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仙台は初冬の晴れわたった空の下、凛とした空気が気持ちいい。
昨日の「事件」から一夜が明け、集まってきたいろいろな情報を整理しています。
現場で集めた「声」を再生して聴きながら、考えさせられることも多々あるのですこし書いてみましょう。
ビラ配付時に東北福祉大学の職員と悶着があったことは、すでに昨日ブログで報告ずみです。
じつはあのあと、東北福祉大学の教員の方が単身で町内会のある家を訪れています。その人は最初は怒気を含んだ調子で、応対にあたった町内会の人にこう切り出しています。
「あなた方は、駅を造るのに賛成だったのですか、反対だったのですか」
問われた方は、質問の意味がはじめよく飲みこめなかったといいます。
というのも、じつは、東北福祉大学は駅を造ることに賛成か、反対かと言った説明会、あるいは意見聴取をまったく住民に対しておこなっていないからです。新駅着工前に駅の必要性やその賛否を問うような、住民説明会を一度も開催していませんし、意見分布を調査するような手続きもまったく実施していません。すくなくとも、私たち私道沿道の住民にはぜんぜん知らされていなかったのです。
ですから、上のように「駅を造るのに賛成だったのか、反対だったのか」などといきなり詰問されても、答えようがないわけです。
ことほど左様に、いきなり工事を始め、既成事実をつくりだしてから、申し訳程度の説明会を開いてはいます。しかし、すでにこのブログでも書きましたが、「通学路の確保はどうするのか」といった住民からの質問に対しては、公道を通るものという理解を与えていました。それ以外に現実には方法はなかったのですから。
ちなみに、福祉大が、駅から私道へ道を繋げたのは、駅開業の目前、07年3月に入ってから、ゲリラ的におこなわれたのです。住民への説明(06年7月)では、その場所は、「緑地帯になる」とされていたところをです。
長くなったので、次のブログにつづけます。
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