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1時半ごろ,小田急線から千代田線に乗り換えると,初老の男女が手製のプラカードを持って両側の座席を占拠していました。 吊革につかまった状態でプラカードを観察してみると,ネットからダウンロードしてプリントアウトしたり,ワープロで安直に作成したようなものではありません。 文字の形に切り抜いた色紙を貼りつけたり,色鉛筆,クレヨンなどを駆使したりして作られた心のこもった手作りプラカードぞろいです。 安全保障関連法案に反対するデモに参加する人びとのようです。 多くのデモ参加者で混雑するであろう国会議事堂前駅を避け,1駅前の赤坂駅で下車しました。 8月最後の日曜日。 赤坂サカス広場は「マイナビBBQガーデン」で盛り上がっています。 肉のにおいが充満しています(午後2時ごろ)。 国会前デモと無縁の日曜日を過ごすらしい人びとを尻目に,国会図書館を目指して徒歩で移動を開始しました。 日枝神社の前で信号待ちしていると,信号が変わり,三台の自動車が矢継ぎ早に停車。 BMWとポルシェとレクサスです! いずれもハイグレードなタイプ…。 やっぱり赤坂は違うなぁと思いながら,日枝神社の階段下を抜けてザ・キャピトルホテル東急方面に。 男性は警察官に詰め寄り,「さわっただろッ!」と大声を出して抗議(午後2時10分ごろ)。 男性の体に触れて制止したことに対して,暴行だと主張したいのでしょう。たぶん。 こういうのはよくないなぁ,と思いました。 上空にはたくさんのヘリコプターが飛び交っています。 私は警察官の指示に従って素直に迂回することに。 交通規制をしている警察官に「国会図書館にはどうやって行けばいいですか?」と聞くと, 「この先を右へ行って,さらに右へ…」と身振り手振りで教えてくれました。 指示通りにいったん平河町の交差点まで行ってから,永田町の自民党本部前を通り,国会図書館方面へ。 ただし,通路は確保されていて,それほどストレスを感じずに前に進めます。 逆方向から初老のご婦人が「カンパのお願いにあがっております〜」と叫びながらショッピングバックを広げて歩いて来ます。 周りにいる初老の人びとが次々にお金を入れ始めました。 ちょっとたじろぐ私…。 カンパと言ってもなんのカンパなのか,この人はいったいどんな人なのか,さっぱりわかりません。 「カンパ」という文化を共有できない世代であることを痛感。 そのまま進み,国会図書館前の交差点にたどりついたのですが,そこにはDJポリスがいて,さらに迂回を強いられます。 歩道の各所にはスピーカーが設置されていて,国会前で行われているスピーチの音声が流されています。 民主党本部前にさしかかった時に聞こえてきたのは,次のような言葉です。 「アベ…嘘っぱち…人でなし…叩き斬ってやる…たたきのめそう…」 「…勝ち取るために…いっそうの戦いを進めていこうではないかぁ〜!」 歩道に座っている人の多くが「そうだー!」と声を挙げ,拍手が沸き起こります。 このあたりには,そういう文化を共有する人たちがたくさんいるようです。 でも,これは「戦い」なのでしょうか。 もっと別の言い方はできないのでしょうか? 平和を求め,戦争に反対する人たちがどうしてこういう言葉を使うのか,こういう言葉の運用にはついていけないと感じました。 隼町の交差点を右折し,国会図書館裏の歩道を進みます。 かつて社会党本部があった場所が見えてきます。 ここから国会図書館入口へとつづく坂道も交通規制で進むことができません。 さらに迂回。 三宅坂から憲政記念館方面に進むこともできません。 さらに迂回。 内堀通りの歩道を歩いていると,街宣車が通り過ぎます。 「安倍しんぞー,昭恵さんを布袋何某に……悔しくないのか〜!」 「安倍〜,いい加減に昭恵さんを自由にしてやれッ!」 こういう言葉の運用にも抵抗を感じます。 とうとう国会前に(午後2時45分ごろ)。 交通規制が決壊したらしく,国会議事堂前の広い直線道路がデモ参加者のために開放されています。 「すごい人」「埋め尽くされている」などというツイートが私のTLにも流れてきましたが,交差点のあたりはまだまだ人口密度が低かったです。 かなり自由に歩き回れますし,移動する時に殺気立ったりストレスを感じたりすることもなく,大きな花火大会のときの人混みに比べたら格段に平和です。 天気が悪かったこともあるかもしれませんが,野次馬や報道関係者などを除くと,10万人に達しているとはちょっと思えませんでした。 プラカードを持つわけでもなく,シュプレヒコールに唱和するわけでもなく,スピーチにじっと耳を傾けるでもなく,国会議事堂周辺を遊歩する私も,いちおうデモに参加しているつもりではありますが,見かけ上は弥次馬同然です。 そんな「弥次馬的でもデモ参加者」として国会議事堂前をうろうろしているうちに,何だか興味が湧いてきたのは,プラカードに記された言葉の数々でした。 同意できる言葉もありますが,「こういう言葉の運用にも抵抗を感じます。」という類いのものも少なからずありました。 * * * * * デモの翌日,FBのタイムラインにこんな言葉が流れてきました。 「強く辛辣な言辞は論拠の弱さを示唆する」。
−ヴィクトル・ユゴー 「強く辛辣な言葉」は民主主義の敵です! (しまった。。。思わず「敵」なんてことばを使ってしまいました……^^;) (つづく) photograph by NJ |
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昨夜TVタックルで見ました
昔を思い出すとともに
昔とは違う感じがしました
昔で言う
暴走族と正統派(サーキット指向)が
自分たちは別物でも庶民から見ると同じように
若者の奇行は年寄には滑稽に見えるものです
しかしながら
なにも考えずなにもしない前から失望するのを恐れて
開口しないよりはよっぽど良いと思いますし
便乗もよろしいとおもいますよ(QCの基本理念ですね)
だが
2015/9/1(火) 午後 7:15 [ 不思議な泡 ]
首謀者を意図的に明らかにしない手法は
私にしてみればイザというときの責任転嫁の前準備以外のなにものでもないし
否定のみを掲げ具体案を提示しないのは昔の共産党と同じです
これは思想をもたない愚民の戯言ですね
何度も言いますが
それにしても
なにも言わないよりはよっぽどいいです
徒党を組む主張のやりかたは
暴走族や暴力団のやりかたと
なんの違いがあるのか?(自分たちは違うのだと強く主張してたので)
はだはだ疑問ですし
悪意をもって庶民を誘導する新興宗教やネズミ講などの詐欺師に
似ていると思いました
こんなこと(明確な命題と目的が散漫で希薄)長くは続かないので
3か月後くらいに
なにかしらの結論が出ると思います
アニメもワンクール3か月ですしね
2015/9/1(火) 午後 7:15 [ 不思議な泡 ]
最初、国会図書館に行きたいのに、デモがじゃまだなあ、という話かと思ったら、デモに参加したのですね。お疲れさまでした。
2015/9/1(火) 午後 9:25
デモに参加だったんですね!
色々な見解がありますね!
2015/9/1(火) 午後 11:07
「初老」という表現を用いましたが,要するに60年安保から全共闘運動にいたる時期に若者だった世代の人々が多いなぁというのが率直な印象です。国会前まではいかず,歩道の脇に座り込んでスピーカーの音声に耳を傾け,拍手をしたり声を上げたりしていました。そして暴走族はほとんどいませんでした。> 不気味な泡さん
2015/9/2(水) 午前 7:05
そしてこのあとに書いてみようと思っていることを先回りして書いてしまえば,「憲法違反」というプラカードには同意できますが,「戦争法案」というレッテル貼りや「安倍を倒せ!」という人物そのものへの敵意を表明するような物言いには抵抗を感じました。また「戦争させない」のような文言は,安保法制に賛成である人が掲げることもできるものなので,反対運動を進めるためのスローガンとしては有効性に疑問が残ると感じました。ちょっと理屈っぽい考え方かもしれませんが。> 不気味な泡さん
2015/9/2(水) 午前 7:10
自殺の原因がたった一つの事柄に還元できないように,赤坂から国会議事堂を大回りして国会前から霞ヶ関駅にいたるまでの1時間半の遊歩(野次馬的デモ)をした原因・要因は複雑です。
まずは,デモをしていない空間とデモをしている空間を行き来して,どういう状況になっているのかを見てこようというのがそもそもの動機でした。で,デモで騒然としている場所から国会図書館に入っていくと,そこにはどういう光景が広がっているのだろうか…などと考えつつ,“国会図書館”に移行としている一市民というテイで警察官にルートを尋ねたのでした。
そして,そういう風に歩いていれば,デモの参加者としてカウントされるだろうということも意識しつつ,選挙で投票する時のように「デモ参加者●×万人」の中の1人になることを自ら選んだ行動でもありました。
で,頭の中はデモをしている空間に足を踏み入れたときから,「ことば」に耳を傾け,眼差しを注ぎ,スマホを向けていました。> にこにこくんさん
2015/9/2(水) 午前 7:17
色々な意見があって,いろいろなデモ参加者がいました。ショッピングバッグでカンパをする人物を見かけたときに思ったのは,この人が「戦争させない→そのためには抑止力が必要で→安保法制に賛成!」という人だったらどうするんだろう?と思っていました。賛成派の人たちもどっかで終会をやっていたそうですから。
というか,こんな感じで2〜3分歩道を歩けば,ちょっとしたこづかい稼ぎができてっしまうなぁ,などと不謹慎なことを思っていました。
ここには詳しく書けませんが,とにかくいろんな人がいました。> LIBRAさん
2015/9/2(水) 午前 7:22
現地レポありがとうございます。
いろいろと考えさせられますね〜。
あれこれ考えるのは自由だけれど、それを押し付けることで他者の考える自由を奪う行為は好きじゃありません。
プラカードにしても、スローガンにしても、シュプレヒコールにしても、他者の(私の)自由に踏み込むものはすぐにアレルギー反応が出ます。
そう考えると、文言を掲げるというのは難しいものですね。
この記事の最後のオチ、ナイスです(笑)。
2015/9/2(水) 午前 9:01 [ リリカ ]
若者たちが協働して自分たちの戦後70年談話をまとめたときに,例えば「心からのお詫び」という言葉を共有できるかどうかにとことんこだわったわけですが,100万人もの人びとが集まるためにどういう言葉が可能なのかということを考えます。バラバラでいいという考え方もありますけど…。
オチは本当に思わず書いてしまったので,自分でツッコミを入れましたf^_^;
> リリカさん
2015/9/2(水) 午後 5:06