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夜10時半を過ぎてもカツカツという靴音が響いてくる。
ある言葉が頭を過ぎる。
「弱者の言うことなど気にするな。病人の世迷い言など忘れろ。やがて黙るだろう」
これは、この半年、東北福祉大学を間近で見てきたものの実感だ。
これを聞いて東北福祉大学の関係者で、「中傷だ」というものがいれば、それは、批判が的を射ているからだ。見当違いの怒りを表すよりは、そういわれないように、ちゃんとすればいいだけだ。
私たちは、何かを恵んでくれ、などと乞食みたいなことをいっているのではない。
あなた方が私たちから奪っていったものを返してくれ、といっているだけだ。
奪っていったもの、それは、静かな生活だ。駅ができるまで道のなかったところへ道をつけ、「土足」で踏み込んできて、人の生活をかき乱している、その暴挙を止めなさい、といっているに過ぎない。
こういっていることのどこが無理なのか。
甚だしきに至っては、「あなた方の言いたいことは何ですか?」などととぼけた物言いをされると、唖然としてことばを失う。
「通学路」に空を飛べとか地下に潜れ、などと荒唐無稽なことを言っているのではない。駅を作るときに大学が計画したとおり、5分で行ける公道を通ればいいのだ。
こんな簡単なことがどうして理解できないのか??
こう率直に申し上げると、「中傷だ」という福祉大関係者がいるという。これが「中傷」なら、被害者の悲鳴や教育的な指導は、すべて「中傷」ということになり、世の中から被害者はいなくなり、一切の教育活動は成り立たなくなる。
しかし、ひよっとすると、東北福祉大学の現場では必死になって努力されているのかもしれない。しかし、その他の教職員のほとんどが非協力的でどうにもならないのかもしれない。
これはうがった見方だが、もしそうだとすると、内部でモラルハザードが起きているのだろうか??
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