中国人はヤバイ?
中国製品の信頼性が問題になっています。
結局は“やらせ”であるという話に落ち着いたようですが,段ボール紙に特殊な処理をして肉まんに混ぜているというニュースがまことしやかに伝えられました。
事実が明らかになってみると,「そもそも段ボールがまざっていれば,食べた人が気づかないわけはない」という話になったわけですが,こういうニュースが世界を駆けめぐったのは,そもそも中国製品に関する漠然とした不安感が,中国人ならインチキなことをやりかねないという不信感と共に,人々のあいだにあらかじめ広がっていたからに違いありません。
もちろん,雪印や不二家や“白い恋人”の問題が表面化した日本も,中国のことを言えたものではありません。
外国のメディアが悪意をもって日本の一流食品会社のスキャンダルを世界中に流布すれば,諸外国から見た日本製品のイメージは中国並みに失墜してしまうはずです。
私たちは,雪印や不二家の工場を自分の目でじかに観察したわけではありませんし,中国製品の製造現場を実地調査したわけでもありません。
だいたいにおいて私たちが“見ている”のは,メディアが流すイメージによって作られた“現実”なのです。
そのことを確認した上で言えば,中国および中国人のイメージダウンの背景には,そもそも日本を始めとする近代先進諸国が中国に対して根深い侮蔑意識を持っていたためであるような気がします。
探偵小説のなかの中国人
西洋文学の世界でも,中国および中国人のイメージはあまりよくなかったようです。
たとえばロナルド・ノックスの「探偵小説十戒」(1928)には,「犯人追及の方法に超自然の力を用いてはならない」とか「探偵自身が犯人であってはならない」などという10ヵ条の戒めの中に,「怪しい外国人,特に中国人を登場させてはならない」という項目が含まれています。
名探偵明智小五郎が理知の力で事件を解決するから探偵小説は面白いのであって,エスパー明智小五郎が超能力であっさり事件を解決してしまっては探偵小説にならないわけです。だから「犯人追及の方法に超自然の力を用いてはならない」という戒めが必要なのはよくわかります。
それでは「中国人」を探偵小説に登場させてはいけないのは,どうしてなのでしょう?
どうやらこれは,怪しい外国人,とくに中国人を登場させてしまうと,「中国人だったから」ということで何でも説明できてしまうからダメだということらしいのです。
たとえば,密室の中で人を殺しながら難なく外へ逃げ出すことが出来たのは「中国人だったから」だとか,横浜で殺人事件を起こしていたはずの時間帯に長崎にも出没していたのは「中国人だったから」などという具合に,まるでジョーカーのように何でも可能にしてしまうのが「中国人」だったのでしょう。
中国人は魔術師とか超能力者みたいに,近代科学では計り知れないような超自然の力を持った存在としてイメージされていたのです。
なんというか,とっても差別的なまなざしです。
アメリカでは中国の部品や原材料を使っていない「チャイナ・フリー」の製品に対する需要が高まっているということですが,かつての探偵小説の世界でもヤバイ中国人を排除した「チャイナ・フリー」の作品が求められていたというわけです。
ビックリ人間の宝庫?
ゴムみたいに体がくねくね曲がって足の裏を頭のてっぺんにぴったりくっつけてしまう少女がいたり,石みたいに体が硬くなって剣の上で昼寝をしてしまうおじさんがいたり,長い舌で自分の両目をペロペロなめてしまう少年がいたり,三段腹に数十個の有精卵を挟み込んでひよこを孵化させてしまうおばさんがいたり…( 後半は私の作り話ですよ),今でも中国人というと,世界ビックリ人間の宝庫というイメージが強くあります。
日本人にもビックリ人間はたくさんいますが,人口の比率から単純計算しても,中国には日本の10倍以上のビックリ人間がいる計算になりますから,中国がビックリ人間の宝庫であるというのは,ウソとは言えないでしょう。
ですから,私の記事を読みながら三段腹でヒヨコを孵化させてしまう中国人の存在をうっかり信じてしまう人が出てきたとしても,少しも不思議ではありません。
ラーメンと近代文学について考えようとすると,「支那ソバ」という言葉を避けて通るわけにはいかず,とどのつまりはこのような「中国」のイメージに対する目配りも必要になってきてしまうのです。
ソバ屋と近代文学
しかし実は,「支那」ということば以上に「ソバ」というのがくせ者なのです。
いや,もう少し正確に言うと,「ソバ屋」という営業形態が近代文学的にはかなり“ヤバイ”のです。
そこで,「ラーメンと近代文学」について考える前提として,「ソバ屋と近代文学」についてざっと確認しておかなくてはなりません。
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うーん、相変わらず変幻自在な文章に感服です。ノックスの十戒は僕も読んで中国人はちょっと特別なんだなあ、と思いましたね。ヴァンダインの小説にも出てきますが、こっちは作者が美術に造詣が深いので蔑視とは違う異文化の雰囲気を出していて興味深かったです。僕はずっと中国の古典を読んで最近は若干仕事にも絡んでいるんで、面白く読めました。
2007/8/19(日) 午前 2:16 [ bat**yu2*01 ]
ラーメンバトンが思わぬ、ひろがりを。 『中国産』って、最近買うとき躊躇しますね。 さんざん、たべているラーメンが中国のものなのに。
2007/8/19(日) 午前 3:16
そば屋どうヤバイんだろ?そば屋なしにしたら池波正太郎の小説なんて全部成り立たなくなっちゃいます。続きが楽しみです(^^)。
2007/8/19(日) 午後 0:38 [ MoranAoki ]
ソバ屋がヤバイとなると、『ソバ屋のニ階でいい仲の男女が・・・・』っていうにをなんか昔読んだことがある気がします。
2007/8/19(日) 午後 2:10
中国人と日本人ってしょっちゅう混同されますから,ノックスの言う「中国人」の中には,もしかしたら日本人のイメージも混じっているんじゃないかと邪推したりもしています。それから,ヴァン・ダインの小説はまともに読んだことはありませんが,「推理小説ニ十則」には中国人についての記述はありませんから,ノックスとは違うイメージを持っていたんでしょうね。>bataiyu2001さん
2007/8/20(月) 午後 0:21
まともに読んでないので断言はできませんが,そば屋がヤバイからこそ,池波正太郎の小説は成り立つんじゃないかという気がします。いや,わかりませんけど…。
2007/8/20(月) 午後 0:22
モコモコさんのおっしゃる通り,“そば屋の二階”の問題です。バレちゃいましたね。
2007/8/20(月) 午後 0:23
「怪しい中国人」というと藤村有弘がすぐ思い浮かび、そば屋の二階というと、三波春夫の「俵星玄蕃」を思い出してしまう、ガチガチのおっさんです。
ところで「お好み焼き屋」ですけど、東京では昔、そば屋の二階状態の店が普通だったと聞いたのですけど・・・ホントなんだろうか?
2007/8/20(月) 午後 4:15
イメージって時として事実よりも重要なことがありますよね。何を言うかよりも誰が言うかと同じですね。自称・もの書きの端くれとして、いつも意識していなければ…と思います。
2007/8/20(月) 午後 6:58
ははぁ・・・だからそば屋の二階を借りるとかなんとか・・・なんだ?鬼平の手下はやたらそば好きだな?って思ってましたよ(笑)そう考えると読み方が変わりますね。
2007/8/20(月) 午後 8:34 [ MoranAoki ]
シンクロニシティです!仕事で出かけた先で三波春夫の「俵星玄蕃」をカラオケで見事に歌いあげる正体不明のおじさんと遭遇しました。昨夜のことです。こんな偶然,あるんですねぇ。>低人さん
2007/8/20(月) 午後 9:22
中華航空機が炎上しましたけど,ああいうニュースも,「やっぱり」なんていう風に思ってしまうところがありますよね。>リリカさん
2007/8/20(月) 午後 9:23
モランさん,そば屋の二階を借りるとかなんとかというところがあるんですか。お察しの通り,それはきっと…ですよ。
2007/8/20(月) 午後 9:25
「そば屋の二階」ってなんだろ?ああ、気になるう〜!いろいろ想像が膨らんでしまいます。
でも確かに「中国」というものに対する作られたイメージというのは感じてしまいますね。「チャイナ・フリー」なんて言葉があるのですか。
2007/8/21(火) 午前 7:51 [ 轟拳一狼 ]
続きが楽しみでならないにゃ!お暇がありましたら「中国行きのスローボート」についても何かひとことお願いしたいにゃ!
2007/8/21(火) 午後 0:26 [ かえで ]
続きはだいたい書けてましたので,とりあえずアップ致します。引っぱりすぎて,あんまり過大な期待を抱かれても困りますから。ご期待にこたえられるような記事になっているかどうか…。
2007/8/21(火) 午後 0:29
にゃるほど,「中国行きのスローボート」ですか。中国ネタとしては見逃せませんが,話は「支那」から「そば」へと展開してしまいました。困ったにゃ〜。
2007/8/21(火) 午後 0:31
山田先生の授業で谷崎の「美食倶楽部」のレポートをしたよ。まさに怪しい中国人登場だ。
2007/12/8(土) 午前 1:24 [ sci**emi ]
scighemiさん,ご無沙汰です。山田有策先生の授業ですか。「美食倶楽部」のレポート,今度聞かせて下さい。
2007/12/8(土) 午後 1:44