日本語教師、サイゴンの風に吹かれて

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ベトナム人は年長者を大切にする、ということをよく聞く。

昨年約半年間ホーチミンの日本語学校で働いてみてそれは実感した。

一緒にお茶を飲みましょうと誘われ、支払いをしようとすると払わしてくれない。自分の子どものような学生に支払いをさせるなんてこけんに関わるとこちらが払おうとするには並大抵のことではない。

それを良いことに、常に学生に払わして平然としている同僚もいたが。(困ったもんだ)

それと、若い20代の女性教師からは「先生は私のお父さんです」と殺し文句を言われた。そう言われて悪い気はしない。
(内心、そうだよなお父さんだよな!複雑な気持ち)

同じように、男性スタッフからも「私のお父さんです」と言われる。その男の子は今でも時々メールをしてくる。
「私のお父さん、早く帰ってきて」と。

日本人の若者が日本の年長者に上記のように「お父さんです」と言うことは殆どないだろう。そういう文化は日本にはない。これはなんだろうと思う。
やはり、年長者を敬愛する表現の一つなのだろうか。

しかし、別の可愛いベトナム人女性教師から「おじいさん」と呼びかけられて、私の顔は凍り付いた。
「オイオイ、それは無いだろう!日本語を知らんな。」と日本人の同僚が言ってくれて慰めにはなったが、修行の足りない私の心は乱れてしまった。

幾ら何でも、おじいさんは行き過ぎだよな!!(でも若いベトナム人から見たらお爺さんか?平均年齢が30歳位の国だからね。)

EPAでの受け入れ条件案 1カ所に2人以上5人以下


 インドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づく介護士と看護師の受け入れで、厚生労働省などが定めた具体的な受け入れ条件案が17日、分かった。来日したインドネシア人が孤立しないよう施設1カ所の受け入れ人数を原則、少なくとも2人とし、上限を5人と定めた。

 受け入れ希望施設が多数に上った場合は、介護士は150法人、看護師は100法人まで審査で絞り込む。受け入れ先は渡航費や研修費用などとして、1人当たり計約46万円を負担する。

 7、8月に来日する候補者は半年間、経済産業省の外郭団体が持つ研修センターなどに宿泊し、日本語や介護、看護の基礎知識を学習。宿泊費や食費は日本政府が負担し、1人1日1200円の生活費が支給される。

 研修後は受け入れ先で働くが、同様の仕事をする日本人と同水準の給与が支払われる。介護や看護以外の不法就労をした場合は、国外退去処分の対象となる。

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ゲバラの長女、原爆資料館で涙 父の足跡たどり広島へ
2008年05月16日00時57分

 キューバ革命の指導者チェ・ゲバラ(1928〜67)の長女で医師のアレイダ・ゲバラさん(47)が初来日し、15日、広島市を訪れた。49年前に訪れた父と同じように、原爆死没者慰霊碑に献花し、平和記念資料館(原爆資料館)では被爆死した子どもたちの衣服の前で涙を流した。


平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花するアレイダ・ゲバラさん=15日午前、広島市中区、青山芳久撮影

 ゲバラは59年7月、経済使節団長として来日。被爆地訪問に難色を示した日本政府の意向に反して、広島入りを強行した。家族あてのはがきに「平和のために断固として闘うためにはここを訪れるべきだ」と書き残し、死後、それを知ったアレイダさんが父の足跡をたどりたいと訪問を希望。ゲバラの生誕80年を機にNPO法人アテナ・ジャパン(東京)などが招いた。

 中南米やアフリカで医療支援活動を続ける小児科医のアレイダさんは「子どもらに二度と同じことがおきないよう戦争の旗を平和の旗に変えなければならない」と話した。

 アテナ・ジャパンは、原爆投下から約1カ月後の広島の爆心地近くから持ち帰られ、福岡県星野村で絶やさずに守られてきた「平和の火」をキューバに分火する計画を進めており、アレイダさんも協力する。

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チェ・ゲバラの長女が初来日「父の足跡追うの楽しみ」
2008年05月14日20時23分

 キューバ革命の伝説的な英雄チェ・ゲバラの長女アレイダ・ゲバラさん(47)が14日、民間団体などの招きで初来日した。父親も59年に来日した際に広島を訪れ、被爆の実態に衝撃を受けたとの逸話が残っており、15日にやはり広島を訪れる。「父の足跡を追うのが楽しみ」と話した。


質問に答えるアレイダ・ゲバラさん=14日午後、東京都港区、飯塚悟撮影

 小児科医のアレイダさんはハバナの病院で週に2回勤務しつつ、チェ・ゲバラ研究センター所長の母親を支え、講演などで海外も飛び回る。今回はゲバラ生誕80周年を機に招かれ、大阪や神戸、那覇など5都市でキューバの医療事情や社会情勢、革命家ゲバラについて講演する予定だ。

 アレイダさんは東京で朝日新聞記者の取材に「父と別れたのが4歳だったので直接の思い出は少ないが、とても愛してもらっていると実感していた。それで十分でした」と語った。今回は「キューバのほんとうの姿を日本に伝えたい」と笑顔で話した。

 ゲバラは59年の革命後、潜入先の南米ボリビアで政府軍に捕まり、67年に処刑された。

 母親のアレイダ・マルチさんから父親の話を聞く機会はほとんどなかったが、ゲバラの思い出をつづった著書「わが夫、チェ・ゲバラ」(日本版は朝日新聞出版)を読んで「母がいかに苦しんでいたかを知り、だから話せなかったのかとわかった」という。(萩一晶)

:ゲバラに娘がいたとは、初めて知った。
若い頃、何故か私はチェ・ゲバラに憧れた時があった。
そして彼が南米ボリビアで死んだというニュースにショックを感じたことを思いだした。キューバには一度行きたいと思いながら実現していない。


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