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 付き合っていて「ケチな奴」ほど不愉快なことはない。
確かに人はケチなものだから、できるだけ安くすまそうとか、労力はかけないでおこうとするものだ。
しかし、福祉というのは、いわば菩薩業だ。人のためにする、人の幸せをおのれの喜びとする。そうした心を学ぶことだ。

 こう書くと、今時そんな人はいるかというだろう。ちょっと見あたらないかもしれない。
しかし、そうした「こころ」を育てなければならない。あるいは、そうした菩提心は人の中に等しく埋め込まれているもので、それを目覚めさせなくてはならない。それが教育だ。


 しかるに現在東北福祉大学が「騒音問題」対策として実践していることはどうだろうか。

 朝の8時27分東北福祉大学駅着だけは、私道に学生を流し込まないようにしている。これはできているにもかかわらず、どうしてほかの時間帯にまで全面的に拡大しないのか?
 理解できない。私道を通らなくても、5分で行ける公道があるのだから、問題はないではないか。

 それとも、「生かさず殺さず」の心構えなのか?

 じつは、こうしたケチな態度が、若い学生に与える教育効果を心配する。

 人の本性はケチなものだ。だから、知らず知らずのうちにそのケチなやり方を学んでしまうのだ。

 「偉い人」がケチなやり方をしてるのだから、ああやれば、ごまかせる。こんな精神が染みついてしまうのだ。

 「なすべきことをなす」「慈悲の心は無償の愛」なのだ。どうして、東北福祉大学の方から、終日学生は私道に流し込みません。皆さんの生活を守る、これが福祉大の精神だ、と言えないのか。

 明日の若者を育てていることを肝に銘じるべきだ。

 
 


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東北福祉大学騒音問題


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