|
また,中国では9月3日を“抗日戦争勝利記念日”にしています。 メリケン粉の国も支那そばの国も,東京湾の戦艦ミズーリ号船上でポツダム宣言受諾文書の調印式が行われた9月2日(今日)を戦争が終わった勝利の日として祝っているわけです。《「“VJ-Day”の靖国神社とYahoo!地図情報の感動」参照》 ところで,ミズーリ号の船上で調印式が行われていた9月2日,1ヶ月近く前に原爆を投下された広島の被爆者たちは,生き延びるために懸命の闘いを続けていました。 郊外に避難した人たちも多かったでしょうが,瓦礫の山から日用品や食糧を探し出して,煮炊きをしていた人たちもいたでしょう。 放射能の影響で人々がバタバタ倒れていくという状況の中で生きていくことは,想像を絶するものであったに違いありません。 もちろん,“広島風お好み焼き”のような美味しいものを,食べられるような状況ではありません。 いや,そもそも“広島風お好み焼き”は,1945(昭和20)年の時点では存在していませんでした。 じつは“広島風お好み焼き”も,アメリカの「余剰農産物処理法」と無縁ではないのです。 バラックのような店舗もあったのでしょうが,どうやら多くは屋台だったようです。 そこで出されていたのは,一銭洋食と呼ばれる粗末なメニューでした。 白米を入手するのがきわめて困難な状況にあって,アメリカからの援助物資として送られてきた安価な小麦粉を使った代用食が作られ,売られていたのです。 そして,こうした屋台の店に1950(昭和25)年ごろから出現し始めたのが,小麦粉を水でといてクレープ状に焼いたものにネギやレンコンなどのクズ野菜をまき散らし,ソースを塗って巻いた一銭洋食でした。“広島風お好み焼き”のルーツです。 “広島お好み焼き”の元祖「みっちゃん」は,こうした一銭洋食の屋台でした。 少量の小麦粉とクズ野菜で作られているということも含め,敗戦後の広島の状況を如実に反映した料理です。 その後,おたふくソースが開発され,大量のキャベツや卵,焼きそばなどを加えて作られるようになったとき,“広島風お好み焼き”の基本パターンは確立しました。 “広島風お好み焼き”は,そのあと急激に店舗数を増やし,全国的に有名なご当地グルメに成長していきます。 こうした“広島風お好み焼き”の歴史に,余った小麦粉を外国に売りつける目的で1954(昭和29)年に成立したアメリカの「余剰農産物処理法」が影を落としていることは見やすい道理です。 モダン焼きなどで全国的な庶民の味となった関西風お好み焼きの発展にも,メリケン粉が大量に供給されるようになったという社会的な条件が不可欠だったはずです。 ちなみに,青空文庫で「お好み焼き」を含む作品を検索しても,1つも見つかりません(2007.9.2現在)。 青空文庫的には「ラーメン文学とは敗戦後文学である」ということになるのですが《支那そばとメリケン粉―ラーメンと近代文学(その6)参照》,もしも「お好み焼き文学」というものが成立するのだとしたら,これまたまぎれもない“敗戦後文学”だと言えるのです。 ちなみに,ウィキベディアの「たこ焼き」という項目を調べてみると,次のように書かれていました。 1933年(昭和8年)に、こんにゃくを入れていたラジオ焼きに会津屋が醤油味の牛肉を入れ肉焼きとして販売。1935年(昭和10年)、明石焼がタコ・鶏卵を入れていたことから影響を受けてタコ・鶏卵を入れるようになったといわれる。名称もたこ焼きと呼ばれるようになった。 昭和40年代になると、関東地方でも屋台での販売が見られるようになる。 東京・銀座では生地にエビのすり身を入れたたこ焼きの屋台が独特の風味で人気を博した。戦争中は統制経済の影響で小麦粉グルメの販売が困難だったはずですから,実質的にたこ焼きは敗戦後に普及したものだと考えてよいでしょう。 たとえば,朝鮮半島由来の食べ物である岩手の冷麺の歴史も,アメリカで「余剰農産物処理法」が成立した1954(昭和29)年から始まっています。 独自の歴史を持つと思われている讃岐うどんの場合も,敗戦後に小麦粉が大量に輸入されるようになってから,ご当地グルメとしての地位を築き上げました。 私の記憶に間違いがなければ,たしか村上春樹の『海辺のカフカ』に登場するカフカ少年は,讃岐うどんを食べていました。 読者の私たちもそういう描写を当たり前のように受け止めるわけですが,じつは1960年代半ばまでは高松市内にうどん店と呼べるような店舗はほとんど存在しなかったようです。《ウィキベディアの「讃岐うどん」参照》 讃岐うどんの場面の影にアメリカあり!なのです。(いやぁ,いくらなんでも与太を飛ばしすぎました…) 「朝食はやっぱりパンでなくちゃ」という人は多いですし,お祭りとなれば「焼きそば買おうよ」とか「たこ焼きの屋台はどこ?」という展開になりがちです。 ラーメンがあまり好きではないらしい村上春樹も,スパゲッティーとドーナツは大好きです(たぶん)。 自分自身の成長期を振り返っても,チキンラーメン,カップヌードル,ペヤングソース焼きそば,きつねどん兵衛,ヤマザキの中華まんなど,お世話になった小麦粉食品は数知れません。 札幌ラーメンや喜多方ラーメンですだけではなく,稲庭うどん,宇都宮餃子,富士宮焼きそば,沖縄そば,さらには月島のもんじゃ焼き,横浜(崎陽軒)のシュウマイ,明石の玉子焼きなど,ご当地グルメの多くは小麦粉なしには語れません。 これらのご当地グルメがまったく食べられなくなったら,少なくとも私は生きてゆけないでしょう(笑)。 そして,アメリカの小麦粉戦略によって安価なメリケン粉が大量に輸入されなかったら,藤子不二雄のギャグ漫画「オバケのQ太郎」に登場する最強のラーメンキャラクター小池さんは存在し得なかったでしょうし,ラーメンが大好きな怪獣ブースカは「シオシオノパー」状態から抜け出せないまま,生きていく希望を見失ってしまったかも知れません。(オヤジネタですみません<(_ _)>。。。) 食パンマンやメロンパンナちゃんと一緒に活躍する「アンパンマン」も,どら焼きが大好きなネコ型ロボット「ドラえもん」も,存在できなかったでしょう。(これなら世代を超えて理解して頂けますよね) どなたか,この記事にトラックバックをして,「日本アニメとメリケン粉」という記事を書いてみませんか? (ひとまず完…)
○「支那ソバ」は差別語か?―ラーメンと近代文学(その1) ○「探偵小説十戒」の“怪しげな中国人”―ラーメンと近代文学(その2) ○そば屋の二階という空間―ラーメンと近代文学(その3) ○ラーメンを二杯食う物語―ラーメンと近代文学(その4) ○手打ちの支那そばと投書狂―ラーメンと近代文学(その5) ○支那そばとメリケン粉―ラーメンと近代文学(その6) Photograph by NJ ※写真は,チキンラーメン(1958年発売開始),サッポロ一番みそラーメン(1968年発売開始),ペヤングソース焼きそば(1975年発売開始)です。 |
全体表示
[ リスト ]




え!広島のはみっちゃんが元祖だったんだ!広島に行くとみっちゃんでいつも食べるんだ・・・
日本アニメとメリケン粉・・・おもしろそうなテーマだけど、文章力ないから無理〜〜〜誰か書いてぇ〜
2007/9/7(金) 午前 1:03
みっちゃんの特製ソース使ってるのに何も知らなかった〜教えてくれてありがとう!のぽち!また今月中に広島に行くからみっちゃんに行ったら、そのことふまえて食べてみるね〜
2007/9/7(金) 午前 1:05
洋菓子作りに“小麦粉”は欠かせません。麺類も大好きです。メリケン粉フードの無い生活なんて・・・考えただけでもゾッとしますね(笑)
2007/9/7(金) 午前 10:23 [ - ]
「1950年頃に発生した屋台街(後にお好み村になる)で開業したみっちゃんの井畝満夫と善さんの中村善二郎が広島風お好み焼きの元祖と言われている」とウィキベディアには書いてありますから,よくわかんないけど,まあ,みっちゃんがいちばん最初だったんじゃない?って感じなのだろうと思います。
2007/9/8(土) 午前 0:14
かく言う私,みっちゃんにはまだ行ったことがありません。みっちゃんの特製ソースも知りませんでした。うちで広島風を作るときも,おたふくソース一本槍でした。今月中にみっちゃんに行けるなんて,うらやましい〜>むにゅさん
2007/9/8(土) 午前 0:17
やっぱり,米粉で洋菓子なんて作れませんよね(笑)。ケーキやクッキーがいっさい食べられなくなったら・・・たしかにゾッとします。>Tommyさん
2007/9/8(土) 午前 0:20
織田作に限らず、戦前と戦後の大阪を舞台にした小説の「食」の違いを調べてみたいと思いました。
おそらく、タコヤキストの熊谷真菜も、そこまでは突っ込んでいないような気がしますので、まずは熊谷の本から読んでみようか思いました。
2007/9/9(日) 午後 10:07
むかし読んだ『日本焼き肉物語』のなかで、「焼き肉=プルコギ」という名称は、朝鮮料理か韓国料理かという、日本では混乱する名付け方を解決するものとして生まれたと書かれてた覚えがあります。
で、ラーメンという名称も、同じように、何かの背景があったのかなぁと、思うたりしました。
2007/9/9(日) 午後 10:11
私が小さい頃、大阪でも「みっちゃん」とか「かよちゃん」といった屋号の路地裏のお好み焼き屋が多かったです。その屋号の成立事情も、やはりそうやったか!と思いました。
戦後、大衆食にのし上がってきたものに「オキュバイド・ジャパン」の楔がハッキリと打たれていることを得心しましたです。
で、本シリーズ全体に傑作!を。
長々とコメントすんません。m(_ _)m
2007/9/9(日) 午後 10:21
石川淳とか,著作権が切れていなくて,青空文庫にはまだ入っていない作家についても支那そばが出てきていないか,調べてみたいんですけど,まあ,そのうちです。「ラーメン」という名称については,いくつかの説があるみたいです。たしかウィキベディアにも載っていました。
2007/9/10(月) 午前 1:05
セイタカアワダチソウはメリケン粉を輸入したときの袋に種がついていて持ち込まれたという話もありますし,「オキュパイド・ジャパン」の楔はいろんなところに打たれていますね。
2007/9/10(月) 午前 1:07
長々コメント,歓迎です。というか,みなさんそうだと思いますが,短くても,長くても,コメントは常に大歓迎です。低人さん,連続カキコ,ありがとうございます!
2007/9/10(月) 午前 1:10
ブログの制限字数は5000字って、初めて知りました。こんな大作、初めてお目にかかったという意味です。メリケン粉という1つの語彙にも、こんな歴史があるなんて、感動しきりです。
2007/9/10(月) 午前 9:51
5000字と言っても,wiki文法で使っている記号やスペースも含めての話なので,文字として表示されているのは3500字ぐらいです。でも,ブログの文章としては長すぎますよね。たぶん途中でイヤになっちゃう方もいるんじゃないでしょうか。こういう長い記事をちゃんと読んで下さる方がいるとすれば,とてもうれしいです。
2007/9/10(月) 午後 7:00
広島のお好み焼き今年、一人旅で食べに行きましたよ。やっぱり元祖は違います。
2007/9/11(火) 午後 7:27 [ えこ ]
元祖の味を求めて広島一人旅・・・いいですねぇ。
2007/9/11(火) 午後 8:09
今日の夕食は,小学校4年生の息子のリクエストで,横浜家というラーメン屋に行こうかなぁと思っています。ここんとこ,ずーっと外食してなかったので。
2009/7/10(金) 午後 6:09
↑あ,もちろん,家族で…という意味です。自分だけであれば,呑んだり喰ったり,今月はだいぶ頑張っています。
2009/7/10(金) 午後 6:10
わたしもラーメンが大好きなので、興味深く読ませてもらいました。
NONAJUN先生もラーメンは好きですか?
2009/7/17(金) 午前 0:49 [ taihaku ]
もちろん大好きです!最近,調布のラーメン店をほぼ制圧しました。らいおんラーメンとかばんないとか大勝軒とか。いろいろあるので飽きませんね。
2009/7/17(金) 午前 6:46