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在住中は、お写経させていただいたり、たいへんお世話になった薬師寺。
こちらへ伺ってお香の香りなどをかぐと、奈良へ来たなあ、という感じが強くなります。
今回のお目当ては、もちろんこちら。
薬師寺の中で唯一、創建(少なくとも今の場所で)以来残っている、
解体修理中の東塔の水煙を見せて頂くためでした。
塔(薬師寺は、裳階付きの美しい三重塔です)の先端に付いている水煙。
塔を火災から守るという意味合いがあるということですが、
薬師寺の東塔のそれは、古くから名品とされているものでした。
実物をこんな間近で拝めるのは、この一生で唯一のチャンスです。
塔の上に乗っている相輪。本来この一番上に乗っているが、水煙です。
お寺の塔はインドや中国にある「ストゥーパ」が元になっており、
本来はお釈迦様のお墓を表現するもので、伽藍の中でも重要な建築です。
日本には「卒塔婆」という言葉で残っていますね。
相輪に刻まれた「檫銘(さつめい)」。薬師寺の謂れが刻まれています。
天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して発願し、
皇后の病は癒えたが天皇は志半ばで亡くなった。
その皇后が即位し(持統天皇)、薬師寺を建立した、云々。
2008年制作というNHKの薬師寺ドキュメント番組内で、
まだ塔の上にあったこの檫銘を撮影した画が、凄かったです。
相輪の表面。
1200年という長い年月の中で、風雨にさらされ、いろいろなものが当たったのでしょう。
もとは金色であったことがうかがえます。
かつて「凍れる音楽」と讃えられた美しい東塔は、
今や巨大な牛乳パックのような覆屋の中で解体されています。
次に美しい姿を拝めるのは、6年後の2019年を予定しているとのこと。
工事の関係か、金堂前の燈籠が撤去されていました。
この燈籠の位置から金堂を拝むと、薬師三尊が丁度3つの扉に納まります。
お堂は本来巨大なお仏壇のようなもので、人が立ち入るところではありませんでした。
こういった場所から仏像を拝むのが、古くからの人々の参拝だったようです。
食堂(じきどう)があった場所のすぐ裏側。
十字型の回廊があったらしいとのことで、発掘調査中でした。
2013年11月1日 訪問 |
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