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たとえば,自分の娘が虐待の犠牲になることを防ぐために行動を起こすことができなかった母親のことを,批判したり慨嘆したりすることは簡単です。
また,そこに「学習性無気力感」を見て取り,「診断」することによって分類整理して片付いたものとすることも簡単です。しょせんあれは、DVに悩む世界の出来事であり,他人事に過ぎないと考える方が,日常生活を気楽に過ごしていくことができます。
でもたぶん,そんなふうに簡単に片付けられる問題ではないですし,そういう病理に気づくと同時に,それはもしかすると自分がいる場所にも適応可能なものなのかもしれないと考えるクセを,文学によって植え付けられていることに気づきます。
言いかえると,文学という虚構の世界が見せてくれる光景と,そういう思考の振り幅によって見ることができる光景には,どこか通じるものがあるということです。
1980年代初頭,二十歳のころの私にとっては,そういう幅を作るレッスンが面白くて仕方がありませんでした。
その頃に読んだ本で言えば,河合隼雄の『コンプレックス』とか栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』とか上野千鶴子の『セクシィ・ギャルの大研究』とか岸田秀の『ものぐさ精神分析』とか丸山圭三郎の『ソシュールの思想』とか浅田彰の『構造と力』とかは,脳みその構造に揺さぶりをかけてそういう思考の幅を作り出してくれる愉楽を感じさせる書物でした。
1950年代からしばらく,時代劇の全盛期と言える時代が続きましたが,21世紀の今日,それはかなり限定的なコンテンツになりつつあります。
一方で,学園ものというコンテンツは,さまざまなジャンルで根強く作られ続けています。
あえて「ブーム」とか「全盛期」とかという言葉を使うことがないぐらい,自明のものとして,広く消費され続けています。
その理由の1つは,この国で生きる人間にとって「学校教育」が鉄板とも言える共通体験になっているからでしょう。
拒絶したりドロップアウトしたりという場合を含め,誰しもが「学校教育」との関係性の中で自我を形成していきます。
したがって,社会の病理は学校教育の病理であり,学校教育の病理は社会の病理へと転移し,あらゆる人びとがキャリアとなってしまっています。
そういう闇を見つめるところに,文学の面白さがあると,二十歳のころ,ぼんやりと考えていました。
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なんか、私の二十歳の頃と似たような本をお読みですね〜。
学園ドラマって、あまり観ていません。すみません。
2019/2/8(金) 午前 1:04
私も最近は学園ドラマはまったく見ていません。でも,アニメでも漫画でもドラマでも,学校を舞台としたものは多いですよね。今も「3年B組」ではなくて「3年A組」というドラマが放映されているみたいですし。
2019/2/8(金) 午後 9:11
お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。
歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)
読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。
2019/3/23(土) 午後 10:44 [ omachi ]
> omachiさん
ありがとうございますm(_ _)m
2019/4/3(水) 午前 0:49