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遥か昔の小学生のころ、テレビで甲子園球児を見るとやたらと大人にみえた。 |
ラグビーのことば
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ふと、半年以上前のjsportsのコラムを読み返した。
このコラムにあるNZに単身で挑んだ元若者。 最近、迷惑極まりないラグビー狂に誘われ、ある無名のチームでコーチを再開したらしい。
そのコーチングを知る者が嬉しそうに言っていた。 「来れないはずの日に、ワイシャツ姿で現われて1センと2センのDFの詰め方を『サラリ』と叩き込んでいくんだ。シャツはビショビショなんだけどね」 ワイシャツ濡らすやつに悪いヤツはいない。 実に素晴らしい変態である。(もちろんホメ言葉) さて、、、コラムにある「ひとり」について考えてみた... ひとりが好きな人間はたくさんいる。 ひとりも好きな人間なら、ほとんど皆がそうだ。 でも「本当のひとり」が大丈夫な人間は極めて少ない。 私は間違いなく2番目。 コラムの主人公と私では、同じ元保険会社でも大違いだ。 文中にある「ひとりぼっちになりなよ」のことば。 すごくいいなと。これ以上もないし、これ以下もない。 過日、タレの焼けた臭いに煙る酒場でラグビー好きがぼやいていた。 「藤島大のjspoのコラムってあまり知られていないんだよな」 スズキスポーツ、ワセダクラブのみならず、楕円狂なら読むべきコラム。 人間は知らないと勿体無いことが多い。 たとえ「ひとり」であろうとなかろうと。。 久しぶりにブログアップ...
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「20代でもね、十分に強いプロップが出来ますよ。
よく、スクラムが本当に強くなるのは20代後半とか30代とか言う人がいるじゃないですか。
絶対にそんなことはない、コーチがしっかりとした具体的な指導をしていればね!
勝手に期限を延ばす必要はないんですよ。」
手帳の隅に眠っていた金言を発見した。
2ケ月くらい前かな・・・当時、まだ"自称"充電中であったスクラムコーチが語ったのは、たしか「新宿思い出横丁」の薄い板の上、今にもコラプシングしそうなカウンターであったと思う。
強いプロップは学生時代から強い。
でも、日本では「本当に強いプロップは、筋力以外の駆け引きや、組み方を身体で覚えてからの30代くらいになってから」という思い込みが多い。伝統工芸、匠のワザなどといった日本固有の文化が過度に脳裏にあるせいだろうか。
改めて自分のコーチぶりを自省してみる。
「今はこれは無理だ」 「この期間では難しい」
勝手に限界や期限を決めてしまっている時があることに気づく。
それを出来るようにするためにどうすればいいか・・・ここにコーチの役目はあるはずだ。
絶えず指針をもって指導しなければ、コーチは「馬車」にはなり得ぬ。
もう一度、自分自身のコーチングを再考してみよう。
スキルやフィットネス以前の「根っこの部分」にこそ、私の伸びシロ(課題)はあるのかもしれない。。
■日本の復興なども人・モノ・カネ・そして何より「心」の投入の仕方によって、ゴールは変わるはずだ。期限を早める努力をしなければいけないと思う。偉い人たちはそこを考えているのだろうか。
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自分、夫婦喧嘩をしたままでは、絶対に試合に臨まないんですよ。
過日、某LOと酒場で飲んでいるときに聞いた言葉。
大切な奥様との喧嘩を試合に持っていきたくない。
最愛の奥様と喧嘩をした状態では、とても試合なんかには臨めないということ。
彼と話をしていると、いつも家族への愛情が伝わってくる。
言葉にしていないのに、じわじわ滲み出てくる感じ。
私の周囲には家族思いの男が多い。
それも、奥様に深く感謝している男たち・・・
結局、世の男たちとは奥様の支えなしには生きていけないのだ。
そんな、当たり前のことを痛感することが多い最近の酒場。
私もそんな家族思いの愛妻家仲間たちに恥じぬよう、頑張らねば・・・
ママ、いつも有難う。。。
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コーチはまず選手を全面肯定すること
私の師が言っていた言葉である。
以後、私も常々意識している言葉であり、大きな影響を受けた。
まずは全面肯定することとは、まずは全てを受け止めることである。その上で選手に指導を
先日、酒場で飲み明かしたときにも同じことを言っていた。
なぜだかほっとした。
原点に帰れたような気がした。
しかし・・・
最近、コーチ対象の子供や学生のすべてを肯定できない自分もいて、そのことを話したら再び救われた。
「万人を"全ての場面で"受け入れることなんて無理な話だ。でも、グランドでだけでも受け入れられればそれでいいんじゃないか」
少しだけ考え方を広げることが出来たような。
私とは狭い人間だ。だから周囲の温かい言葉が有り難い。。
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