楕円の転がり、心の転がり・・・

家族、ラグビー、仲間が命・・・私の生き甲斐。夢に病んだ楕円オヤジの内緒の備忘録。

ラグビー・喜・感動・出会い

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エール

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先週の月曜日の試合後のこと。

勝利に沸くベンチサイド。
私も少々浮かれていた。

そのとき、スタンドの方からエールを切る声が聞こえた。
「フレー、フレー!チューオーーー!!」

年配のOBの方がとても喜んでいるな。
いいな、こういう雰囲気…
私はそこに自分の知りえぬ背景があることを、監督の話で知ることになる。

翌週のミーティングで監督が部員に聞いた。
「この間は本当にナイスゲームだった。ところで、試合後にスタンドで、応援の男性がエールをきってくれたの、皆は気づいていたか?」
ほとんどの部員は気づいていなかった。

私は試合後にスタンドからエールが聞こえていたことを思いだした。
監督の話とは・・・

今から2年ほど前、チームのふがいない試合の後、熱心な男性ファンが選手を激しくヤジったそうだ。
「何をやってるんだ! ちゃんと練習しているのか!」
試合中から厳しく叱咤していた男性の存在は、当然監督も認識していた。

試合後、監督はしびれをきらせて、男性のもとに歩み寄った。
「これはオレのチームなんだ。文句があるならオレに言ってくれ! 選手になにかを言うなら、もう、グランドには来ないでくれ!」

その後、男性はグランドに姿を見せなくなった。
あれだけ熱心にグランドに来ていた男性が、まったくグランドに来なくなって、2年近くが経とうとしていた。
監督にその男性から電話が入ったのは先週の試合前のこと。

「ラグビー部の応援に行きたい」
もちろん、監督は快諾した。
実は男性は悪性の腫瘍を患い、闘病生活を送っていたのだった。
それでも、母校の好調を知るに、いてもたってもいられなかったのだろう。

試合前、男性が監督のところに来て握手を求めた。
握手を求めた男性は泣いていた。
握り返した監督は笑っていた。


中央は快勝した。
勝利を喜び、沸き立つスタンド。
監督が仰いだそのスタンドの中で、男性は立ち上がりエールを送り始めたのだった。

その横で、何も知らない部員たちは、ただひたすら全員で勝利の余韻に浸っていた。
元アナウンサーのエールはどこまでも響き、そのすべてを知るどこまでも青い空は、わずかに薄暮の色合いを帯び始めていた。

ラグビーは素晴らしい。
それを真剣に観る人たちも、また、素晴らしい。
多くの思いよ、魂よ、今週もスタジアムへ。。

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昨日まで友人が顧問を務めるA高校の合宿に行っていた。

私が帰宅する昨日、練習試合を終えてグランドを出る時だった。
わずか6名の他校の高校生集団が大きな声で挨拶をしてくれた。

キャプテンであろう大柄な男の「気をつけ!」のあとに
「ありがとうございました!」
きっちり揃った礼の角度が深い。

私の敬愛する○川先生のK高校の部員たちだった。
一瞬、他の人への挨拶なのかと思い周りを見渡したが、その視線の延長上には私しかいなかった。彼らは練習試合の相手ではなく、また、指導はおろか声も交わしていなかった。
その気持ちのいい姿勢に心震わされて、私も正対して大きな声で返した。
「ありがとうございました!」

部員不足に悩むK高校は、信望厚い○川先生のつながりで他校と合同練習をしながら合宿をしているのだった。

クルマの中から見ていると、6名の集団はあとからグランドを出る各校の監督やコーチの全員に挨拶をしていた。
「気をつけ! ありがとうございました!」は幾度も繰り返されていた。

やがて、グランドは彼らと○川先生、コーチだけになった。
その日は合同練習もしたであろう彼らが6名だけの練習を静かに始めたとき、一面の芝はようやく彼らだけのものになった。

宿に戻った私が再びグランド前を通りがかると、ゴールポスト下で選手と○川先生、コーチが記念撮影をしているのが見えた。

薄暮の一歩手前。
ゴールポストの影は前日のヒコーキ雲より長く伸びていた。
そのH型の鉄の枠の中で、彼らの大切な1枚が刻まれていると思うと胸が熱くなった。

彼らの実直な礼節を浅薄に語る無礼を承知の上で…とても心に残る出来事。
同じく部員難にあえぐ母校へのエールも込めて…
頑張れ、6人の男たち。

2013年の夏が全ての高校生にとって素晴らしい夏となりますように。。

ヤマハ、再び釜石へ

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今、携帯メールを整理していた。

もう一月も前、GWにきた一通を読んでいたら涙腺が緩んだ。
ゴールデンウイーク前、釜石に支援に行ったラグビー・ヤマハジュビロのスタッフからのメール。
一部引用する。


空襲の後みたいでしたが、釜石は元気でした。
私は本日、磐田から持ってきたラグビー用品の段ボール箱20個くらいを
こちらのラグビー選手に均等に分けたり、高校生にラグビー(スクラム)を教えたりの一日でした。
家を流された子や肉親を亡くした子も元気に走り回ってました。
なんだか人間は強いなと思いました。が、
その後、もと明治大学NO8の高橋善幸さんに連れられて港や大槌の町を見に行き、やっぱり人間は弱いなと。1200億と20年をかけて作った堤防が一瞬でつぶれたり、現場の惨状を目の当たりにして、胸を鷲掴みにされたようでした。

なにも悪いことをしていない人達がなぜあんな目に会わなければ行けないのか…
(引用おわり)

メールは彼の被災地に対する熱く、温かい思いで結ばれていた。

ヤマハは今週末に再び釜石に行く。今回は真剣勝負の試合だ。
肌を合わせる、いや真剣にぶつかることで与え合うエネルギーがある。
そんな勝負を見せることで、観る側と魅せる側の相互に湧き起るエネルギーがある。
それを想像して勝手に燃えるエネルギーもある、私みたいな・・・。

今回の震災で何をしていいか迷ったり、自分自身の無力を嘆いた人は多いと思う。
日本が立ち直るために、自分が出来ることをやるのだ。
いろいろあって、でもそれぞれは小さくて。
小さくとも積み上げていかなければ終わりはない。

ボランティア活動に参加すること。
被災地支援について考え、語り合い、何かを実行に移すこと。
とりあえず募金すること。
そして、スポーツや音楽など、自身の最高のパフォーマンスを見せること。
国や政治は難しくてわからないや。

彼からのメールを見ていたら、先日のテレビニュースでの一コマを思い出した。
ニュースで釜石の中学生女子がインタビューを受けていた映像だ。
どうしてマイクを向ける?! 怒りのあまり、テレビに向かって叫びそうになった。
アナウンサーの「将来の夢はなんですか?」の質問で、頭も毛細血管も真っ赤な沸点に達した。
しかし、次の中学生の言葉に救われた。
「釜石で働く人になりたいです」
瞬時に鼻の奥がツーンとなったら、もう溢れるものを抑えられなかった。

釜石とヤマハ、今週末は「元気」と「勇気」を与えるいい試合してくれ!
オレは東京の土の上、同じ楕円の空の下で信じているぜ!

スタンドの熱烈な釜石ファンと大漁旗。
復興に呼吸する三陸の楕円マッドたちは、1月前の来訪者の再訪を手荒く歓待するに違いない。。

今年も多くの仲間や先輩から学び、そして助けられた。
そして、そんな有り難い人たちの多くのことばに触れることが出来た。
なにげない言葉に力をもらって、今こうして無事に大晦日を迎えている。
 
 
「それならばコーチをやるのがいい。すべての勉強になるから」@阿佐ヶ谷
「やろうとは言わないけれど、やってみませんか?」@国立
「出ない杭は打たれる心配もないから、まずはやって打たれてから心配すればいいんだと思うな・・・」@新宿
「今日、会社休みとって大丈夫でした?」@踏切前で
「新しいところに行くことにしました。そのほうがやりがいあるし」@携帯
「僕は大切な人にははっきり言うよ」@中央高速
「ゆっくりやった方がいいんですよ、ゆっくりやった方がうまくいくんです。チャンスさえ逃さなければね」@石神井
「クラウチのままじゃだめだなって思って・・・」@上野
「好きなことを家族のためにやりたいですよね、家族のために思い切りやりたい」@池袋
「今朝の話なんですけど、会社の話はホンマですか」@山梨の柵で
「なんか自分に負けるのって一番イヤだな」@新宿
「条件じゃない、約束と順番で決めました。カミサンも同じ考えです」@埼玉県
「コーチ、向いてますよ。大丈夫」@新宿
「実は彼から重大発表があるんでそれを祝いたくて」@池袋
「今の仕事やめて、コーチになります」@池袋
「なんか元気出るなぁ」@川越街道で
「オレの病気で死んだやついないから」@渋谷
「ラグビーキ○○イ、変人です」@阿佐ヶ谷
「決断で迷ったことあまりないんですよね。だからカミサンには本当に感謝してます」@石神井
「オレ、これでもけっこう尊敬していますよ」@新宿
「本当によく来てくれた、本当によく来たな」@渋谷
「なにも心配してないよ」@自宅
「夢は全国制覇!」@携帯
「ラグビーも人生もコンテストしないとね」@新宿
「決めちまったら怖くないから、だから決めるんだよ」@鷺宮
「同じ考えを聞くと、本当に元気が出るんです」@青山
「正解!お前、バックスかよ!」@栃木
「まだパパのほうがかっこいいし」@自宅
「賛成だね、でもただ賛成じゃつまらないかな」@阿佐ヶ谷
「けっこうきっちり考えますよね、大雑把じゃなくて」@新宿
「お前は大丈夫や、応援してるで」@新宿
「これが僕の仲間です、僕の仲間を知って欲しかった」@中央線
「パパは60歳じゃないのにどうして会社を辞めたの?」@自宅
 
「有り難いじゃない、ガンバリなよ!」@自宅
 
書ききれないけれど・・・
すべての人、すべてのことばに感謝。。
楕円の友・Hさんが急遽上京。
夕食をすることになり場所は赤坂。すっかり指導者然とした新米の高校監督は、寸暇を惜しまず社会人ステージでもスポットで頑張っていた。変わらぬ人間臭さが人を惹きつけるのか。
 
彼が一緒にいたのは、某チームのスタッフ。日本人より日本人らしいNZコーチのA、少し日本人化したNZコーチのR、そして真摯なサモアンでプレイングコーチのS。そして、日本人ACのTさん。
私と一緒に参加したAの"意外にも"流暢な英語が羨ましかった。
我々よりコミュニケーションをとってきたはずのHは、ほとんど日本語でしゃべっている。私はカタコト未満の英語で頑張ったが、逆に「ホンマ?」なんて日本が返ってきたりした。
 
「オイ、ワライスギダロウ!」
「ソレワイインジャナイ」
「ウレシイナァ、マジデ」
彼らは日本で仕事をしているから日本語を覚えているのではない。本当に日本が好きなのだと思った。
日本刀を見せれば、それが日本の風景になるのではない。むしろ、彼らのように日常の中で日本を楽しむけでいいんじゃないかと思う。その国を好きになることとは、それで十分なのだから。
 
2次会で私も久しぶりの六本木に行った。
年末に浮かれた人で溢れかえるTEMPS。
キャッシュオンでアサヒ、コロナを頂きながら、流れる音楽に身を委ねる。
陽気に語る我々に大音量はなんの妨げにもならなかった。
 
楽しかった・・・まだまだ楽しみたい彼らを店に残して、私とAは一足先に大江戸線に乗った。
そして、、、、やはり、二人で途中下車をして仕上げをしてしまった。
新宿の「天下一品」
 
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ツマミで30分飲んだ後に麺をオーダー。
私は白濁したスープを見ながら、それとは対極にあるような光景を夢想していた。
 
赤坂の店を出る前、Sに日本語で聞いた。
「サモアの海はきれい?」
「ウン、トテモ」
穏やかな笑顔で答えたSにとっての「トテモ」な海とはどれだけ綺麗なのだろう。
 
今日もいい夜だった。
これは忘年会とも違うし、なんだろう。
それは、有り難き楕円の社交場であった。
Hさん今日も有難う。。
 
■巨大モール状態のTEMPSで、Hさんのお土産の焼酎を失くさなかったこと。今日は自分とAのキープ力を過大評価しておこう。
 
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