<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
	<rss version = "2.0"  xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule">
		<channel>
			<title>のんびり ログハウス</title>
			<description>人間、生きて行くには色々あるでしょうが、ふれあいの原点に戻って
敵対的ではなく友好的で寛容な人と人のつながりを持ちたいものです。
のんびりとくつろいでいってください。

弟のブログもよろしく http://46310152.at.webry.info/</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
		<image>
			<title>のんびり ログハウス</title>
			<url>https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/banner/banner.gif?1143772431</url>
			<description>人間、生きて行くには色々あるでしょうが、ふれあいの原点に戻って
敵対的ではなく友好的で寛容な人と人のつながりを持ちたいものです。
のんびりとくつろいでいってください。

弟のブログもよろしく http://46310152.at.webry.info/</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog</link>
		</image>
		<item>
			<title>休暇村　紀州加太で　くえ鍋</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/85/49980885/img_0?1266397914&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/85/49980885/img_1?1266397914&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/85/49980885/img_2?1266397914&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
久しぶりに休暇村へ行き、のんびりしてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
料理はくえ鍋と、くえ一式料理。結構美味しかったですよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
友が島と紀淡海峡の夕日が綺麗です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
目白らしき小鳥たちと、とんび？らしき野鳥が沢山いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６０歳以上は敬老パックとかで１，０００円引きでした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/49980885.html</link>
			<pubDate>Wed, 17 Feb 2010 18:11:54 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>百済へ旅して</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/30/48700230/img_0?1247574889&quot; width=&quot;480&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/30/48700230/img_1?1247574889&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/30/48700230/img_2?1247574889&quot; width=&quot;512&quot;&gt;&lt;br /&gt;
過日（&amp;#039;０９.４.８～）、古代史をテーマにしたツアーに参加し、百済（現在の韓国南西部）に旅行&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しました。旅行全般の感想は、さすがに歴史テーマ専門の旅行会社の企画らしく内容の濃いものでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結論から言うと、やはり朝鮮半島と我が国（倭国→大和政権）との関係の深さに納得でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今更私がブログなどで書くまでもないことですが、稲作・仏教・鉄・住居、みな中国～朝鮮からの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
流れで日本列島に入って来ていることは確実でした。中でも私が一番興味を持ったのは弥生時代初期&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の住居の様式についてでした。和歌山県の御坊で弥生時代の環濠住居の遺跡が発掘され、炉の近くに&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
柱が２本あることが確認され、何故かと言う疑問が提起されたそうですが、そのルーツとも言える&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弥生初期の環濠集落遺跡が韓国の松菊里で発見されているとのことで、ツアーは特別に発掘現場を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見学させてもらいました。そこでは間違いなく炉の近くに２本の柱がある竪穴住居跡が発掘されて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いました。従って御坊の竪穴住居も松菊里式竪穴住居と名付けられることになったそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、遼寧式銅剣や百済仏、博山炉に代表される道教・仏教文様は技術的にも素晴らしいとしか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
言いようがありませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余談ですが、女王卑弥呼のいた邪馬台国について次のようなことを思いつきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは日本語とも卑弥呼の政治形態とも絡むのですが、渡来弥生人と倭国に居た縄文人との関係が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般に論じられているように稲作による人口増加率、交雑その他による弥生人による一方的な縄文人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の駆逐のみが行われたのであろうかと言うことです。イギリスでケルト人以前の種族のことが妖精&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
或いは魔法使いとして記憶されているのと異なり、倭の縄文人は同様な扱いは認められませんし、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
卑弥呼の”鬼道”は渡来系の道教の類と必ずしも同一とは思えず、縄文人的な要素を感じるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もっと言えば、朝鮮語は朝鮮半島独自の言語として古来存在し、「訓民正音」により母音子音が統一&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
されていますが日本列島には渡来人によっても定着せず、日本語は「万葉集」でほぼ日本語の標準&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
となるまで公式の言語ではなく縄文系を含む人々の共通言語だったのではと思われるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あらためて邪馬台国の場所を推測するに、野性的な縄文人系が弥生人系を武力で圧倒し文化を吸収&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
して国家形成に至ったと仮定すれば、やはり紀伊半島以東の縄文人が大挙して海岸線沿いに西進し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
、大阪湾の南側（現泉大津市あたり）から上陸して邪馬台国を築いたのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だとすれば、池上曽根遺跡にこそ邪馬台国が存在したのではないだろうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/48700230.html</link>
			<pubDate>Tue, 14 Jul 2009 21:34:49 +0900</pubDate>
			<category>人類学と考古学</category>
		</item>
		<item>
			<title>邪馬台国は高速道路を逆走したか</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/762777/90/47489990/img_0?1239785913&quot; width=&quot;360&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/762777/90/47489990/img_1?1239785913&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
百済の史跡（扶余・公州）を訪ねての稚拙な考察です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
’０９年４月８日（水）から１０日（金）まで二泊三日の短い旅であったが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のテーマである百済についての勉強には最高に有意義な旅であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この旅で訪れた遺跡、博物館、寺院跡は倭国・日本にとって切り離すことの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出来ないものばかりであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松菊里遺跡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２千５百年前のものと判明している住居集落跡である。住居構造上の柱４本とは別に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
炉の脇に２本の柱、柱は要らないのにある住居が特徴である。実はこの形の住居だが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本で多数発掘されている。和歌山（御坊）、三重、高知、岡山、広島、最近のﾅｶﾞﾊﾗ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と出土している。但し、日本のものは腰真直ぐ立ちのものは無くみんなパオ式である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、日本と同じ方式の住居のルーツがここで見つかったのであり、松菊里式住居&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と呼ばれることとなった。又、満州・遼東で多数発見されている銅剣の影響を受けた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
洋梨型が特徴の銅剣も発掘されている。これも日本でも発掘されているものであり、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遼寧式銅剣文化が満州・遼東から百済そして倭国に至る線の様なものが感じられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、炭化米も発掘されているが、インディカ種ともジャポニカ種とも見える両方の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米粒が混在していて日本への稲作伝播の過程がここにあると推測できる。この集落跡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では出っ張り部分のある柵の跡も確認されているが、日本の吉野ヶ里遺跡に復元された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
物見櫓を思わせる。同行の奈良大学の名誉教授によれば入り口であり鳥居があったのだ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と言う。この柵の作り方も百済から倭国へ伝わって来ていたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石荘里（遺跡）博物館&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
白村江の北側に位置する韓国初の人間が加工した石器が出土した遺跡である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
炭素測定法により３万９００年前（旧石器時代）のものと判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時代は氷河期の為、海水面が現在より約４ｍ下がっており、マンモスが水の少ない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
錦江の川沿いを歩いて陸続きになった日本列島まで来ていたとも考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プレ邪馬台国の性格と位置&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チグリス・ユーフラテス川からナイル川下流までの黄金の三日月地帯の場合は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周辺の蛮族からの略奪征服を繰り返す対象となったが、満州・遼東から朝鮮半島&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西側（百済）そして倭国へと至る文化伝播の高速道路では前述の状況とは違い、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時は蛮族であった倭国から、言わば高速道路の逆走を繰り返す対象となったの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ではないだろうか。瀬戸内海が干上がって、そこをマンモスが歩いて朝鮮半島&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
から渡って来ていた時代から、これがメインストリートだったと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従って、大阪湾南部がターミナルであり邪馬台国も初期には湾岸にあったと考えて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
差し支えないであろう。私は池上曽根遺跡は時代的には古いが文化伝播の高速道路&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を逆走する出発点としては相応しく、プレ邪馬台国の跡ではないかと考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参考&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
韓国中央博物館&lt;br /&gt;
国立扶余博物館&lt;br /&gt;
国立公州博物館&lt;br /&gt;
松菊里遺跡&lt;br /&gt;
陵山里古墳群&lt;br /&gt;
宋山里古墳群&lt;br /&gt;
武寧王陵&lt;br /&gt;
王興寺跡&lt;br /&gt;
定林寺跡&lt;br /&gt;
軍守里寺跡</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/47489990.html</link>
			<pubDate>Wed, 15 Apr 2009 17:58:33 +0900</pubDate>
			<category>人類学と考古学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ロボザック完成近し</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/18/42734718/img_0?1214046801&quot; width=&quot;384&quot;&gt;&lt;br /&gt;
自分で組み立てる二足歩行ロボット、週刊ロボザックもＮｏ．７３になりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音声認識や加速度センサーを取り付け、モーションプログラムを書き換えたり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終段階が近くなりました。しかし、ゼロポイントが微妙にずれているのか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プログラム通りにモーションしません。最後の仕上げが一番難しいようです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/42734718.html</link>
			<pubDate>Sat, 21 Jun 2008 20:13:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>遅れました。</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/31/40380431/img_0?1204625301&quot; width=&quot;332&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/353976/31/40380431/img_1?1204625301&quot; width=&quot;317&quot;&gt;&lt;br /&gt;
今年の冬の寒さは結構厳しかったですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、春はすぐそこまで来ているのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花粉や黄砂に悩まされる時期になりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
寒い時期は暖かい部屋で絵を描いているのが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一番身体に良いようです。（年寄りくさいですが）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
去年のクリスマスから今年の初めにかけて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
描いていた絵を紹介します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そろそろ活発にアウトドアに出て活動しようと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思います。ゴルフの虫が騒ぎ出してきたのかも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しれませんね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/40380431.html</link>
			<pubDate>Tue, 04 Mar 2008 19:08:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>城崎温泉から出石へ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/674895/09/38485109/img_0?1197729321&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
携帯からブログの投稿が出来るのは非常に便利です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暇なのでちょっと贅沢に、十二日は城崎温泉へ蟹を食べに行ってきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西村屋ホテル招月庭は結構良い宿でしたね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帰りに出石に周りましたが、出石城の城主が小出,松平,仙石氏だったことを発見しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何か親しみを感じますね。今回は、かに会席と出石そばを堪能しました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/38485109.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Dec 2007 23:35:21 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>卑弥呼は難民をまとめた女王？</title>
			<description>渡来系弥生人と縄文系弥生文化の成立&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国春秋時代の動乱に端を発した移民・難民がついに九州北部に上陸したのが紀元前&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５～４世紀頃とされる。渡来人と遭遇した縄文人は、さまざまに対立融合しながらも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
受け入れたのは不安定な生活スタイルから脱却するための策では決してなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜなら、異文化への恐怖・不安が当の縄文社会を揺るがし滅ぼしてはいないからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縄文系弥生人は農耕文化にそぐわない伝統文化とのさまざまな葛藤を経験しながら&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縄文系弥生文化を構築して行ったと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縄文文化から弥生文化への変革の主体が渡来人であったか、縄文人であったかという&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主体論争について、考古学的には渡来入植者数は土器の量比から見て規模は小さく弥生&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文化への変革の主体性は考えにくい。しかし、人類学的には人口増加率に一割の差が有れば&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人口比の逆転は可能とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
板付遺跡における土器の様式も突帯文土器（縄文系）、無文土器（渡来系）、板付祖型甕&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（弥生土器）と変化しており、福岡平野→岡山平野→近畿と進むうちの融合対立の光景は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
集落によって変異したであろうから弥生文化への主体論争の二者択一は難しいというのが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際のところであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、渡来系の拡大は名古屋周辺・濃尾平野（縄文の「牙城」）で一時ストップし、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両者２００年間睨み合いとなるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿と東日本との関係&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿では渡来系弥生人が入植しはじめる縄文晩期後半から弥生時代前期初頭に、結晶片岩製で&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
粗製の大型石棒が突如増加し始める。これらが存在するのは縄文系のムラであり、多くは破壊&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
された状態で出土するが、縄文系の弥生文化において内部矛盾は避けられず、これらを用いて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
祭祀により集団関係の緊密化を図ったとの説も有力である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東日本・特に関東と中部地方の高地では大規模な祭祀が縄文晩期前半にピークを迎えたが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後寒冷化による環境変化に伴った生態的・社会的状況の変容は人口減少及び低地への進出、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして東日本から西日本への相当規模の人口移動をもたらした可能性も十分にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東日本の縄文人たちは西方の情勢と新来の文物獲得のために西日本に大移動して行ったのでは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大阪府と奈良県境に位置する二上山で産出するサヌカイト原石を使ったナイフ、矢じり、短剣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が広く出土しており、専門工人の存在や交易の盛んな弥生社会が想像される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国府遺跡と同型のナイフが山形県の頁岩を使っているにも拘わらず、越中山Ｋ遺跡、新潟県&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
御渕上遺跡等で技術が共通するものが出土しているのは人間の移動を考えさせる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿のナイフ作り技術は九州ではなく瀬戸内地域と近畿が一つの共通な文化圏となっており、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北部九州方面とではなく東北地方と強く結びついていることを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縄文・弥生を通じて土器が発明されても非常に良く似た土器を近畿と東北が共有する傾向は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続くが、ある時期から近畿は北九州・西日本方向を向くようになったと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは縄文時代晩期中頃に近畿の縄文人が米づくりを始めたことによって水稲農耕文化が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九州あるいは岡山地域から移入され、近畿の人々はそれまでの東北・北陸との文物の交流&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関係は途絶してしまったようである。しかしながら、近畿の初期農耕において九州との違い&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
があることが知られる。食糧貯蔵法としての高床の倉、方形周溝墓という墓制、祭祀専用具&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
としての大型化した銅鐸等である。近畿の弥生人は現代日本人と同様に外来文化を自らの文化&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
として消化し、再生産発展させたものを他に輸出するという特性を身につけていたのでは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ないか。それは当然主として東方に対してであり、東日本の縄文人たち”縄文の牙城”に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対して影響力を持つ立場になったのではないかと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
縄文人の大移動と邪馬台国&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿弥生社会を特徴づける遺構として高城・水城とも表現される高地性集落・環濠集落がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弥生時代中期には西は山口県から東は神奈川県まで高城が出現して日本列島を広く巻き込む&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大きな戦いがあったことを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは縄文の「牙城」に発する人的な大移動によるものではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近畿の弥生人たちは、渡来人入植者から農耕文化を吸収し、その後東日本の縄文人たちの流入&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・攻勢に曝されたのではないだろうか。しかも、九州勢力も侮れない存在であったに違いない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
池上曽根遺跡に見られるように、近畿の弥生環濠集落が極めて大きいことの理由として、かねて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
友好的であった東日本からの人口流入を吸収するための措置だったのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弥生人同士の戦いに流入縄文人も加わったことが”倭の大乱”だったのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「魏志倭人伝」に描かれている邪馬台国は共立された女王である卑弥呼が鬼道（呪術・祭祀・占）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
によって治める社会であるとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
素直に解釈すればその地域の様々な異なる文化を持つ人たちに受け入れ可能な祭祀を執り行う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ということではないか。近畿の縄文系弥生人は渡来の農耕文化にそぐわない伝統文化との様々な&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葛藤を経験しながら弥生文化を構築し、東日本の人たちとの文物の橋渡しもしてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかも、近畿に特徴的な大規模環濠集落に多くの地域からの人たちを受け入れ、住まわせていた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
としたならどうだろう。更に、朝鮮半島・九州方面から瀬戸内海を通っての交通を考えれば、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有柄石剣を出土している大阪湾岸沿いの池上曽根遺跡付近が邪馬台国の場所として合理的に符合&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
し有力ではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
素人が畿内説を臆面も無く出すと、考古学の先生方から考古学では弥生時代には北九州の出土数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
が圧倒的で、古墳時代になって初めて近畿の出土数が北九州を上回ると言われるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、私はむしろ東日本の縄文人の西日本への大移動があったとしたなら、近畿では以前から&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の文化的な結びつきもあり比較的平和裏に早い段階で戦いは収束できたが、北九州方面では&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異文化同士の衝突となり戦いは峻烈なものとなって長期化したのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それが、北九州での多数の鉄剣等の武器の出土となって現れているのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結果として北九州勢力は弱体化し、畿内にあった大和朝廷の源流である邪馬台国が興り、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天照大神のモデルとなる卑弥呼が共立されたのではないだろうか。この後の”国譲り神話”は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余りにも有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参考図書&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ＮＨＫスペシャル　&lt;br /&gt;
日本人はるかな旅　第５巻　そして”日本人”が生まれた　　日本放送出版協会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古代近畿と東西交流　　　　　　　　石　野　博　信　　　　（株）学　生　社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逆説の日本史１古代黎明編　&lt;br /&gt;
封印された［倭］の謎　　　　　　　井　沢　元　彦　　　　（株）小　学　館</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/38162589.html</link>
			<pubDate>Sat, 01 Dec 2007 20:28:30 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>大阪ゴルフ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1498787/36/38158436/img_0?1196493399&quot; width=&quot;240&quot;&gt;&lt;br /&gt;
一昨日、大阪ゴルフ（淡輪コース）でプレーしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
流石に手づくりの名コースと呼ばれるだけあって、大阪湾を望む&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
景色の素晴らしいコースでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インコースは起伏がありフェアウェイも狭く、左右上下のうねり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
があって良いショットを打っても少しの狂いでトラブルとなります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、正確なコントロールショットを打つための教訓がひとつ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは基本中の基本”身体の回転で打つ”と言うことでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正確にクラブフェイスをスウィングプレーンに沿って振り抜くには&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
左サイドのリードが不可欠ですが、特にフックグリップで左ひじを&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上手に畳むには身体が充分に回転し、その際左ひじと右肩の連動が&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不可欠なようだと、これまで漠然と思っていたことが具体的に納得&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出来ました。これは大阪ゴルフの”馬の背”と呼ばれるフェアウェイ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のお陰でした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/38158436.html</link>
			<pubDate>Sat, 01 Dec 2007 16:16:39 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>チャイナドレスの女性</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1002271/75/38157275/img_0?1196488823&quot; width=&quot;240&quot;&gt;&lt;br /&gt;
チャイナドレスを描くポイントは襟元とスリットらしいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう意識すると余計に描き辛くなります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
色々と手を加えていると益々おかしくなるのでこの絵は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この位にしておこうと諦めました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
背景と言い、構図と言いチョット変わった絵になってしまい&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ましたが、それはそれで自分なりに良しとします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とうとう今年も師走となりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今年は温暖化のせいか東福寺の通天橋からの紅葉の眺めも&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほんの少々くすんだ感じで、以前のような感動がありませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尤も、それは自身の気分によるところが大きいのかも知れません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次はまた、基本に戻って静物画を描くとしましょう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/38157275.html</link>
			<pubDate>Sat, 01 Dec 2007 15:00:23 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>”宇楽庵”と名付けよう。</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_0?1192969527&quot; width=&quot;320&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_1?1192969527&quot; width=&quot;320&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_2?1192969527&quot; width=&quot;320&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_3?1192969527&quot; width=&quot;240&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_4?1192969527&quot; width=&quot;320&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_5?1192969527&quot; width=&quot;240&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-f5-a1/nonbiri_rog/folder/1503278/89/37154289/img_6?1192969527&quot; width=&quot;240&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ログハウスと言っても、山奥の小さな庵です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
引退して、これからは頻繁に利用できるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
住み易いように少し飾りつけ、日用品を揃えました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜は本当に静かです。外は真っ暗で怖いくらいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
都会とは一味違う生活が出来そうです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/nonbiri_rog/37154289.html</link>
			<pubDate>Sun, 21 Oct 2007 21:25:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>