治大との試合で流通経済大もやっていた。
もう前半でしらけて、見るのをやめてしまった。勝敗を知った上での録画観戦であったからではない・・・ラグビーらしくないからだ。続いて見た慶應−帝京では平林レフがトップレフらしく明確な線引きをしていた。それでもゴール前での萎えるシーンは避けられなかった。
FWの力勝負に劣る側が正々堂々と逃げに回る。慶明戦のときに感じた違和感ある戦術は早慶戦でも踏襲され、大学選手権では他校にも拡散した。ルール上の盲点になり得るか否かすら怪しい。(かった?)
モールなのか。違うなら下へ入れるのか。それはさすがに危険なプレーだ。
しかし、モールもどきが前進すればオブストラクション。アクシデンタルオフサイドのおまけも幾度も散見された。
モールもどきでボールはテール・・・「Use It!」
ボール使用目的の制限はチームの魅力を殺す。当然だ。
FW近場のゴリゴリをつまらないと否定する展開志向のファン心理も理解できるが、さすがにこれは肯定困難ではなかろうか。
私はBKへの果敢なオープン展開も好きだし、FW近場のゴリゴリも好きだ。
「走ること」「押すこと」はどちらも"ラグビー"という競技の揺るがぬ幹である。
ノックオン、スローフォワードなどの、ミスとも変換できるような反則を、マイボール側有利に「正当なコンテスト」のもと再開されるのがスクラムである。同様に考えて、タッチならばラインアウトでコンテストする。
相手とのコンテストを意図的に避けるチームが勝つようでは、このスポーツの根本的な競技性の危機である。
ラグビーの競技規則を見るとラグビー憲章−競技規則の原則−独自性の維持の一節にこうある。
競技規則は、スクラム、ラインアウト、モール、ラック、そしてリスタートを通じて、ラグビーの持つ他にはない特徴が維持されることを保証する。
この競技を愛する多くの人間が違和感を覚えるのは、このラグビーのアタリマエをスポイルするプレーだからではなかろうか。
また、競技原則−喜びと楽しみにはこうある。
競技規則はプレーをする上で楽しく、見る上でおもしろいゲームのための枠組みを提供する。時として、この二つの目的が両立しがたいように思われる場合があるが、そのような場合には、プレーヤーにプレーヤーの持つスキルを自由に発揮できるようにさせることで、喜びと楽しみが大きくなる。この適切なバランスを達成するために、競技規則は常に見直されている。
結果的に、慶應はこれまで曖昧であった部分に、明確な問題提起をしたことになる。尊敬に値する慶應だからこそ言わせてもらうならば、私個人としては「モールの成立」などの解釈について、ジャッジを伺いながらゲームを進める慶應よりも、鉄の結束で相手にぶつかっていく魂のラグビーを見たかった。今回の明治との試合が接戦になるのではないかと期待していた流通経済も同様だ。
11月の初めの慶明戦のあとのこと。FWプレーの達人と前述の解釈について、あれこれ話をした。モール、ラインアウトの定義や解消について一通りの解釈を述べたあとに彼はひと言。
「あれじゃ、ラグビーがつまらない! コンテストして欲しいなぁ!」
あれこれ複雑に考えても、最後はここに尽きるのだと思う。
かく言う私も、競技規則を引っ張り出した時点で、この「モールもどき」にしっかりと巻き込まれているのかもしれない。もちろんノーバインドで。。
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ラグビー・怒・悲
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