BUNGAKU@モダン日本

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ほりばたの紳士

 あまんきみこさんの「白いぼうし」は,こんな会話から始まっています。

「これは、レモンのにおいですか。」
ほりばたで乗せたお客のしんしが、話しかけました。
「いいえ、夏みかんですよ。」
信号が赤なので、ブレーキをかけてから、運転手の松井さんは、にこにこして答えました。
 「どうしてレモン?」「なにゆえ夏みかん?」ということが,どうにも気になる印象的な会話です。

 しかし私はレモンと夏みかんよりもむしろ,「なぜまたほりばた?」ってところが気になります。

 「白いぼうし」という物語において,「ほりばたで乗せたお客のしんし」という存在は,物語の本筋とはまったく関係がありません。

 白いぼうしの中にとらえられていたもんしろちょうを,タクシーの運転手である松井さんが間違えて逃がしてしまい,お詫びのしるしに夏みかんを置いて立ち去るというのがまずは前半部分です。

 それから,夏みかんを置いて車に戻るとなぜか女の子が後部座席に乗っていて,「菜の花橋」まで乗せていくことになるものの,いつのまにか姿を消していることに気づき,車を止めて松井さんが窓の外を見ると「小さな団地の前の小さな野原」に白いちょうたくさん飛んでいて,「よかったね。」「よかったよ。」という声が聞こえてくるというのが後半部分です。

 これらの出来事に先立って登場する「お客のしんし」は,松井さんの田舎の母親がもぎたての夏みかんを速達で送ってくれたことを会話の形で説明するために,便宜的に登場させられた存在に過ぎません。

 少なくとも,そう見えます。

 導入部分に登場する脇役に過ぎない「お客のしんし」がどこからタクシーに乗ろうと,物語の本筋にはまったく関係がないはずです。

 それなのにいったいどうして,「お客のしんし」「ほりばた」でタクシーを拾ったことに,わざわざ言及しなければならなかったのでしょうか。


ほりばたと柳

 ほりばたから大通りを曲がって細い裏通りに入ったところで「お客のしんし」はタクシーを降ります。

 そしてアクセルを踏もうとしたときに,松井さんはハッとします。

「おや、車道のあんなすぐそばに、小さなぼうしが落ちているぞ。風がもうひとふきすれば、車がひいてしまうわい。」
 緑がゆれているやなぎの下に、かわいい白いぼうしが、ちょこんと置いてあります。

 「やなぎの下」と言えば,幽霊と相場は決まっています。

 でもここで登場するのは,「白い」という点では共通点がありますが,恐ろしい幽霊などではなく,何の変哲もない「かわいい白いぼうし」です。

 そしてまず私が注目したいのは,帽子そのものよりもむしろ「ほりばた→やなぎ」というイメージの連関です。

 信号が青に変わるとたくさんの車がいっせいに走り出すような大通りがあり,田舎から出てきた松井さんがタクシー運転手をして働くような場所と言えば,それなりに大きな都会でなければなりません。

 しかも「ほりばた」「やなぎ」があるということになれば,いちばん多くの人が連想するのは「東京」ではないでしょうか。

 つまり「お客のしんし」が登場しているのは,「ほりばた→皇居」「やなぎ→銀座」という都市空間であると考えられるのです。

 皇居前広場があり,GHQがあった第一生命ビル(現・DNタワー21)があり,最高裁判所や警視庁や英国大使館があり,三菱商事本社や毎日新聞社がある内堀通り。

 周囲には国会議事堂や霞ヶ関の官庁街,アメリカ大使館などがある日本の中心部分です。

 「ほりばた」でタクシーを拾い,「やなぎ」の並木がある裏通りで降りた「お客のしんし」がどういう人物なのかははっきりしませんが,その背後に世の中を動かす強大な“権力”が透けて見えていると考えるのは,ちょっと与太話が過ぎるでしょうか。


白いぼうしと男性原理

 「お客のしんし」を降ろして,道ばたに落ちている白いぼうしを見つけた先ほど引用した場面のあとには,こんな描写が続いています。

 松井さんは車から出ました。
 そして、ぼうしをつまみ上げたとたん、ふわっと何かが飛び出しました。「あれっ。」
 もんしろちょうです。あわててぼうしをふり回しました。そんな松井さんの目の前を、ちょうはひらひら高くまい上がると、なみ木の緑の向こうに見えなくなってしまいました。
「ははあ、わざわざここに置いたんだな。」
 ぼうしのうらに、赤いししゅう糸で、小さくぬいと取りがしてあります。
   「たけやまようちえん
    たけの たけお」
 小さなぼうしをつかんで、ため息をついている松井さんの横を、太ったおまわりさんが、じろじろ見ながら通りすぎました。

 「太ったおまわりさん」というのは,警察庁にある皇宮警察本部の警察官なのだろうかなどと考えると,ここにもまた強大な権力の影が…などというようなことを思ったりもしますが,ここで注目したいのは「白いぼうし」の裏にあった「赤いししゅう糸」のぬい取りです。

 「たけやまようちえん たけの たけお」がどういう漢字であるのかは明らかにされていませんが,「たけ」という音の連続が気になります。

 「たけ、たけ、たけ…」と来れば萩原朔太郎の「竹」ですが,「白いぼうし」を読む私が想像するのは,「武野猛雄」とか「武野威男」のような戦闘的で勇ましい文字列です。

 なぜかと言うと,もんしろちょうを捕らえて自分の所有物にしようとする狩人的な心性には,「たけ(武・猛・威)」という男性原理的な文字が似つかわしいからです。

 物語の後半で「もんしろちょう=女の子」という図式が浮かびあがってくるのですが,それだけになおのこと「たけの たけお」君には女性をハンティングする男性原理的な文字がふさわしいという気がするのです。


 それでは,このような都市空間に,権力と暴力に彩られた男性原理的なイメージが配置されることには,いったいどのような意味があるのでしょうか?



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閉じる コメント(14)

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なんとなく、「あまんきみこ」という名前を読むたびに、
「あまいきなこ」を連想して、“おいしそう”と思ってしまいます。ごめんなさい。
作品の方は、さわやかで、ふしぎで、ユーモラス。少し、こわいイメージもあるかな。
変身譚ですね、要するに。日本的に言うと、「化かされた」ってことになっちゃうけど(笑)、
これは、「ファンタジーな感じ」に仕上がってますね。いいんじゃないでしょうか。

2009/5/17(日) 午後 8:12 [ おんくん ]

「あまんきみこ」という名前を見るたびに「餡巻き(ドラ焼きの巻いたの・かなり大きい)」を思い出し食べたくなります。ごめんなさい。権力と暴力が見えるのは自由な蝶を「捕まえて閉じ込めて縛る」からかな。よくわからないのにコメントしてしまいごめんね。

2009/5/17(日) 午後 9:10 ゆっくりこん

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「あまいきなこ」はいいですね(笑)。小さい頃,おもちの食べ方でいちばん好きなのはきなこでした。3歳ぐらいだったと思うんですが,初めて食べた時の衝撃,今でも鮮明に覚えています。

おんくんさんの言う,少しこわい感じというところ,私もすごく感じるんです。かわいらしいモンシロチョウというだけではなく。

2009/5/18(月) 午前 5:11 NONAJUN

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「あまんきみこ」は本名の仮名書きなんですけど,読者に「食べたい」っていう気持ちを起こさせるのだとしたら,かなりすごいペンネームだということになりますね。「食べたい」という衝動は,広い意味では暴力につながりますし。肉食動物系の。心理学的には性衝動にも。

2009/5/18(月) 午前 5:14 NONAJUN

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おんくんさん,ゆっくりこんさん,コメントありがとうございます。1万コメントに向けて驀進中(笑)なんですが,からみにくい記事になりがちで,なかなか道は遠く,こんな風にコメントしてもらえると,とてもありがたいです。

また遊びに来てやって下さい。

2009/5/18(月) 午前 5:17 NONAJUN

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「あまん」で、“あんこ”と“まんじゅう”を連想させて、
「きみこ」で、“(卵の)黄身”もしくは“黄な粉”を連想させるので、
“名菓ひよこ”が浮かんでしまいます。…おれの場合はですけど。
こんなに「和菓子寄りな名前」は、他に聞いたことがない。
なので、これが本名って、すごいと思います。詩人なので、興奮してしまいました。しつれい。

2009/5/19(火) 午後 6:27 [ おんくん ]

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和菓子寄りな名前って,いやぁ,さすがの言語感覚ですね。おもしろい!詩人ではないですけど,興奮してしまいます(笑)。あまんきみこ・・・たしかに,和菓子フレーバーが…。

おんくんさんのコメントに傑作ポチしたいです!

2009/5/19(火) 午後 8:58 NONAJUN

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この話は娘の音読の課題だったので、ほぼ半月ほど毎日聞かされました。

聞きながら、これは戦後そう遠くない頃の話だろうなぁという印象を勝手に持っていたのは、作家が相当の年配であるという知識と「しんし」という言葉からのような気がします。
でも、この記事を読んで、もっと巧妙にキーワードが隠されていたせいかもと感じました。

この話はまだよいのですが、同じく国語の教科書に載っていて、これも音読課題だった「ちいちゃんのかげおくり」(あまんきみこ)は、何度も聞かされるのがしんどかったです。

2009/5/20(水) 午前 8:56 モクレン

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「ちいちゃんのかげおくり」についても,このあと記事を書くつもりですけど,モクレンさんのおっしゃるように,音読の宿題って,親にとってはしんどいですよね。特にああいう物語は。

「白いぼうし」の場合,もともと連作短編なので,他の作品といっしょに読むと,もう少し戦争のことがはっきり見えてくるかもしれません。でもあれだけ読んだ場合にも,モンシロチョウというのがどこか霊的な存在に感じられるわけで,「戦後」というのを感じたモクレンさんの感覚は,すごくわかる気がします。

2009/5/21(木) 午前 0:16 NONAJUN

不思議な絵本ですね。読んでみたいです^^ 確かに作者のお名前、和菓子みたい^^

2009/5/30(土) 午後 2:34 にこにこくん

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本屋に行くことがあったら,とりあえず立ち読みを…とも思うんですが,意外と置いてないんですよね。でも図書館なら確実です。機会があったらぜひ。

2009/5/30(土) 午後 5:13 NONAJUN

小学生の時、授業で読んで何となくずっと頭に残っていて(白い紋白蝶と団地の風景が)45歳でまた読み返そうと思い図書館で探しましたがなかったのでネットで買いました。届くのを待ってるところです。記憶違いがかなりあると思うので答え合わせが楽しみです。

2019/3/1(金) 午後 1:17 [ - ]

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> ham*****さん
答え合わせはできたでしょうか。
・・・とは言え,「正解」とか「不正解」という言葉が当てはまる世界ではないでしょうけど。
ナットクかい? 納得解?

2019/4/3(水) 午前 0:48 NONAJUN

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えー、、、さすがに恣意的な解釈だと思いました。でも、某著名評論家も「ゴジラは天皇を表現したものである」とか言っていたのでどんな読みをするかは読者の自由ですね。一歩間違えばこじつけになりますけど

2019/5/11(土) 午後 6:46 [ ひじきちゃん ]


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