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 東北福祉大学は、理解しがたい学校だ。
 
 住民に騒音で迷惑行為をしていることを認めていながら、それを改めようとしない。
たしかに、ちょっぴりは対策を立てている。しかし、騒音で苦しんでいる住民に対して、ほんのちょっぴりだけ痛みを取って、あとは知らん顔、というのは、いったいどういう神経をしているのだろうか。

 本校とステーションキャンパス(駅と併設)を徒歩でたった5分で行ける公道があるにもかかわらず、そこまでしてどうして私道にこだわるのか。「騒音によって病んでいる人がいる」、というのに、知らぬ顔をして「通学路」として平気で学生を通行させている東北福祉大学。いったい、この学校は、福祉を甘く見るにもほどがある。

 この学校ではどういう顔をして教育をしているのだろうか。まさか「人の迷惑など気にするな」、「福祉は方便だ」と教えてはいないだろう。しかし、東北福祉大学がやっていることは、そういうことだ。

 東北福祉大学の心ある教職員の人たちは、本気になって考えるべきだ。
このまま「不都合な真実」を放置しておけば、やがて評判は地に落ちるだろう。

 

 

 「東北福祉大学の騒音問題研究会」(資料編)http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07によると、私たちの静かな生活を回復するために、写真資料を更新したとのことです。  

 この近辺をよく知っている方々には、何一つ珍しいものはない。しかし、最近、東北福祉大学の「騒音問題」(ひらたく言えば、住民いじめ)について、私をはじめ被害にあっている方々のところにもさまざまなかたちで問い合わせもあり、この成り行きに関心をもち始めている方が出てきています。まだ声なき声に過ぎないが、いずれこの場所を訪れる予定にしている方には、事前に地理的な環境を頭に入れておいていただくのに、多少役に立つかもしれません。   



 ここにその情報掲載のニュースをお知らせします。

 11月末にしては今年は寒い。

 今朝の新聞(日経)の報道によると、東北福祉大学は08年度に「福祉」を看板にした「総合マネジメント学部」が開設され、健康科学部に「医療経営管理学科」と「リハビリテーション学科」が新設されるという。
 そして、「実社会に根ざした総合的な学習が可能になる。社会人としての基礎学力を身につける充実したキャリアサポートも受けられる」、という。

 発展されることは、貴学にとっては喜ばしいことだろう。しかし、新聞から引いた「社会人としての基礎学力」と「キャリアサポート」といった耳触りのよいうたい文句が、本当に実現されるのかどうか。

 東北福祉大学の「騒音問題」の抜本的な解決策を何ら示されていない住民としては、学生だけを増員して、私道を「通学路」として占有する現状を恒常化してしまうのではないか、と恐れと不安の気持ちに苛まれる。学科を増設、新設して、学生に東北福祉大学駅とそのステーションキャンパスを利用させ、くわえて本校とを行き来させるに当たって、「通学路」として私道を依然として使い続けることになれば、騒音状況は悪化の一途を辿るからだ。

 裏返せば、東北福祉大学の発展は地域住民の犠牲を強いることによって成り立つ、というのが実情だ。

 このブログで書いている、明日からでも解決できるような「迷惑行為」ひとつ解決しない大学に、上に書いてあるような学生教育が、はたして本当にできるのか。

 東北福祉大学の本当の姿は、この私道騒音問題に対する取り組みを見れば分かる。
目立たない地味なところに、しかし、本音が透けて見える。

 この「迷惑行為」の実態が解消されるまで、私たちは、注意深く見ていく。

 つい先日だったろうか、おもしろい番組を見た。

 たしかテレビ東京で制作している「ガイアの夜明け」という報道番組である。
日経新聞がスポンサーになっている番組だけあって、経済を軸に社会の流れをリポートする番組で、サラリーマンを中心にかなり視聴率も高いのではないか。

 その番組で「お客様クレーム処理」を扱ったものがあった。世の中これほどクレームがあるものかと驚かされたが、伸びていく企業や組織は、そのクレームを実にうまく商品開発や改良につなげていき活性化している。クレームには、新しい商品や時代に先駆けていくヒントが隠されている、というのだ。

 一つ印象的なレポートがあった。

 それは、あるお医者さんからの相談にクレーム処理のプロがアドバイスしているものだ。
それは、たとえば、院内で通院してきた患者さんの靴の片方が見つからなくなった、というクレームがあったときどう対応するか、というものだ。

 院内の事務の人たちは、適当な答えを探しあぐねていた。そのアドバイザー氏はこうアドバイスした。
「そんなときは、患者さんに同じ靴を買うことのできるお金をさっとお渡しすることです。これをケチってはいけない。これって宣伝費ですよ。そう対応された患者さんは、このことも知り合いに宣伝してくれます。あそこはこんな対応をしてくれましたよって。いま、口コミというのはバカにできません。何倍にもなって戻ってきますよ」

 私はこれを聞いて、東北福祉大学の学長をはじめ大学の管理者がこの番組を見て、すこしは人から学ぼうという謙虚な気持ちがあれば、現在自らが行っている「騒音問題」「迷惑行為」のことに思い至って、慚愧(ざんき)するのではないかと感じた。

 いや、今からでも遅くはない。発展的なクレーム処理の極意を学んで欲しい。
「福祉」も経済だというなら、この程度のことくらい実践して、さすがに東北福祉大といわれてはどうだろうか。

(このブログのアクセス数は、yahooが1001件、ミラーサイトが3500件で、のべ4500件を越えた。)

 付き合っていて「ケチな奴」ほど不愉快なことはない。
確かに人はケチなものだから、できるだけ安くすまそうとか、労力はかけないでおこうとするものだ。
しかし、福祉というのは、いわば菩薩業だ。人のためにする、人の幸せをおのれの喜びとする。そうした心を学ぶことだ。

 こう書くと、今時そんな人はいるかというだろう。ちょっと見あたらないかもしれない。
しかし、そうした「こころ」を育てなければならない。あるいは、そうした菩提心は人の中に等しく埋め込まれているもので、それを目覚めさせなくてはならない。それが教育だ。


 しかるに現在東北福祉大学が「騒音問題」対策として実践していることはどうだろうか。

 朝の8時27分東北福祉大学駅着だけは、私道に学生を流し込まないようにしている。これはできているにもかかわらず、どうしてほかの時間帯にまで全面的に拡大しないのか?
 理解できない。私道を通らなくても、5分で行ける公道があるのだから、問題はないではないか。

 それとも、「生かさず殺さず」の心構えなのか?

 じつは、こうしたケチな態度が、若い学生に与える教育効果を心配する。

 人の本性はケチなものだ。だから、知らず知らずのうちにそのケチなやり方を学んでしまうのだ。

 「偉い人」がケチなやり方をしてるのだから、ああやれば、ごまかせる。こんな精神が染みついてしまうのだ。

 「なすべきことをなす」「慈悲の心は無償の愛」なのだ。どうして、東北福祉大学の方から、終日学生は私道に流し込みません。皆さんの生活を守る、これが福祉大の精神だ、と言えないのか。

 明日の若者を育てていることを肝に銘じるべきだ。

 
 


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東北福祉大学騒音問題

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