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東京・介護

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週末は東京に行くつもりです。

原子力発電所の事故や計画停電、物資不足など東京での混乱が伝えられていましたので、
ずっと延期していたのですが、実家の整理をそろそろ何とかしないと、建て替え計画に
支障が出てきます。

仕方がないので、今週末、東京に行くことにしました。

おりしも4月10日の日曜日は選挙の日です。

選挙に行かなかったことは一度もないのが自慢の私ですので、
期日前投票に行ってきました。

皆さんも選挙には必ず行ってくださいね〜〜!!










父をショートステイに+「そうだ京都に行こう」
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この4月1日は、長女の卒業旅行のような形で、友達と
東京ディズニーリゾート(TDR)に行く計画を立てていました。

私が4月1日に休暇を取って、3月31日の夜出で車を出して、
長女とその友達をTDRへ早朝着で送って、その後実家の整理をしつつ
長女は目黒の嫁様の実家に泊まり、日曜日は東京観光をして一緒に
神戸に帰ってくるような計画でした。

そのため、父の介護が全部嫁様にかかってきてしまうので、今回初めて
「ショートステイ」という仕組みを使ってみることにしていました。

ケアーマネージャーさんに事前に申し込み、手配をお願いしていました。

「ステイ」というからには、宿泊を伴うので、認知症の父にどんな影響があるか
未知の世界ではありますが、父を引き取ってほぼ丸一年。
家族全員への束の間の「介護休暇」と思い、利用してみることにしました。

ところが今回の東日本大震災で、TDRは営業休止となりました。

残念ながら4月1日も営業できないことが明らかになりました。

そこで何もかも自粛する我が家ではありません。
「そうだ、京都に行こう!」ということになりました。

いつも負担をかけている嫁様と長女、長男で京都旅行に行ってもらうことにしました。

私は東京の実家の整理に行きたいのは山々なのですが、福島原発の動向がまだ不明なのと、
物資の供給不足などが伝えられるなか、わざわざ東京に行くのも何なので今回は神戸にとどまり、
日頃何かと手のかかる末娘を預かることで嫁様に本当の「休暇」を取ってもらい、
しっかりリフレッシュしてきてもらいたいと思いました。

という訳で、今日はやかましい末娘とどっぷり一日過ごします。(疲れるだろうな〜〜)笑










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任意後見を取り下げました


以前、神戸家庭裁判所に父の任意後見開始、正確には「任意後見監督人選任の申し出」
をした(する)ことを記事にしましたが、先週その手続きの「取り下げ」をしました。

後見開始をしようとしたのは、東京の土地に今建て替えようとしている賃貸住宅の
ローンを借りるためです。父が字を書けなくなったことを借り入れ予定の銀行に伝えたところ、
「後見制度を使うことで可能」という回答だったため、手続きをしました。

ところが、家庭裁判所で「後見が開始されると、贈与をしたり、負債を増やしたりするのは原則
禁止」と念を押されました。

これを原理原則どおり適応されると、当然新しいローンを借りることは不可能になります。
ローンを借りたいから後見を開始しようとしているのに、後見をしたら借りられないという
本末転倒の事態となります。

さらに言うなら、孫にお年玉をあげるのもダメということになります。
まあ「社会通念上認められる冠婚葬祭は可」とありますので、当人の経済規模に応じた
お年玉や入学祝などはできるようですが、実際いくらまでならいいのかは明示されていません。

ましてや元気なときから意向として持っていた、非課税限度額内での子や孫への贈与は
まったくできなくなります。

これでは、父の意向に沿うことがかえってできません。

この後の詳細は省きますが、神戸の銀行、司法書士など専門家の意見を聞き、
今回の「神戸家庭裁判所平成23年(家)第50***号任意後見監督人選任事件」には、
取下書を提出しました。

見通しはなお不透明ですが、これまでどおり「なんとなく」私が父の預貯金の管理や、
医療費の支出をしたり、介護利用の決定などの「法律行為」を続ける方が父の利益になると
判断しての取下げです。










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介護時短制度を利用するようになって一カ月経ちました

私は今年になってから、「介護時間短縮勤務」という制度を
利用させてもらっています。

これは普通は一日の勤務時間が8時間のところ、6時間になるという制度です。
昼の休憩が1時間あるので、拘束時間が9時間から7時間になりました。
(もちろん給料もその分引かれて少なくなります)
いわばパートタイマーになったようなものですが、非常に助かっています。

朝は以前より少し寝坊をして、ゆっくりコーヒーを飲むことから始まります。
子供たちと一緒に朝食を食べて、それから父を起こします。

おもらしチェックをして、父をトイレに誘導します。
ズボンとオムツを下げて、便器にとりあえず座らせます。
オムツは脇を破って外し、ズボンを脱がせます。

父は尿便意はもうあまり分からないようですが、一応「トイレ」は
まだわかるので、出るものがあれば用を足すこともあります。

その間に新しいオムツを足に通して、父に立ってもらいオムツをはかせ、
ズボンを足に通して腰まで上げます。

手を洗ってもらって、食堂に誘導。
すべて介助が必要な状態になってしまいました。

席に座るのも補助が必要。

食事は何とか自分でできますが、こぼしますし見守りをしていないと奇異な行動に出たり、
今食事をしていること自体を忘れてしまうので、これも目が離せません。

薬もシートからもう自分では出せません。これは末娘の役目です。

でも「薬」というのももうなんだかよくわからなくなっているので、「これ飲んで」と
声掛けをして、口に全部入れるのを確認します。
飲み物を差し出しても、「薬を飲む」ということがよくわからないので、
ボリボリ食べています。
そこで「これ飲んで」とグラスを差し出して、またまた声掛けをして、
やっと服薬完了となります。

食べ終わって少し休憩します。

デイのある日は迎えの5分前に「出かける準備をしましょう」と声掛けをして、
玄関まで誘導します。もちろん介助が必要ですが、なんとかよちよち歩きで
自立歩行をしますので、それを大事にします。

靴を履くのを介助をして、毎回杖の持ち方を教えて、デイの迎えが来たら
玄関で引き渡してバイバイをします。これで「朝の父の部」は終わります。

ここで一息つく時間があります。
自分のブログをチェックしたりして、仕事に行く準備をします。

一般の通勤時間帯からはもう外れているので、電車はたいてい座って行けます。

10時に会社に着いてお仕事開始。
でも6時間勤務というのは私にとっては性にあっているようです。
生活もダウンサイジングしなければいけませんが、なかなか悪くありません。

5時になったら帰宅です。
電車は混んではいますが、座れることが多いです。
同じころ父がデイから帰ってきていますが、迎えは嫁様にお願いしています。
一旦ベッドで休んでもらいます。

最寄り駅に着いたら、スーパーに寄り道して割引された商品を物色しています。
いくら割引になっているからと、余計な買い物をしても仕方がないのですが、
まあ息抜きの一つです。

電チャリをのんびり漕いで、家に到着。
以前は平日にはなかなかできなかった事務仕事(例えば医療費のとりまとめなど)をして、
子供たちと夕食を食べます。これも以前は出来なかったことです。
6時半ごろですが早速ビールに手が出ます。

子供たちは30分ぐらいで食べ終えてしまうので、7時ごろに父を起こします。

おもらしチェックをして、手を洗ってもらい、食卓に誘導します。
夕食も朝食と同じように見守りが必要ですので、私がお酒を飲みながらご相伴。
食べ終わったらしばらく休憩。

食後の休憩は、誤嚥や嘔吐の可能性があるのでしばらく様子を見ておくためです。

8時過ぎぐらいまで様子を見て、寝る準備をさせます。
水戸黄門の日は、早めに寝せてしまいましょう。

まずは歯磨き。これがまた大変です。
父は歯磨きの手順がもうわからないので、半分喧嘩腰になります。
悪いとは思うのですが、どうしても怒ってしまうのです。
口をゆすいだと思ったらそこで終ってしまったり、歯ブラシを口に入れたな〜
と安心すると「異常終了」みたいに突然歯ブラシをコップに戻したり。
まあ、長くなるので書くのはやめますが、実質2分位の歯磨きに10分くらいか
かります。

入れ歯の手入れももう自分ではできませんので、私がやることになります。

次いで、ズボンとオムツを下げてトイレに座らせます。
とりあえず出ているのか出ていないのかわかりませんが、
しばらくトイレの前に用意したいすに座って我慢我慢。

3分ほどしたら座ったままズボンとオムツを脱がせ、夜用のオムツを足に通します。
便器から立ってもらって、オムツを上げて(すぐに上げないとポタポタとなることが)
ズボンをはかせます。

あとちょっとです。

手を洗ってもらって、タオルで拭いてもらいます。
でも十分拭けてないので、拭きなおしてやっとベッドに向かいます。

両手を引いてベッドに連れて行き、ベッドに寝てもらいます。
これがまた時間がかかるのですが、辛抱辛抱。
位置を決めるのに四苦八苦して、掛け布団をかけて一丁上がり。

最後に明日の朝のオムツに尿とりパッドを付けて準備しておきます。

これで「夜の父の部」は終わりです。

だんだんだんだん出来ないことが増えていきますが、まさにこれは
「自分が行く道」であり、「自分が来た道」です。

私が赤ちゃんの時、オムツを換えてくれたのは父母ですし、
トイレトレーニングをしてくれたのも、服を着替えさせてくれたのも
父母です。

今、立場が逆転しただけです。

「生きる」ということは「死に行くこと」と同義です。
生まれた時から老いに向かっているのです。

私は母の最期の面倒はほとんど看ることができませんでした。
今、怒ってばかりのまったく至らない介護しかできていませんが、
心の中では父の介護ができることをうれしく思っています。

全然やさしい介護はできないけれど、心の底では感謝しています。

やがて「在宅では無理」という時期が遠からずくるでしょう。

「それまで、僕は付き合うよ。」

「長生きしてよ。お父さん。」


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去年12月半ばに一緒に焼き肉を食べに行きました。









父と私は「任意後見契約」というものをかねてより結んでいて、
父に判断能力がなくなったりした場合、私がすべての法律行為を代行することを
約束していました。

こんなに早く認知症が進むとは思っていませんでしたが、
正式に法律行為を私が代行するための、「任意後見監督人選任の申立」を
家庭裁判所にすることにしました。

このところの帰宅後の時間はその書類作りに没頭していますので、
ブログの更新も滞っておりました。

まあ大体の書類は出来上がりました。
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結局、不動産関係の登記簿謄本は、付き合いのある不動産販売の営業マン (先日一緒に飲みに行った人です)が全部取ってくれました。 戸籍謄本と任意後見の登記簿謄本と、「登記されていない証明」だけは 司法書士にお願いすることにしました。








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