突然気分が悪くなって 息も出来ず、心臓が飛び出しそうになり
年に数度こんな事が起こります。 自分の胃の具合もあるのですが
その知らせがあったのが先月の30日の事でした。
今年の2月に母は亡くなっていました。 母の遺品を整理していたら主人の名刺が出てきて 主人の勤めていた会社に電話をして私の電話を知ったそうです。
私は母には3度しか会っていません。 つまり私の記憶にある母は3回だけと言う事です。
結婚してから主人が電話帳で私の記憶から母の親戚の人を探してくれ 鹿児島で母と母の姉の家で会うことになりました。 空港まで迎えに来ていた母は私の想像とはまるで違う女性でした。
親戚の人はそれから私達が東京で行き来をしていると思ったようですが それは違いました。 私が母の家に1度行き、 母の姉夫婦が東京に来たときに会ったそれっきり
いつも私が連絡をするのみで、母は私に会いにも来ませんでした。 そしてニュージーランドに移住するとき
れから12年近く
「何もありませんでした」の言葉に・・・・
母と再婚相手の方には子供がいませんでした
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遊園地人生
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なのに私は違います。
でもこの誕生日は結婚してからの私の誕生日なのですよ。
それが分かったのは戸籍で,です! 結婚するときには戸籍が移動しますからね。
母とは結婚はしていなかったのです。 私の母親は私を産んで私が2才になる前に
私の父は男手では子供が育てられませんから 実家に預けました。 祖父母は何故か私が嫌いでした。
2年前ハワイで父親と会いました。 その時に私の誕生日の話が出ました。
「何故こんな事になったの?」 と父に聞くと、
それからの私には子供時代から結婚するまで 波瀾万丈の人生が待っていました。
いつかまた書くときがあると思います。
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☆☆コメントのお返事が遅れています。前の記事のお返事がまだ終わっていなくて! 明日には書けると思います。お許しを。眠たいので寝ます。まだ夜の9時15分だというのに!! ごめんなさい。
いえ、正確には「正田 美智子」様の頃です。 セピア色に色が変わってしまいました。 時々アルバムをのぞいては、あの頃を思い出しています。
「この手紙を大切にしまっておきなさい」と言われて子供の頃もらったハガキなんです。 聖心の第一回同窓会の代表者としてベルギーに旅立つ前に書かれたものです。 小さくて見にくいでしょうが、とてもきれいな字です。 世間が騒々しくて、日本脱出だったと聞いています。
私も美智子様で覚えている事はほんの少しです。 よく遊んでもらっていたようなのですが? かすかに覚えているだけです。 私も小さかったですからね。
私の生まれが貴族だとか???(笑) このハガキをお見せしたのは 私が産まれてから今までに起こった出来事を 新しい書庫に時々書こうと思うからです。 書くにあたり、悩みました。 でも主人が「記録として書いておいたら?」と私を押しました。 実は私の人生はけっして平坦ではありませんでした。
遊園地のジェットコースターみたいに、登ったり下ったりの人生だったからですよ!
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