|
介護時短制度を利用するようになって一カ月経ちました
私は今年になってから、「介護時間短縮勤務」という制度を
利用させてもらっています。
これは普通は一日の勤務時間が8時間のところ、6時間になるという制度です。
昼の休憩が1時間あるので、拘束時間が9時間から7時間になりました。
(もちろん給料もその分引かれて少なくなります)
いわばパートタイマーになったようなものですが、非常に助かっています。
朝は以前より少し寝坊をして、ゆっくりコーヒーを飲むことから始まります。
子供たちと一緒に朝食を食べて、それから父を起こします。
おもらしチェックをして、父をトイレに誘導します。
ズボンとオムツを下げて、便器にとりあえず座らせます。
オムツは脇を破って外し、ズボンを脱がせます。
父は尿便意はもうあまり分からないようですが、一応「トイレ」は
まだわかるので、出るものがあれば用を足すこともあります。
その間に新しいオムツを足に通して、父に立ってもらいオムツをはかせ、
ズボンを足に通して腰まで上げます。
手を洗ってもらって、食堂に誘導。
すべて介助が必要な状態になってしまいました。
席に座るのも補助が必要。
食事は何とか自分でできますが、こぼしますし見守りをしていないと奇異な行動に出たり、
今食事をしていること自体を忘れてしまうので、これも目が離せません。
薬もシートからもう自分では出せません。これは末娘の役目です。
でも「薬」というのももうなんだかよくわからなくなっているので、「これ飲んで」と
声掛けをして、口に全部入れるのを確認します。
飲み物を差し出しても、「薬を飲む」ということがよくわからないので、
ボリボリ食べています。
そこで「これ飲んで」とグラスを差し出して、またまた声掛けをして、
やっと服薬完了となります。
食べ終わって少し休憩します。
デイのある日は迎えの5分前に「出かける準備をしましょう」と声掛けをして、
玄関まで誘導します。もちろん介助が必要ですが、なんとかよちよち歩きで
自立歩行をしますので、それを大事にします。
靴を履くのを介助をして、毎回杖の持ち方を教えて、デイの迎えが来たら
玄関で引き渡してバイバイをします。これで「朝の父の部」は終わります。
ここで一息つく時間があります。
自分のブログをチェックしたりして、仕事に行く準備をします。
一般の通勤時間帯からはもう外れているので、電車はたいてい座って行けます。
10時に会社に着いてお仕事開始。
でも6時間勤務というのは私にとっては性にあっているようです。
生活もダウンサイジングしなければいけませんが、なかなか悪くありません。
5時になったら帰宅です。
電車は混んではいますが、座れることが多いです。
同じころ父がデイから帰ってきていますが、迎えは嫁様にお願いしています。
一旦ベッドで休んでもらいます。
最寄り駅に着いたら、スーパーに寄り道して割引された商品を物色しています。
いくら割引になっているからと、余計な買い物をしても仕方がないのですが、
まあ息抜きの一つです。
電チャリをのんびり漕いで、家に到着。
以前は平日にはなかなかできなかった事務仕事(例えば医療費のとりまとめなど)をして、
子供たちと夕食を食べます。これも以前は出来なかったことです。
6時半ごろですが早速ビールに手が出ます。
子供たちは30分ぐらいで食べ終えてしまうので、7時ごろに父を起こします。
おもらしチェックをして、手を洗ってもらい、食卓に誘導します。
夕食も朝食と同じように見守りが必要ですので、私がお酒を飲みながらご相伴。
食べ終わったらしばらく休憩。
食後の休憩は、誤嚥や嘔吐の可能性があるのでしばらく様子を見ておくためです。
8時過ぎぐらいまで様子を見て、寝る準備をさせます。
水戸黄門の日は、早めに寝せてしまいましょう。
まずは歯磨き。これがまた大変です。
父は歯磨きの手順がもうわからないので、半分喧嘩腰になります。
悪いとは思うのですが、どうしても怒ってしまうのです。
口をゆすいだと思ったらそこで終ってしまったり、歯ブラシを口に入れたな〜
と安心すると「異常終了」みたいに突然歯ブラシをコップに戻したり。
まあ、長くなるので書くのはやめますが、実質2分位の歯磨きに10分くらいか
かります。
入れ歯の手入れももう自分ではできませんので、私がやることになります。
次いで、ズボンとオムツを下げてトイレに座らせます。
とりあえず出ているのか出ていないのかわかりませんが、
しばらくトイレの前に用意したいすに座って我慢我慢。
3分ほどしたら座ったままズボンとオムツを脱がせ、夜用のオムツを足に通します。
便器から立ってもらって、オムツを上げて(すぐに上げないとポタポタとなることが)
ズボンをはかせます。
あとちょっとです。
手を洗ってもらって、タオルで拭いてもらいます。
でも十分拭けてないので、拭きなおしてやっとベッドに向かいます。
両手を引いてベッドに連れて行き、ベッドに寝てもらいます。
これがまた時間がかかるのですが、辛抱辛抱。
位置を決めるのに四苦八苦して、掛け布団をかけて一丁上がり。
最後に明日の朝のオムツに尿とりパッドを付けて準備しておきます。
これで「夜の父の部」は終わりです。
だんだんだんだん出来ないことが増えていきますが、まさにこれは
「自分が行く道」であり、「自分が来た道」です。
私が赤ちゃんの時、オムツを換えてくれたのは父母ですし、
トイレトレーニングをしてくれたのも、服を着替えさせてくれたのも
父母です。
今、立場が逆転しただけです。
「生きる」ということは「死に行くこと」と同義です。
生まれた時から老いに向かっているのです。
私は母の最期の面倒はほとんど看ることができませんでした。
今、怒ってばかりのまったく至らない介護しかできていませんが、
心の中では父の介護ができることをうれしく思っています。
全然やさしい介護はできないけれど、心の底では感謝しています。
やがて「在宅では無理」という時期が遠からずくるでしょう。
「それまで、僕は付き合うよ。」
「長生きしてよ。お父さん。」
|