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今度の、東北福祉大学の私道不当使用をきっかけにして、考えさせられることがたくさんあります。
「細部に神は宿る」とは、ヨーロッパでよく言われてきた言葉です。物事の本質は、華々しい出来事や大勢の人が注目するような目立つことからではなく、だれも気づきもしない些細なことにあるのだというものです。
たしかにそうかもしれません。私たちも大事な人にあったり、大切な会議の時には、充分な準備をして間違いを犯さないようにしっかり対応するものです。しかし、普段はつい手を抜いたり、人が見ていないとついうっかり、適当に物事を処理してしまいがちです。ですから、実はその人の本性はそうした些細な物腰にあらわれるものです。
森鴎外に『知恵袋』(講談社学術文庫)という本があります。
その中でも鴎外はこういっています。
「他人の人柄を見て何らかの判断をくだそうとする場合は、その言うことなす事の細かい表れ方を観察する必要がある。・・・何気ない言葉の端々や動作のふしをみるのである。・・・つまり人間というものは、大事のことに当たるときは、周囲の判断を考慮しながら取りかかるものであるから、用心して己の短所を弱点をついあらわしてしまうようなへまなことはしない。・・・他方、意味の軽いことを行うに当たっては、大概、・・・平生の自分の地金の表したままで思った通りに事に当たるであろう。そこで期せずして彼の本性がそこにあらわれるのである」(233頁)
東北福祉大学の今度の騒音問題対策も同様だろう。
学長からすれば、国見の住民など「虫けら」であろうが、まさしくその態度にこそ、東北福祉大学の本性が表れている。
学生諸君や、卒業生の方々も含めて、東北福祉大学の素顔に注目していてください。
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