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「風とゆききし 雲よりエネルギーをとれ」
うたを含んだメールは口笛のリズム。
七ヶ浜のボランティアセンターで、ひたすらパンク修理をしていた吉田さんからだった。
避難所や地域の人の自転車を直し、ついでにパンク修理も教えてしまう。
材料は瓦礫から掘り起こした自転車部品、タイヤだ。
我々が土のうや石を運び、手荒く使った一輪車のタイヤも、吉田さんの手により幾度も息を吹き返した。すべての人に声をかけ、タイヤのエアとともに元気も充填してしまう。彼の周りにはいつも人が集まっていた。明るさを安売りするムードメーカー気取りの輩とは、悲しいまでのコントラストだった。
...ずっとサイクルショップの方だと思っていたが、最後の日にもらった名刺に陶芸家とあった。これからも、パンク修理をしながら避難所を渡り歩くと。
風みたいに気持ちいい性格で、雲と同じくらいのエネルギー。
自分の人生と陶芸に影響を与えた宮沢賢治に会いに花巻に行くと言っていた。賢治の宇宙観には読むたびに発見があると。
いったい今はどこなんだろう。
メールには書いていないけれど、七ヶ浜より北のどこかにいるはずだ。
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