私と同世代であれば、「ビートたけし」に影響を受けた者は少なくないと敢えて言い切ろう。
未だネットも携帯も無い時代、当時の中高校生は勉強がてら深夜放送を聞きかじっていたのが常。
その例に漏れず、至極普通の中高校生だった私も、AM0:30からは「コッキーポップ」、
01:00からは「オールナイトニッポン」をラジオをSleep modeにしてよく聴いていた。
当時「オールナイトニッポン」のパーソナリティは、中島みゆきor松山千春?(月)、所ジョージ
(火)、タモリ(水)、南こうせつ(木)、ツボイノリオ(金)、笑福亭鶴光(土)
というラインナップだったと記憶している。(定かではないです)
この中でいつもDead Spot or throughされるのがいつも木曜日だった。
残念ながら「南こうせつ」のオールナイトは刺激がなく、「情けないコーナー」だけで持っている
ようなもので、当時の私には全然物足りなかった。
聴視率も木曜日はいつも悪いようで、その後いろいろパーソナリティーが変わり、
ダディ竹千代(だったでしょうか?)の後の木曜日の一部を担当したのが、
当時漫才ブームでのし上がった「ツービート」のたけしだったのだ。
「可笑しい」「面白い」だけには留まらず、ある種のカリスマ的な存在感が「たけし」にはあった。
「顰蹙を買う」「斜(ハス)に構える」など...彼独特の表現も大好きだった。
相手がどんな論客であろうが、独自の「ニヒリズム・ペシミズム・シュールレアリズム」で切り返し、
誰もがたけしの前では言葉を失ってしまうという場面しか記憶にはない。
彼にはそんな「誰にも付け入る隙を与えない」という印象が強くあった。
そんなたけしが、交通事故に遭い、壮絶な闘病生活から這い上がり、
当時の彼の活躍ぶりから考えれば、想像の域をはるかに超える、
こんな会見を開いたのには正直驚きを通り越して、涙してしまったのである。
この映像を添付することに相当迷ったが、敢えて当時の自分を刻印するために、ここに記事とした。