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友人である小林豊と忘年会ができなかったので、新年会として1/8(月)に4人で飲むことにしました。 |
小林豊と競輪
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http://www012.upp.so-net.ne.jp/kurechan/sub4.htm
最近車券は滅多に買うことはなくなりましたが、小林豊の応援時には賽銭程度に勝負しています。
小林豊の応援ヨロシク!
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本来ならば私と同い年の友人である競輪選手、小林豊(広島S1)の話題から入るべきかもしれない。しかしながら、私にとってマリアナ海溝よりも深くディープ(インパクト、渋谷哲平)な衝撃が走ったのはこのタイトルである。吉岡稔真...(競輪ファンには)言わずと知れたこの強くて不器用な男...。私の車券人生はこの男のデビューから始まり、そしてこの男の引退と伴に終わった。かつて平塚で行われた競輪グランプリでは「吉岡ー井上」枠番2-6の一点買いで大儲けさせてもらったが、それ以外には車券ではいい思い出は少ない。話題を吉岡自身に戻そう。競輪選手も競走馬のように種付け制度さえあれば...血統理論が幅を利かせられれば...。工藤わこ(彼氏がいるらしいが...小林豊談)や高原永悟の娘(いるかどうかわからないが)に吉岡が種をつければ、その子供は学力・技能免除で競輪学校を入学できるのに...(いやそのころには凋落の勢いにある競輪はなくなっているかも)と思ってしまう。吉岡は何故追い込みに転向しようとしなかったのか?九州には今信頼できる先行選手は荒井崇博くらいしかいないからなのか?ならば今や先行屋の宝庫である北日本へ移住すればいいのに(確か妻も子供もいなかったよね?)...。小橋も鈴木誠も神山も、追い込みに転向して随分金を稼いだではないか?自身が風よけになり九州のために一生懸命走ってきた分、追い込みに転向して後輩達に世話になってもよかったのに...と自分のことのように悔しい気がする。小野俊之(大分)などデビュー時「吉岡さんのためならいくらでも前で駆けますよ!」と言っていたくせに、すぐに先行→自分しか届かない捲り追い込み→血も涙もないマーク屋へと変貌した。時には吉岡と同じ番組でありながら別線の番手や3番手を回っていた。色んな意見があるとは思うが、私は競輪を人生の縮図として見た場合、このような「勝つためにはなんでもあり」、敷衍させれば「法に触れなければ何をやってもいい」ような発想には同意しかねる。極論すれば、「道徳」よりも「法律」の方が優先される世界はおかしいというメタファすら浮かんでくる。小野も児玉広志(もう大分前から精彩ないが...)のような嫌われ者の道を自ら選んだのだから、私の考えなど大きなお世話であろうが...。それにしても、かつての吉岡は本当に強かった。吉岡を7番手にするための吉岡シフトをものともせず「打鐘突っ張り先行」「7番手からの大外捲り」を見事に決めた。吉岡の連勝記録は和歌山記念の初日、確か井上貴照のペース先行にて途切れたが、負けた記憶の方が残っているほど吉岡は強かった。それだけに、勝つことを義務づけられた男のプレッシャーは我々凡人には計り知れない。地元の小倉ですら負けた時の野次も汚なかった。「○○は馬鹿じゃけえだめじゃ!明日○○に火つけちゃるけえの!」吉岡の出身高である○○高校を名指しで野次っているのを目の当たりにした私は、吉岡の頭がだんだん薄くなってきているのもこのせいだと確信している。何はともあれ吉岡のレースにはたくさんの元気をもらった。(車券的には失望も多かったが...)今は心から「長い間ご苦労様」と言いたい。そしてこれからは水道橋博士の『異常な健康』(私の愛読書でもある)を読んで、ゆっくり育毛に励んでほしい。ロゲイン、プロビア、プロペシア....。今月小林豊選手と新年会をやるので、その時に「吉岡論」を戦わせたい。まとまったらまた投稿するとしよう。 |



