深夜特急

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深夜特急〜心残り

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 開催のメドが立った、深夜特急写真展。8/6〜20の期間も決定したが、俺にはまだ作業が残っていた。パネル選定である。

 すっかりのんびりムードに浸りつつ、入梅の声がきこえる時期、向かった新宿の事務所で、いきなり困惑する話になった。 

 ‘全パネル、モノクロにしたい。これは写真家としてのポリシーだ’と。
 たたみかけるように
 ‘大沢たかお(=旅の主人公≒沢木耕太郎)の写真は肖像権の問題もあり、10点くらいしか展示できない。ならば、芸術性で勝負したい’と。 



 ちょっと待て。小説‘深夜特急’ならまだしも、今回の企画はTV放映された‘深夜特急’だ。彩がなくてどうする。
 しかも、大沢たかおのパネルがなくて、どうやって集客するんだ。こちらも、ボランティアや単なる穴埋めでやってるんじゃない!

 ‘芸術より集客が先決です!’と応酬。
 
 どこまで行っても平行線。同席した企画会社専務はじめ関係者が、俺と写真家の間に入り、必死に抑える。 

 水入りとなった。
 これ以上の詳細なやり取りは書けないが、ぐっとこらえつつも相当な議論だった。

 その末の結論は、

 入口付近はモノクロ→進むにつれ色彩が出てくる→出口付近パネルは鮮やかなフルカラーの展示構成にすること。
 つまり、パネルの風景から連想した色や大沢たかお(沢木)の心の機微を心の中で着色し、自分色に染めあげる。結果がそのとおりであったのか、相当なギャップがあったのか、それを密かに愉しむ、ということ。



 面白いですね。



 誰となく声が出た。




 一気に事が進んだ。





 大阪へ戻り、PR展開を着々と進めるはずだった。












 6月30日 16:00。本社から戻った部長がぶ然とした顔をしている。
 
 嫌な予感がした。一緒に本社へ行っていた課長に尋ねる。

‘俺、異動ですね。’

‘なんで判った?図星や。’



 改めて部長から異動を言い渡された。

‘呑んべ、オマエ、異動や、異動!現場復帰!’投げるように言い渡された。

‘労務(管理)畑ですね。覚悟はしていました。’

‘企画半ばで残念やが。ワシも気分が悪いわ。急にオマエの異動を言われて。’

‘そのお言葉で充分です。ありがとうございました。’













ショックだった。








 迎えた8/6、俺は早朝、点呼場に立ち、乗務員の勤怠管理をしていた。

 心を深夜特急に残したまま。







 

深夜特急〜困難

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 イベントホールの営業を担当していたと以前ブログで書いたが、ホール収入の二本柱が「貸しホール」と「自主企画」であった。
 貸しホールは読んで字の如く、ホールを展示会や講演会、会社説明会等にスペース貸しし、相当の料金を頂戴するもの。
 自主企画とは、自社で写真展や映画試写会、トークショーを企画して、参加者から料金を頂戴するもの。当時、小生は貸しホールの営業担当であり、自主企画は別の担当者がいた。が、OPEN後2度の自主企画がことごとく不人気で、10M(=1000万円)近い赤字が平気で計上されることに。(商業施設の販促費で処理されていたが)その当時から、自主企画の存在価値が疑問視されていた。
 たまたま‘見た’ドラマ深夜特急と大沢たかおに惹き付けれ、「大沢たかおで集客を見込めば」というスケベ根性で写真展を思いついたイベント。企画会社と写真家CHADAに辿り着いたものの、残る難関はウチの役員を説得すること。
 なにせGUCCIやLANVINのファッションショーなら両手を挙げて賛成だが、(実際、反響でかかったけど)深夜特急だ、大沢たかおだなんて理解できない御大だけに、説得には相当苦労したけど、最後は役員室でサシの話合いの上、OKに。当時のヒラ社員と一部上場企業の常務サマが、役員室で検討するなんて異様だったけどね。怖いモン知らずやったんやな、あの頃は。
 が、この頃には既に小生の異動人事が、水面下で進んでいたとはこれぽっちも判らなかった・・・。

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当時、小生はイベントホールの営業と経理管理を担当していた。貸しホールの営業と自主企画イベントの企画・運営だが、前夏の自主企画の失策を穴埋めすべく、企画を捜していた。出入りの企画会社の営業マン(正確には女性だが)に‘TVで観た深夜特急を扱う会社知らない?’と尋ねた一言から、奇縁が始まった。数日後、‘呑んべさん、ありましたよ。深夜特急のスチール版権を持つ会社が!’これが、写真家CHADAとの出会いのきっかけであり、深夜特急の深みによりはまり込むきっかけだった。

深夜特急〜その出会い

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ほぼ10年ぶりに深夜特急を読み返した。噛み締めながら読んだのに、文庫本6巻を10日で読み切ってしまった。やはり新鮮だった。
そう、初めて‘深夜特急’という語を知ったのは、97年の正月明けの寒い昼、何気なくブラウン管に映った大沢たかおがきっかけだった。海外紀行のひとつで、‘あぁ、旬の俳優が、物憂げに東南アジアの朝市でもぶらつくような番組かぃ’ってな調子で、こちらもどんよりとした窓の外同様にソファに身を投げ出してその番組を‘どんより’観ていたが、番組が進むにつれ、どうも違う。ストーリーがある。大沢たかお演じる青年の一挙手一投足に、物憂げながら意味がある。普段の土日は、仕事と、ラグビーに明け暮れ、TVなどスポーツとニュースと株式市場しか観ない者にとって、これほど食い入るように観た番組は久しぶりだった。その番組こそ劇的紀行‘深夜特急’三部作の一部だった。この偶然が小生にとって、どれほどの出会いと、喜びと、別れの辛さを教えてくれたことか。おいおい本ブログにご紹介したいと思うが、‘深夜特急’との出会いは、小生にとって今でも大きな意味を持つのである。

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