|
小説『鹿男あをによし』の舞台を訪ねるシリーズ第十回。 展示館を出た先生と藤原君は、すぐ隣の古墳の上へ登ります。 『黒塚古墳』は全長132mの前方後円墳。 うち後円部の直径が約72m、高さが11mです。 中世には城郭の中に取り込まれていたそうで、 この上に砦が築かれていたとか。 「展示館」の前で周濠跡を渡ると、後円部を登る階段があります。 この上で先生は、紫色の美しい夕焼けを目にします。 後円部の上から真西には、二上山が見えるはずなのですが、 残念ながら立ち木に遮られて日が沈むところは見えません。 後円部より飛鳥方面を望みます。 夕焼けが美しい日であれば、こちらもその色に染まることでしょう。 この日は夕焼けとはいきませんでしたが、 雲の合間からの日差しが綺麗なカーテンを作っていました。 折りしも大和三山がもやの間から姿を見せ、 これはこれでとても美しかったです。 |
小説『鹿男あをによし』の舞台
[ リスト | 詳細 ]
万城目学(まきめまなぶ)作、奈良を舞台にした小説『鹿男あをによし』に登場する場所を紹介。
|
小説『鹿男あをによし』の舞台を訪ねるシリーズ、第九弾。 『柳本駅』前から、東に真っ直ぐ進む道を300mほど行きます。 左手の町並みが途切れたと思ったら、いきなり古墳が。 しかも周濠跡らしき池の向こうにあり、けっこう立派。 これが全国的に有名な、『黒塚古墳』です。 もっと何も無いところにあるのだろうと思っていましたが、 思ったより町中で驚きました。 池の向こうを回り込むと、『天理市立黒塚古墳展示館』があります。 1998年、前方後円墳である黒塚古墳の後円部に、竪穴式石室が発見されました。 さらに石室内から、33枚という多数の『三角縁神獣鏡』を発見。 一説に「卑弥呼の鏡」とも言われている『三角縁神獣鏡』の大量発見をうけ、 邪馬台国議論が活発化することとなりました。 展示館は2002年に会館。銅鏡ほか発掘物のレプリカを展示しています。 入館は無料。毎週月曜日と祝日、年末年始が休みです。 写真撮影は問題ないそうですが、 一応おじさんにお断りして撮らせて頂きました。 展示館に入るとすぐ、小説にもあったように、 小説大和古墳群の空撮写真が床にありました。 石室の原寸大レプリカ。 石室の真ん中に立っている円いものは、1枚だけ発見された『画文帯神獣鏡』。 お棺の頭の上にあたるところに立っていたそうです。 レプリカの前右側にあるのが、当時と同じ造り方で再現した銅鏡。 自由に触って重さなどを体験出来るようになっています。 実際持ってみると、やはりかなり重いです。 銅鏡(レプリカ)の展示スペース。 発掘された『三角縁神獣鏡』33枚、『画文帯神獣鏡』1枚が展示されています。 小説では、ここで藤原君からナゾ解決に関する重要な証言が。 でも、先生は全く聞いていませんでした。 この後古墳に登ります。
|
|
小説『鹿男あをによし』の舞台を訪ねるシリーズ第八弾。 元気のない先生を励まそうと、藤原君が誘ってくれた旅。 「飛鳥」を周ってから、柳本の「黒塚古墳」へ向かいます。 飛鳥については、既にアップしてある記事のリンクを貼らせていただきます。 「クマソの里」!なんと大胆な歴史仮説でしょう! ・・・と、思いませんか一瞬だけ。(笑) 先生達は近鉄「橿原神宮前」駅から桜井駅へ。 桜井駅からJR桜井線(単線)に乗り換えます。 途中車窓右側(東)に三輪山を眺め、 左側に卑弥呼の墓という伝説を持つ「箸墓古墳」を見つつ、 3つ目の駅が今回の『柳本』。無人駅です。 いきなり日暮れていますが、これは帰りに撮った写真です。 このあと、「黒塚古墳」に向かいます。
|
|
ドラマ『鹿男あをによし』が始まりました。 いきなりフィクション全開な感じでしたね。 さて主人公の先生ですが、 ドラマでは飛火野で鹿せんべいを美味しそうに食べていましたが、 原作本ではここ、県庁前の広場がその舞台となっています。 周りに見ていた人間はいなかったはずなのに、 次の日教室の黒板に書かれているんですね。 「鹿せんべい、そんなにうまいか」 実際食べたことのある人は多いと思うのですが、 (そうでもない?) ぬかのような味がして、あまり美味しいものではないです。 人間が食べて害になるものは入っていませんが、 売店で売っているものは古くなっている可能性があるので、 食べる場合には製造工場で新鮮なものをと、 『奈良のチカラ』にありました。(そういう書き方はしてないか?) この広場は興福寺の敷地内。
そもそも、現在の県庁の裏の方までずっと、 江戸時代くらいまでは興福寺の敷地でした。 |
|
『鹿男おをによし』の舞台を訪ねるシリーズ、第六弾です。 「朝堂院」は「朱雀門」のすぐ北、「大極殿」のすぐ南にあった施設。 平城宮で儀式や宴などが行われる際、天皇が座る「大極殿」に対し、 臣下の者たちが並ぶのが「朝堂院」でした。 平城遷都後、小さな遷都が何度か行われ、再び平城京に遷都されましたが、 後期にはここより少し東側に「大極殿」と「朝堂院」が造られました。(第二次) その時も「第一次朝堂院」は残されていたらしく、 貴族たちの宴会の場として使われていたということです。 奥に見えるのが、再建された「朱雀門」。 そのすぐ手前を近鉄電車の線路が横断しています。 この場所は、『鹿男』ではたいへん重要でした。
説明してしまうと話の核心に迫ってしまうので、 読んだ方だけ「へえ」と思っていただければと思います・・・。 |







