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			<title>東北福祉大学（仙台市）から石母田の静かな生活を守ろう</title>
			<description>東北福祉大学のトップの判断ミスが重なって起きている「私道」の騒音問題を切り口にして、大学行政にかかわるものの責任とは何か、大学のはたすべき社会的な責任とは何か、福祉とは何か、人に優しいとはどういうことか、教育機関としての責任とは、志のある人材を育てるには？　を考える。そして、将来を担う人材を輩出できるよう大学にささやかながら提言をしたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>東北福祉大学（仙台市）から石母田の静かな生活を守ろう</title>
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			<description>東北福祉大学のトップの判断ミスが重なって起きている「私道」の騒音問題を切り口にして、大学行政にかかわるものの責任とは何か、大学のはたすべき社会的な責任とは何か、福祉とは何か、人に優しいとはどういうことか、教育機関としての責任とは、志のある人材を育てるには？　を考える。そして、将来を担う人材を輩出できるよう大学にささやかながら提言をしたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07</link>
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		<item>
			<title>和解から８年、石母田私道の今</title>
			<description>&lt;div&gt;　このブログを休止して、８年が過ぎた。住民にはそれぞれの生活があり、過ぎてしまうと須臾の間である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　さて、あれから石母田の私道はどうなったのか、気にかけられている方も少なからずおいでになるかと思う。仙台地方裁判所での「和解」の効力と住民が「学生通行禁止」の立て看を立てたり、各所のポスターを作ったりと自衛に努めてきたことから、大事件になるようなことは幸いなかった。しかし、つねに心安まる日はなく、法難止みがたく、日々精進を重ねてきたことも事実だ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　しかしここへ来て、ふたたび暗雲が垂れこめてきた。詳しくは、「東北福祉大学被害者を救う会」&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;をご覧いただきたい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;新しい展開については、可能な限り情報を開示していく。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/42607608.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 May 2016 08:04:59 +0900</pubDate>
			<category>宮城県</category>
		</item>
		<item>
			<title>東北福祉大学と住民との「和解」成立</title>
			<description>　さる平成２０年５月２８日、仙台地方裁判所における第三回審尋において、東北福祉大学と住民とのあいだで「和解」が成立しました。&lt;br /&gt;
　和解調書は、「被害者を救う会」のブログ（&lt;a HREF=&quot;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&lt;/a&gt;）に公開されています。&lt;br /&gt;
　この「和解」が「コンプライアンス」の精神に則り、誠実に履行されることを、今後とも見守っていきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/21845804.html</link>
			<pubDate>Tue, 10 Jun 2008 18:58:59 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>「盗まれた」静けさ――東北福祉大学への盗難届</title>
			<description>　「毎晩深夜１２時過ぎ、終電がおわるまで学生の嬌声や女子学生のカンカンよく響く靴音で眠られない毎日が続いていますね」、という声は朝の挨拶になっている。高齢者や専業主婦の多い沿道住民の健康被害は深刻だ！！　もはや我慢の限界を超えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昨年、３月１８日、東北福祉大学前駅が開業して以来、私たちは、こうした状態を改善し、「静かな生活を返すように」東北福祉大学に対して、いったいどれくらいの時間と労力をかけて訴え続けてきたことだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、このブログにこの半年、報告してきたように学校側は、沿道住民の安心できる静かな生活の回復のために、実効性のある手立てをほとんど講じていない。人間愛のかけれも感じられない。その証拠に、被害者をこうした苦しみのどん底に突き落としておいて、謝罪の言葉すらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　学生に対して「住民の静かな生活を乱さないように」という指導はまったくなされていない。指導をしていますといってもダメである。何の成果も上がっていないわけだから、していないのと選ぶところがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ステーションキャンパスの建物の目立つところに依然として、私道通行掲示がなされており、ある人が「これだけ騒音等の被害が深刻なのに、住民感情を逆なでするにもほどがある」とひどく怒っていたが、まったく同感だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「通行止め」の看板（&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07&lt;/a&gt;に掲載されている）を設置したら、少なくとも自校の学生くらいには守らせるべきであるのに、誰もが無視して過ぎていく。「自分が気に入らない規則は、守らなくていい」。そうした社会教育を実践しているということだろうか。そのような理解しがい学校であってみれば、ポスターだって「貼っているだけです」、と答えるのだろうか。異常な光景だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 人事担当者の立場で考えるなら、このような身勝手な教育の洗礼を受けてきた学校の卒業生は、一切採用しない、だろう。またしたくない。学校は、自分のことではなく、自校の学生の将来の進路を真剣に考えるべきではないか。ことの重大性に気づかなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　少なくとも駅（東北福祉大が費用負担をして作ってもらった請願駅）には、警備員を２４時間常駐させるべきである。しっかりした環境管理をする責任がある。それが福祉、防災を売り文句にする東北福祉大学の責任ではないか。派手にマスコミを賑わす金力があるのだから、貧乏で無力な私たち弱者の生活が守れないはずがない。誇大広告ではなく、日常の地道な活動こそ評価されるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「東北福祉大学被害者を救う会」（&lt;a HREF=&quot;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/sukuukaijimu&lt;/a&gt;）の今後の活動を支援し、「盗まれた」静かで安心できる生活を取り返すべく、東北福祉大学にその返還を強く要求していく。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/18171265.html</link>
			<pubDate>Sat, 29 Mar 2008 11:50:12 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>涅槃会に寄せて</title>
			<description>　「願わくば　花のもとにて　春死なん　その如月の望月のころ」&lt;br /&gt;
これはあまりにも有名な歌です。作者は平安時代の歌人、西行。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　如月の望月の頃といえば、陰暦の２月１５日で、釈迦入滅の日と重なります。春、桜の花の下で静かに生涯を閉じたいという西行の切なる願いがこめられた歌でしょう。釈迦の涅槃、極楽のイメージとも見える花、そしてそこへおのれ自身の死を二重写しにしたものです。浄土への憧憬の念が切々と伝わってきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古来釈迦の死を描いた「涅槃図」は仏画として数多く描かれてきました。８０歳になった釈迦が、旅の途中に倒れ、死の床についたとき、四方から弟子たちがはせ参じ、その枕べに集うありさまは感動的です。仏教から遠い生活をしているものでも心揺さぶられる光景です。現代のように病院で管を刺され、スパゲッティ状態で亡くなる姿と比べれば、その気持ちはひとしおです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　皆に看取られて死ぬ釈迦とは対照的な最期を迎えたのがキリストです。&lt;br /&gt;
十字架にかけられたキリストは死の間際、「マタイの福音書」によれば、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」（わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか）という呪いにもにた絶望の言葉を吐きます。人の罪をわが身一身に背負って磔刑に処せられたとはいえ、その最期は悲惨です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ここで仏教とキリスト教を比較してどうこういうつもりはまったくありません。ただ釈迦とキリストの死の瞬間に立ち会ったなら素朴な気持ちとしては、釈迦のような死を迎えることを願わざるを得ません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　キリスト教は、だから、出発点からしてキリストは罪人として処刑されたのではない、という自分たちが目にした現実を否定することから出発しなければならないわけです。ヨーロッパの思想に理想主義が生まれるゆえんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それにたいして仏教は、釈迦の死から受ける慈悲の心から出発するわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そうだとしますと、現在、私たちに騒音等でたいへんな苦しみを与え、被害者の声にいっこうに耳を傾けようとしない東北福祉大学とは、いったい何だろうか、という疑念がやはりわき上がってきます。この学校は、HPにも掲げているように仏教の精神を基本にすえているというからです。仏教とは慈悲の心であり、その精神を伝える菩薩の心がその中心にあるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ですから、いやしくも仏教を奉じる学校が周辺住民に苦しみを与えるなどは、だれが見ても、正気の沙汰とは思えません。ましてや、このありさまをお釈迦様がご覧になったら、なんといわれるでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この学校の高僧といわれる方から、そのあたりの講釈をとくとうかがってみたいものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　涅槃会に寄せて、東北福祉大学に対し、自校の被害者救済に真剣に取り組むよう強く要求します！！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/15325276.html</link>
			<pubDate>Fri, 15 Feb 2008 16:39:03 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>「騒音爆撃」――東北福祉大学は地域の弱者の声を無視するな！！</title>
			<description>　静かであるはずの、夜中。電車が駅に着く時刻が近づくと、今晩も、大声で談笑しながら騒いで歩いていく若い学生の一団が断続的に私道を降りたり登ったりしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　夜中まで「騒音爆弾」を投下し続けるというのは、学校が無策であることの何よりの証拠です。&lt;br /&gt;
  言い訳は許されません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この無神経さはいったい何ですか。騒音に苦しんでいる弱者がいることは、すでに周知されてて久しいのです。にもかかわらず、無神経な行為を続けるということは、故意にしているということですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　静かに休んでいる他人のことなど気にもとめない、自分の利益になる「福祉」以外は、くそ食らえ、と本当はそう思っている、と学生さん自身が疑われてもしかたありません。無神経なおしゃべりやかんかん靴音を立ててこれ見よがしに歩行することで、自分たち自身が告白していることに早く気づいてください。学校の無神経さを習っているのかもしれませんが、それは恥ずかしいことです。&lt;br /&gt;
　3歳児ならいざしらず、大学生はもう立派な大人なのですから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　学生は授業料を学校に納めているのだから、社会人として巣立っていく学生に対するサービスの一環として、生活指導をしてあげなさい。福祉とは、特別なことではない、日常の振る舞いの中にあることを指導すべきです。貴校の教職員では無理なら、外部から人を導入したらいいのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　税金も投入され資金が潤沢なはずですから、学校は、素行を指導し、注意する警備員を常駐させることを本気で考えるときが来ているようです。それを強く求めます。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　学校は、私道と駅の境に立派な門を2008年1月、設置しました。閉じられることなく開けてありますが、あれはまさしく東北福祉大学の騒音被害に対する姿勢を端的にあらわすものです。建造するものは立派だが、そこには被害者に対する優しさのかけらもない。駅が開設して9ヶ月もたって、いまさら何のために設置したのかわからない門（しかも開け放たれ用をなさない）などより、警備員をちゃんと配置して、被害者に現実的な対応をして欲しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「門を閉じれば静かになるよ」と言って、それをしない。これでは「生殺し」と同じで、被害者感情を逆撫でして楽しんでいるかに見えます。私たち貧乏な凡人には、その無情な仕打ちは理解を超えています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　曹洞宗にも人の道はしっかりあるはずです。人に対する優しさ、人に迷惑をかけないこと、それくらいは、せめて教えてあげるべきではないですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　地域の弱者に対してまるで鬼のような恐ろしげなふるまいを、いつまで続けるのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今晩も強く抗議しておきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/15003488.html</link>
			<pubDate>Sun, 10 Feb 2008 23:35:44 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>東北福祉大学への抗議</title>
			<description>　今朝はよく晴れています。陽光も明るく、立春を過ぎた仙台は、日差しだけは春の足音を感じさせます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　春の足音なら、心も弾むのだが、カツンカツンという靴音や大きな笑い声では、逆です。頭がずきんずきんとしてきて、気持ちの傷に塩を塗り込められているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昨晩もそうだが、今朝も8時台から多数の学生を断続的に私道に流し込んでいます。&lt;br /&gt;
学生に対する社会教育を放棄するのが学校の方針であれば、好きにすればいいでしょうが、苦しんでいる人間にさらなら苦しみを与えるのは、いったいどういうつもりなのですか。これは、現場の方の声をうかがってみたいものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　自分の権利を踏みにじられる私たち弱者は、福祉大からすれば虫けらかもしれませんが、その迷惑行為に対しては強く抗議し続けます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/14728703.html</link>
			<pubDate>Thu, 07 Feb 2008 10:01:50 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>Breaking news--「東北福祉大学被害者を救う会」設立のお知らせ</title>
			<description>　２００８年２月４日、東北福祉大学による騒音等で苦しみ続けている被害者を支援すべく、「東北福祉大学被害者を救う会」（以降「救う会」）が設立されました。&lt;br /&gt;
　通学路として公道があるにもかかわらず、単に至便であるというだけで私道に大量の学生を誘導してきた行いに、私たちは抗議します。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　福祉とは利便性を追求することとは、本来相反するものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　詳しくは、&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07/14568766.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07/14568766.html&lt;/a&gt;をご覧ください。&lt;br /&gt;
皆様のご支援をお願い申し上げます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/14569985.html</link>
			<pubDate>Mon, 04 Feb 2008 21:38:44 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>東北福祉大学は、謝罪と自力更生の誓いをＨＰで</title>
			<description>　昨年、４月以来深刻な東北福祉大学による騒音被害をうけてきたことは、すでに周知されているとおりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかるに、学校は現在に至るまで、ただの一度も謝罪を行っていません。このブログで、いちいち迷惑行為を糺してきましたが、それに対しても、教育機関としての道義的、社会的責任に対する、なんらの誠意ある意見表明もうかがっておりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　学校が、このまま私道を大学のキャンパス道路であるかのように使用を続け、これを常態化するかのような行為は断じて容認できません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　以前にブログでも書きましたが、東北福祉大学のホームページに私道における迷惑行為が存在し、関係住民に物心両面で想像を超えた苦痛を味あわせてしまった事実を正直に告知し、謝罪した上で、ただちに私道の通学路使用（キャンパス間移動も含む）を全面的に中止し、それを行動に移した旨の告知文を掲載されるように要求します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東北福祉大学が教育機関として、福祉教育のリーダ的存在として、社会に貢献しようという意志と責任の心が、微かにでも残っていることを期待します。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/13741433.html</link>
			<pubDate>Thu, 24 Jan 2008 12:10:20 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>「俺のものは俺のもの、君のものも俺のもの」？―東北福祉大学</title>
			<description>　狭い雪道を学生たちが滑るためよろけながら歩いていく。危ない！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このブログで一貫して述べているように、この私道を東北福祉大学が勝手に通学路にするような行為は断じて許されない。それはわかりやすく言えばこういうことだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私が切符を買ってバスに乗ったとしよう。満席で座るところがなかった。切符を買った以上座るべきだと考え、一番弱そうな老人につかみかかり、有無をいわせず席から引きずり降ろして、かわりに私が腰掛けたとしよう。これは褒められた行為だろうか。答は幼稚園児でもわかるはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　いま東北福祉大学がこの石母田の私道で行っていることはまったくこれと同じことなのだ。他人の権利などどうでもいい、いやそれどころか驚いたことに、自分の学生の安全だって本当は気にかけていない。この雪道での対応ではっきりした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　東北福祉大学が自分たちが掲げている看板に冬期間閉鎖（駅へ通じる門を閉鎖すること）とはっきり書きながら、開けっ放しにしている。学校関係者の言い分はこうだろうか。&lt;br /&gt;
「一応注意していますから。あとは自己責任で」。「ばかやろう、そんなことで教育ができるのか。それが責任ある教育といえるのか」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　こちらが正義感と使命感から、いきりたちそういうと、「いいえ、教育のことは言わないでくれ」という答が返ってきそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もとを正せば、駅に通じる道を相談もなく勝手に作ってしまったことに重大な違反行為があるわけだが、学校の勝手で開け閉めがそもそもできるものではない。私は道義的な立場にたってものをいうが、他人の土地（私道）を勝手に通ってもいいなどというのは、日常生活の中で考えられないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　冗談でよく「俺のものは俺のもの、君のものも俺のもの」といってじゃれていることはある。福祉大もじゃれているのか？　他人のものと自分のもの、共有しているものなら相手のことを尊重する、こんなことは家庭教育のイロハだが、まあ、幼稚園での教育だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まさか、この自他の区別が曖昧な人たちが、東北福祉大学の進路を決定しているわけではあるまい。愚者のふりをするのは、もうそろそろ止めにしてはどうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　cf.&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/hukushidai07&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/13349571.html</link>
			<pubDate>Sat, 19 Jan 2008 10:38:58 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「わが辞書に慈愛なし」？―東北福祉大学</title>
			<description>　仏教にいう道徳に、六波羅蜜（ろくはらみつ）というのがある。正しい生活を送るために訓練して会得する心のあり方のことであろうか。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　六波羅蜜の一つに、忍辱（にんにく）というのがある。その意味は辱めに耐えるということだ。これはなかなか難しい。真にこの境地に達し得たらどれほどすばらしいか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし世の中には、「賢い」奴がいる。ここでいう「賢い」奴とは、ひたすら弱者には、「耐えることが」さも美徳でもあるかのように教える技を心得ている者のことだ。私流に、少し大げさに言えば、仏教の言葉を支配の道具につかっている鬼のことだ。おそらくそんな大それたことを意識して行っているわけではなかろうが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さっきも雪の中、女子学生が大声で過ぎていった。が、この「賢い」連中が、「耐えることです。そうすれば慣れますよ。（訓練です、とまでいうかどうかは憶えていないが）」、と諭すようにいったのを何度か聞いてきた。「ばかもやすみやすみいえ」。さすがに私たちも、心の中でそう怒鳴った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このブログでずっとくり返し書いてきたことは、無力な老人や貧しく社会的な発言力とてないわれわれ凡人の「静かな生活を返せ」ということだ。ところが、この衣を着た「賢者」たちは、自らの利益のために、われわれの生活を踏みにじっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　自分の欲望だけを主張し、弱者の声などに全く耳を傾けない。自分たちに都合のいいものの声だけ拾い出し、さもみんなそう望んでいるかのような物語を作り上げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　公道を通るより、住民の私道を通る方が利便性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　利便性と何か高尚なことでも言った気になっているようだが、何が利便性だ。駅まで公道を使った場合と私道を使った場合で、いったどれくらいの違いがあるか、よく知っているはずではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　８０メートルもあるだろうか？　人の生活を踏みにじり、ノイローゼ気味の人がいても知らん顔。立場の弱い人や老人の生活を犠牲にして、わずか１分弱のことをさして利便性などとは、笑わせる。「自分の利益のためなら、他人の迷惑など一顧だにしない。警察にでも捕まえられない限り」。そう学生に教育しているのか。まさかそんなことはないはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人間らしい優しさをもて。組織に縛られるのではなく、人としての顔をもて。&lt;br /&gt;
先頃人気の映画「ボーン・アルティメイタム」の末尾で、主人公がCIAの職員に投げかけた言葉だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　福祉大の関係者も家に帰れば人の子の親だろう。老母も老父も祖父母だっているだろう。自分の身に引きうつしてよくよく考えてみるべきだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この言葉は、残念ながら、東北福祉大学には届かないだろう。もはや人の言葉を解せなくなっているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　無駄と知りつつも、人には仏性が宿っていることを信じたい（一切衆生悉有仏性）。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/noiselimit07/13327879.html</link>
			<pubDate>Fri, 18 Jan 2008 22:46:11 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
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