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不正な利得を得ていないという釈明は噴飯ものだ。 脱税をして納税すべき資産を自分のために使ったというのは、立派に不正な利得ではあるまいか。 民主党が望まれているのは、自民党政治とは違う新しい政治のかたちである。 総理の職にしがみついて、「責任を果たす」などと主張してしまえば、時計の針は逆回りだ。 小沢一郎のための防波堤として頑張らざるを得ないのだろうが、長い目で見れば大きな負債をかかえたことになる。 風を読めない人間は、政治家として失格である。 もちろん総理としても。
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9月17日に初登庁し、職員を前に訓示した長妻昭厚生労働相が、「遅くとも年内には、これまでたまったあかというか、うみというか、そういうものを洗いざらい表に出してもらいたい」と言ったらしい。 訓辞を聞く職員たちは水を打ったように静まりかえっていたという。 ニュースを読みながら、ミスター年金としては見事だったが、この人は大臣の器ではないのだなと感じた。 民主党が目指す方向性には期待したいが、やり方を間違えるたらとんでもないことになる。 歴史的な政権交代直後の初登庁という節目の日に、官僚を前にどういうスタンスで何を語るか、どういう言葉を使うかということがいかに大事であるかということが、長妻昭にはまるでわかっていなかったらしい。 実現できるか? 脱官僚政治?? これでは先が思いやられる。 |
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ラーメン屋で新聞を読んでいたら、建築家の安藤忠雄のインタビュー記事がデカデカと掲載されていた。 東京五輪招致委員会のメンバーとして招致活動が盛り上がらないことにいらだち、「オリンピックを呼ぶのは大切な目的がある。もっと盛り上がるべきだ」と慨嘆していた。 なんという愚かなセリフだろう。 招致活動の盛り上がりを招致委員会の理事が「べき」論で語るというバカ丸出しぶりは、救いようがない。 芸術家然としたポートレートと愚かなインタビュー記事の落差は、ほとんどギャグに近い。 東京五輪は大いに結構だと思うが、招致委員が懐古趣味まる出しで東京オリンピックの夢を語る不様な姿には興醒めである。 1970年に小学生だった万博世代の文化人のうちの誰かが「大阪万博招致委員会」の理事になったりして,「大阪万博なんだから、もっと盛り上がるべきだ」とか「ばんぱくばんざい」などと叫ぶ事態だけは見たくないものだ。
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高速道路の割引制度がはじまってだいぶ経ったが、ブログを見ていると、渋滞に文句を言いながら1000円で遊びに行けることで舞い上がっている記事が大半を占める。 愚民政治が成功しているということなのだろうか。 日本人は愚民なのだろうか。 1000円でどこまで行けるかみたいなことをする人間をたくさん作って、自家用車が作り出した渋滞の中で物流のトラックもノロノロ運転をくり広げ、膨大な量のガソリンや軽油を無駄遣いして、いったい地球温暖化対策との整合性をどう考えているのだろうか。 ETC車載器取り付けをめぐる大騒動をはじめ、選挙目当ての泥縄式政策で生じたバカバカしいコストの負担を強いられる納税者の1人として、絶望的な脱力感に襲われる。 民主党の高速道路無料化の方が、まだしも政治戦略として有益である。 日本社会の経済活動をささえる上できわめて重要なファクターになっているのは、物流である。 ネットで注文すると、翌日には消費者のもとに商品が届く。 ロングテール商品も、あっという間に入手できる。 こういう状況を用意したのは、もちろんインターネットであり、一般庶民がインターネットに容易にアクセスできるようなインフラの整備である。 しかし、インターネットだけでは、商品経済は成立しない。 商品を実際に移動させる手段としての、物流が不可欠である。 それを支えているのは、主として高速道路網を使って全国にネットワークを広げているトラック業界である。 ネットで物を売り買いしている人間は、ガソリン高騰で打撃を受けたトラック業界を見殺しにするような政策を支持すべきではないわけで、だとすれば、高速道路に対する政策に限って言えば、とりあえず自民党より民主党である。 お盆の時期に半額にするというような中途半端な政策で、物流が救われるはずがない。 税金を使うということは、自動車を持っていない人間にまで高速道路代を払わせるようなもので、けしからんという話もあるが、もうすこし頭をきちんと使って欲しいものだ。 今の日本に暮らしていて、物流のお世話になっていない人間がいったい何人いるというのだろうか? 1000円ではしゃぐのはかまわないが、はしゃいでいるだけの愚民がこれほど多いことにも絶望的な脱力感を覚えざるを得ない。
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凍結されていた国道18路線のうち17路線の建設が解除されたという。 なんと愚かな政策判断であることか! 4車線から2車線にするなどのコスト削減がはかられたとはいえ、それぞれ数十億,数百億単位の予算が使われる事業である。工事が再開される17路線の総事業費は約5200億円にものぼる。 救急医療や災害時の代替道路などの地域特有の効果などを総合的に評価し、事業再開を判断したというのだが、こんなロジックで省益を確保しようとする官僚の俗物性は、まったくもって鼻持ちならない。 以前テレビを見ていたら、東国原知事なども、救急医療を考えたら必要な道路があるのだと主張していたが、百億単位の金があったら、いったい医師を何人雇えると思っているのだろうか。 縦割り行政的に考えることをやめれば、医療過疎の地域に対する対策として道路建設以外にできることはたくさんある。 まずは無医村に診療所を建設する。 医師の研修制度を改革して、若い医師に1〜3年程度の期間に限って医療過疎地域など、指定された場所で働くことを義務づける。 当然のことながら、医学教育の中に診療科を横断するような総合医としての最低限の知識を身に付けさせる手だてを講じる必要があるだろう。 そのうえで能力の高い医師には限界集落の診療所に勤務してもらい、そういう医師には何らかの公的なお墨付きを出して、そのあと開業などがしやすいように制度的にサポートしていく。 要は、総合医としての力量を身につけ、医療過疎地域で働くことにインセンティブを与えるわけだ。 設備投資がいらなくて、手が汚れずに儲かるからという理由で、ろくに勉強してもいないのに心療内科を開業するような不届きな医師が続出しないようにするためにも、こうした手だては有効だろう。 そのうえで、地域の基幹病院がインターネットを通して過疎地の診療所に勤務する若い医師をサポートできる体制を作る。 さらには、ドクターヘリを整備して、地域内に点在する過疎地からの救急搬送体制を整備する。 道路1本では救えない命も、診療所やインターネットやドクターヘリなどの整備でかなり救われることになるだろう。 被災時のことを考えても、機能するかどうかわからない道路に頼るよりもヘリコプターのような手段を整備しておいた方が、災害初期においては汎用性が高いと考えられる。 ヘリでの搬送や物資の輸送は、道路何本分もの役割を果たしうるはずだ。 診療所の建設費は1千万円もあれば十分だろう。 場合によっては空き家を有効活用できるかもしれない。 若い医師の人件費だって、2千万円もあればお釣りがくるだろう。 ヘリコプターは2億円もあればかなりいいものを買えるだろう。 医療過疎の村が十ヶ所あるとすれば、診療所の建設費に1億円、人件費が年間2億円、ドクターヘリの整備に2億円で、とりあえず5億円もあれば、基本的な体制をととのえることができる。 国道1本作るのに百億円単位の金がかかるわけだから、この体制を20年以上続けることができる。 おそらく数年で使い果たしてしまうはずの道路整備費の使い道を変えれば、これだけのことができてしまうわけだ。 しかも10年後、20年後までに、景気が回復し、財政状況が好転していれば、その時点で道路を造ることだって出来るのである。 救急医療のために必要な道路があるという主張のバカバカしさは、火を見るよりも明らかである。 |

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