楕円の転がり、心の転がり・・・

家族、ラグビー、仲間が命・・・私の生き甲斐。夢に病んだ楕円オヤジの内緒の備忘録。

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先週、宮城に行って強く思ったこと、伝えたいこと。

それは「ボランティアとは決して難しいものではない」ということである。
正確にいうならば「難しく考えていてはいけない」ということ。
現地での労働力は著しく不足しており、そこに行けば当然ながら歓迎されるし、誰かの役に立てる。それだけのことだ。
...単純に労働力の物理的人数が足りないところに、自ら「働こう!」の意志を持って行くのだから当然である。その当然が、実は複雑に捉えられてしまっていることが多いのではなかろうか。
かくいう私も、今回、宮城へ行く前には複雑に考えていた。3月に一度行っているにも関わらずである。

もう少しはっきり書けば、この「複雑に」とは以下のような感情であった。
「現地におけるボランティアの交通整理が難しく、行っても迷惑になるだけではないだろうか」
「被災地の感情は極めてセンシティヴであり、東京で何不自由なく暮らしている自分が行くことは単なる押しかけ、迷惑ではないだろうか」
「事前に登録手続きなどをしないと、活動は出来ないのではないだろうか」

しかし、初日にボランティアデンターで受け付け済ませれば、上記の不安はすべてが杞憂であった。飛び込みで行ったボランティアセンターのリーダーから、笑顔で”業務”を振り分けられ、あとは初めましての仲間たちと、ひたすらそれを全うするのみ。私は泥かきや、瓦礫運びなどをやったが、センターのミッションは多岐にわたるので肉体労働だけではない。

例えば、避難所や仮設住宅で暮らす人々のお手伝い。それは困った人たちの話し相手や、片付けのお手伝いをするというもの。他にも、現場からあがってきた写真やアルバムなどをきれいに洗浄・仕分けする仕事や、食料配布の仕分け・管理、現場で使用するスコップやハンマーなどの整理整頓など。

阪神淡路の時から、一部ボランティアの「自分の人生経験のために来ました」的な『The顰蹙発言』が話題にあがったが、私は大いにありだと思う。もちろん、被災者の方のことを考えれば適切な表現ではないかもしれない。しかし、現場で人手が足りないのは動かしようのない事実である。むしろ、こうした自分の経験ありきや、興味本位でもスコップ握っているヤツの方が、被災者が聴くことの出来ない条件・場所で「被災者の皆さんに対して、僕にはやっぱり歌うことしかできない」なんて言っているシンガーより、余程前向きであると思う。

実際に、熊本から歩いて「自分さがしの途中で来ました」(本人談)というシャイな脱フリーターは、北上しながら各所で瓦礫を運び続けていた。また、ある陶芸家はパンク修理ボランティアをしながら各被災地を回り「金を払ってでもしたい経験」と言っていた。何をかくそう、この「経験をしたかった」陶芸家は、明るい声かけと目配りで避難所の中でもNO1の人気者であった。

私の友人も言っていた。どうしていいか分からない、なにをすべきか悩むと。もし、時間があるならば行ってしまえばいい。しかし、なかなか時間などない人が多い。行く時間がないなら、しかるべきところへ募金をすればいい。ただし、募金先はしっかりと選定して、自分のお金がどのように使われるかが分かる方がいいと思う。またはモノを送るということ・・・使途の明確な、炊き出しの食料や、瓦礫・泥かきで使う土嚢袋の寄付も、その経路さえしっかりすれば大変有効だ。特別なところでは、スポーツや音楽によって、著名人が勇気やメッセージを与えることも大切だ。
要は、それぞれが自分の身の丈、状況に合った出来うることを「直接的に」やるのがいいのだと思うのである。

どこかの歌詞ではないが…私・野口には金も特別な才もない。しかし、今に限って言えば人よりは時間があるし、人並みの労働力と気持ちもある。だから、また宮城や福島に行こうと思う。次はラグビーボールのひとつくらいは抱えて、もっと気楽に行きたい。そんな、やや気楽な心構えの方が続くような気がするからだ。

私の信ずる某ボランティア女性の紹介する言葉の中に「炊き出しなし、ボランティアなしが目標」というものがあった。言いえて妙。ボランティアが不要の環境を引き寄せる志があってこそ、その無名の有志たちの牛歩のごとき営みは意味を持つのである。

実は….私はボランティアという言葉が苦手だ。深い意味はなく、多分カタカナの主張する過度な美意識みたいなものに、自分こそが自意識過剰になっているのだと思う。
なんというか、照れくさいのだ。
自分にとっては「お手伝い」とか「泥かき」なんて言葉の方が口にしやすい。
そんな言葉の感性は別として、行こうかなと思っている時間のある人、時間を作れる人。
やってみよう! 行ってみよう!
行くと決めてしまったら、その「ボランティア」はほとんど終了したも同然だ。
現地での時間は驚くほど速く進んでいくのだから。

最後に、小さいことを少しだけ。
・事前登録不要。各ボランティアセンターの状況を電話で確認するなりして、あとは行けばいいだけ。
・ボランティアは申請すれば高速無料で往復。
・カップ麺食べ放題、炊き出しなども頂くことができる。
・用具その他は貸してくれるので、長そで・長ズボンで行けばOK。(長靴なら尚OK)

決めてしまえば簡単なこと。
それがボランティア、無償の労働である。。

意識高まってきたが

今日の午後は高校の練習。
監督不在。メニューはアレンジして2時間。

アップで10分走ってから5mグリッドのメニューを3種。
ファイブスターの後に、2vs1〜3vs2。
...昨日の3vs2が不十分だったので、もう一度2vs1からやったのだが....もうちっと反復が必用かな。

後半はサーキットを少々やって、インターバル走を112233221で。
最後にラグビベースを罰ゲームつきでやって終了。

インターバル走をやっている時に思ったのだが、部員のフィットネスは着実にあがっている。特に真ん中から後ろのグループが差を詰めてきて「ついて行くぞ」の意志が見て取れる。

しかし、、、、明日を最後に約2週間の試験休み。もちろん、学業が本分であることを承知していても、勿体ないの気持ちは拭えない。
こんな気持ちに拍車をかけること。学校は各部に対して、今よりさらに練習日、練習時間を減らすように通告してきているという。

頭でっかちの「偏差値君」を育てることのみが、中学・高校の教育なのか。
それならば対外的に「文武両道」の言葉を使わなければいいのに。

練習終了後、グランドに目を戻せば、前より目的意識をもって個人練習を行う部員の姿。これだけが救いである。。

学校参観

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今日は学校参観日。
娘と息子は私と同じ小学校。
母校の後輩である。

♪青葉の風が吹いてくる〜
家では、思い出深い校歌がリコーダー(縦笛)で吹かれていたりして。
そんな時、わが子は後輩なのかと妙に実感する。

小6の娘の授業は理科。
鶏の心臓で心房・心室の勉強だ。
各生徒に1つずつハツが準備されており、その食材、いや実験材料の潤沢さに驚いた。このハツ、串で焼いたら何人前だろうなどと考えていたら、娘と目が合った。

小4の息子は国語。
後ろから2番目で、時折となりの"女子"に話しかけたりしながら、まったりと授業を受けていた。集中しろよ....

もちろん、授業中は撮影禁止なので、授業終了後に息子の教室からこっそり1枚。校舎からの風景に感傷の思い...甘ずっぺ〜。

息子はこの窓から暑い夏の景色を眺めるのか。
娘はこの上の階からだ。
自分も眺めた若宮小のからの景色。

団地も様変わりして、給水塔もなくなった。
よく見ればうちの屋根も少し見えている。
徒歩10秒。親子で通学条件には恵まれ過ぎているのである。
走らせなくちゃ、走らなくちゃ。。

練習内容、少し変更

今日は練習の最初の50分間を大幅に変えた。
動的アップを10分間。
ハンドリング、パスで30分。
監督の理解を得て、キックダッシュをやめた。
少し時間が出来た感じ。

ひとつひとつを説明する分、少し時間が余計にかかったけれど。
これで、ユニット練習の時間も増えたかな。。

ミナミヌマエビ

メダカ水槽のコケ取り用に買ったヤマトヌマエビに、ミナミヌマエビが混ざっていて、その一匹が抱卵していた。さっそく隔離して、孵化するまで特別扱い。
稚エビがたくさん生まれるのが楽しみ。。


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