楕円の転がり、心の転がり・・・

家族、ラグビー、仲間が命・・・私の生き甲斐。夢に病んだ楕円オヤジの内緒の備忘録。

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おかげさまで

久しぶりに手に取った本。
野村克也氏の「野村ノート」のまえがきに、ヤクルトの2軍のロッカールームに貼ってある詩が紹介されている。作者不詳の詩、とても深い
(縦書きで書きたいけど無理か...)


「おかげさまで」

夏がくると、冬がいいという  冬になると、夏がいいという

ふとるとやせたいという、やせるとふとりたいという

忙しいと閑になりたいといい 閑になると忙しい方がいいという

自分に都合のいい人は善い人だとほめ
自分に都合が悪くなると、悪い人だと貶す

借りた傘も雨があがれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
世帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満に明け暮れ 隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか 静かに考えてみるがよい
いったい自分とは何なのか 親のおかげ、先生のおかげ、

世間さまのおかげのかたまりが 自分ではないのか
つまらぬ自我妄執を捨てて 得手勝手を慎んだら 

世の中はきっと明るくなるだろう

おれが、おれがを捨てて
おかげさまで、おかげさまでと暮らしたい                          
                          作者不詳

自分の脚

40を過ぎてから勉強をすることが嫌いではなくなった。
好きで好きで仕方がないというというわけではないのだけれど、机にいられない昔の誰かさんと違うことは間違いない。
 
ニーチェの「ツァラトゥストラはこう言った」にこんな一節がある。
 
高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ!
高いところへは、他人によって運ばれてはならない。
ひとの背中や頭に乗ってはならない!
 
自分の意志という脚力にどれだけの力があるのかは甚だ疑問である・・・。
 
翻って、私の周囲を見渡しながらつくづく思う。
なんとチャレンジングな人間が多いのか。
その皆に共通していること。
自分の脚で好きなことの高みに登っている、登ろうとしているということである。
 
私が勉強を嫌いではなくなった・・・これも、単に好きなことをやっているに過ぎないのかもしれない。
それでいいじゃないか。
家族を守るという1点だけがブレなければ。。

あきらめないこと

 
これ、何回見てもいい。
こんなオレでも、なんかエネルギーが沸くんだな。
 
才能に溢れていると思われていた人たちに共通していることは、諦めないことと努力し続けたこと。
オレも「諦めないこと」を生徒とともに学び実践していこう。
まずは何を目指すのか・・・しっかりと夢を共有することから始めなきゃ。
 
たった今Aから電話があって、これもまたエネルギー。
 
さあ、行ってくるか!
 
 

カス・ダマト語録

偉大なボクシングのトレーナーとは、指導者であり、哲学者でもある。
本人の意識に関わらず、愛情注ぐ対象に対しての考え方は、愛情に留まらぬ哲学だ。

カス・ダマト。
かのマイク・タイソンのトレーナー。
片目が見えない上に色盲。しかし、誰よりも選手を、世界を、深く、広く、そして正確に視ていた。

タイソンが堕落したのは、氏亡きあと、その言いつけを守らなかったからだ。

「ドン・キングとは組むな!」

なぜ、このような偉大な師の「単純な」言いつけを守れなかったのか。
それがタイソンが、タイソンであるということだったのか。

以下、Wikipediaより引用。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%9E%E3%83%88

<カス・ダマト語録>

「子供にパンチの打ち方や避け方を教えるのは容易いことだ。誰にだって出来ることだ。勝ち負けは頭で決まる。力でも、スピードでも、体力でもない」

「恐怖心というのは人生の一番の友人であると同時に敵でもある。ちょうど火のようなものだ。火は上手に扱えば、冬には身を暖めてくれるし、腹が空いた時には料理を手助けしてくれる。暗闇では明かりともなり、エネルギーになる。だが、一旦コントロールを失うと、火傷をするし、死んでしまうかもしれない。もし、恐怖心をコントロールできれば芝生にやって来る鹿のように用心深くなることができる」

「モノを欲しがり過ぎてはいけない。堕落はそこから始まるのだ。車が欲しいと思う、洒落た家にピアノも欲しいと思う、思ったが最後、したくない事までやり始める事になる。たかがモノのためにだ」

「私は全てのボクサーに同様のスタイルで教える。多くのトレーナーはこれに異論を唱えるが、私は基本原理は同じであるべきだと思う。違いはボクサーの受け取り方によってその後に生じるものだ」

「つまるところ、ボクシングの究極の科学というのは、相手が打ち返せない位置からパンチを打つことだ。打たれなければ試合に勝つからだ」

「ボクシングでは人間性と創意が問われる。勝者となるのは、常により多くの意志力と決断力、野望、知力を持ったボクサーなのだ」

「私の仕事は、才能の火花を探してきて火をともしてやることだ。それが小さな炎になり始めたら燃料を補給してやる。そしてそれを、小さな炎が猛り狂う大きな火になるまで続けてやり、さらに火に薪をくべれば、火は赤々と燃え上がるのだ」

「Never Say Can't!!(“できないなんて言うな!!” この言葉はダマトのボクシングジムの壁にも書かれている)」

「勇者と臆病者は、恐怖心にどう対処するかで違ってくるのだ。英雄だって、皆と同じように怯えている。だが、臆病者は逃げてしまうが英雄は逃げたりしない。最後までやり遂げようとする自制心を持っている。つまり、最後までやり遂げるかやり遂げないかで、人は英雄にも臆病者にもなるのだ」

「(1985年、死の直前のインタビューでタイソンについて)彼のためでなかったら、私は多分もう生きてはいなかっただろう。私は、こう思う。人間は生きてゆく間に、心に掛ける人々や喜びの数を増やしていく。それから、自然が、それを、一つ、また一つと奪い去ってしまう。自然は、そうやって死への準備をしてくれるのだ。私には、もはや、何の喜びも残っていなかった。友人たちは、行ってしまった。耳も聞こえないし、目もよく見えない。見えるのは思い出の中だけだ・・。だから、私は死ぬ用意をしなきゃならん、と思っていた。そこへ、マイクがやってきたのだ。彼がここにいて、そして、今やっていることをやっている、という事実が、私に生き続ける動機を与えてくれる・・」

ネガティブな名言


ココロが苛立つとき、怒りを抑えるのに必死なとき、たまに見る動画。
カッカしている頭を冷やすには、寂しげなBGMも丁度いい。

怒っていること、許せないこと。
ほとんどは自分が弱い証拠なんだろうな。。

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