「本」出版裏話

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本出版の裏話

拝啓 おばちゃんです。
今日の熊本は、くもりです。
・・・本を書くこと・・経験談
本出版の文章は、基本的に中傷したことを書かないことでした。
しかし、私に、ある有名な出版社のベテランの先生がおっしゃいました。
もっと、強く書きなさい。
裁判で判決が出て、相手が悪いことがはっきりしているんですよ。
まだ、遠慮した書き方になっていますよ。
そうか!こんな時はいいのか!・・って思いました

私は、
このようなアドバイスをもらって、それが文章を書く柱になって
360ページを仕上げました。

今日も頑張るばい♪〜
拝啓 おばちゃんです。
今日の熊本は朝から快晴でした。

ところで、
光太郎君は愉快でしたね。
少々、子育てに中には難点があっても
その経験は本人にとって、いつか生かされることだろうと思います。

さて、来月から心機一転、別のお話を書きました。
お楽しみください。             
・・・おばちゃんの 文章書き裏話・・チャンスはこうしてやって来た・・・

「ノンフィクション謎の大事業」→うちの主人が仕事の落とし穴にはまった。悪い人達の話をきいて!!
そんな内容の本です。
真面目が取り得の主人が書いた図面は、現実にはできない大事業の図面でした。
だから、みんなが、信用してしまう!!大変!!
その事業を計画した人達は、最後の最後まで出来ると言い続け、事業がやれる証拠など何もなく
それなのに、出資金集めに、その図面を利用していました。
 真相究明のため「図面の設計代金を支払いなさい!!」と、
私はこの言葉を相手に投げつけ、ながい闘いが始まりました。
私は、主人の目を覚まさせ、周囲の人達の知恵や力を借りて行動をとりました。
結局、あの人達は、地元の皆様にも私達にも不人情な行動のまま、いなくなってしまいました。
私は、自分たちが図面を書いた責任を果たすべく、被害防止の気持ちでこの事件をノンフィクション小説に書き上げ公開しました。そのことは、裁判で勝訴の判決があったからできた行動なのです。
これまで、誰にもできなかったことをやってのけました。
この種類の本はあまり無いそうです。
周りの方々から「ようやった。」と言葉をいただいたとき
私の心のキズはやっと晴れました。
ノンフィクション小説、この方法だけが
彼等が善良な市民を泣かせる実態を公開できる、ただ一つの手立てでした。
それがノンフィクション小説です。
ラジオ番組にも出て、本を出す為に執筆している事が放送され、放送の番組の中では弁護士の先生から出版のアドバイスをもらいました。もうあれから2年になってしまいました。
本は、現在も置いていただいている書店さんもあります。
長く置いていただき嬉しいかぎりです。
この事件を是非、私の体験文章からから悟っていただくしかありません。
通常では注意を呼びかけることはできないような巧妙な仕組みでした。
ノンフィクション小説を、こうして私は書くようになりました。
・・・
本の出版を切っ掛けに、読売新聞地域情報紙にご紹介いただきました。
また,地元商工会議所の会報機関紙に、本の広告を出していただきたいと相談に行った時でした
担当のかたから、こんなに文章を書けるのでしたら、どうでしょう〜とお話をいただき
記事を書くスペースをいただきました。
私には、この上ないチャンスでした。
私の文章は「文学」の種類にはほどとおく、さほどの学歴も無く
分野違いの勉強しかしていません。
文章の出来映えは褒めたところは何もありませんが、
回覧板の役割のような文章を書きたいと思いました。
皆さんが日常いつも感じておられること
だれにでも思い当たり経験したことがあること、そんなことをこつこつと書き続けています。
多くの皆さまから
内容の提供をいただき、毎日書ききれないほどです。
本当にありがとうございます。希衣
今日も おばちゃんは頑張るばい!!

拝啓 おばちゃんです

本出版を振り返り ノンフィクション謎の大事業
出版社を自分から離れた私は、大変挫折に追い込まれました。
迷惑をかけてはいけないという気持ちが大きく働きました。
出版社の先生も、説明のしようも無い気持ちだったと思います。

私は、被害の上に、目的を達成できそうもない事態に落ち込みました。
もう、こんなことは辞めようと思いました。
「この原稿は捨てます」と私が言うと、
先生は「このような事件は世間で沢山おきています、これ以上の事も現実沢山あるのです。
しかし、あなたは書けた。このことが他の人にできなかったことができているのです。
本は出すんですよ。もう原稿は出来上がっています。ここまで、できているのですから。」
原稿を手に、先生は私にこんな話をされました。
「これまで、たった一人で自分だけで戦ってこられましたね。しかし、まだ戦いは終わってはいません。これからも、まだまだつづきます。」
そして先生は、心配な様子で
ラジオに出演したとき弁護士の先生に質問したほうがいいような事項を、助言されました。
最後に先生と、ご担当の方が
「私たちのほうから何度もこの本の為にやってきています。
通常は相手側から私たちのところへ来てもらうことがほとんどです。
それが、何度も私たちのほうから足をはこんでいる、このことを分かってください。
私たちは文章を読むとき、客観的に見るようにしています。それが仕事ですから、
ところが、この原稿には後半、私ですら引き込まれました
これは、そんな本なんです、と言ってくださいました。
私は深く頭を下げ、涙ぐんでしまいました。

先生へ手紙を書きました。
大変ご迷惑なお願いをしたと思っています。
先生の目が、ここから逃げてくれって、先生の目が訴えていました。
私は裏口から逃げていきますね。

そのほうが、うまく行くような・・そんな感じが私のなかで生まれました
私の一人歩きが始まりました。
助言者を失った私は、すがる藁もない、本の世界は大海原を航海のようなものでした。
その後、数々のハプニングが待ちかまえていました、
しかし、お粗末ながらも自力で、目的をやり終えました。
本の流通で悩んでいたとき、困ったらここの戸をたたくように、何気ない助言の言葉がありました。
ゴールで形をかえて支援を仰ぐことができました。
「良くやりましたね、私たちがご協力できるのは、これぐらいしかないのです」と
言葉をいただきました。しかし、私には大きなご褒美でした。
・・このような経験をして、私は、本がどんな段階で仕上がっていくのか、
コツをつかんだ手ごたえも感じ、ささやかな知識ですが何かを習得できた気がします。
現在、自費出版された方の本を読ませていただいています。
今、「ひとたびの」(文芸者)と言う本を読んでいます。
本の著者さんは「本の苦労を知っている人に是非読んで欲しいのです」と手渡されました。
そして、
次の本はいつ出すの?と冗談まじりに言葉を頂き、私は、顔を赤くして笑いました。

           ・・・・・・・この章を おわり ます・・・・・

拝啓 おばちゃんです
振り返れば、ノンフィクション本は難しい壁でした。
当時、私は「この本は「本」になり得ますか」と出版の先生に涙ながらに尋ねました。
先生は「あなたが、どう克服できるかです」と答えられました。
2003年〜事件〜2004年に遭遇したことを
2005年元旦から執筆、約2ヶ月で粗原稿仕上げ 夏ごろから出版に向けて相談
秋ごろ出版社へ依頼 原稿を渡す (冬)年末 560pを390p以内に原稿圧縮を助言される 
2006年元旦 あとがき(終わりに)を書き上げる
     なぜこの本を出したのか詳しく、長く、書くように助言される
     出版の先生の言葉「私たちは書く人の味方です」と励まされる
     正月は家族の理解で、執筆に励み、雑煮だけで年を越す。
2006年2月 助言を元に原稿をしなおして送付
☆ブログ開設・・
2006年3月 地元ローカルFMラジオ1時間番組 出演
弁護士の先生と対談、その中で重要な助言を受ける
2006年(春)事情で出版社を離れる
☆この本に関しては「第三者行為」が難しい状態でした。絶望した私でしたが、
☆私が自分の被害を自分で訴える☆これはできるのです。
弁護士の先生は「こんな方がいてくださることは私たちが助けられるのです」と言ってくださいました。
どの道の行動もふさがれる、事件はそのことまで計算されていました。
どの分野の専門の人たちも、私たちを手伝ってやりたいと思っても、手の出しようがない表情でした。
自分の力だけで頑張る事態になりました。
一匹・おばちゃんになった私でしたが
各方面の方々から支援とチャンスが与えられました。
(6月)タイトル、サブタイトル、表紙決定
  ノンフィクション謎の大事業  悪どい手口とおばちゃんの対決!・・・
(7月)ハプニングを抱えながらも、本の印刷は曲がりなりにもできました。
☆本が書店に並べられました。これも大変でしたがなんとかできました
熊本県教科書供給様で取り扱い決定
「いい本だもんね」と言ってくださったときは私にも初めて笑顔がでました。
当時の出版社の方より、本が出されたとき嬉しい言葉をもらいました。
「あなたの本を見たとき、とうとうここまで、たどり着かれたんだなと思いました。
 頑張りましたね」と激励「これから人の目に触れますよ」と言われて、新たに緊張しました。
ホームページ作成と、自分でも書店めぐりをしてお願いに活動しました。
2006年(秋)読売新聞販売店、および関係の方から声がかかり
地域情報誌「れいぼう」で紹介 11月 と翌年1月
地元商工会議所機関紙記事投稿採用される(11月号から)
2007年(新年)読売、継続で記事採用
短編小説「愛ちゃんは行く」不登校をテーマ連載される8回
商工会議所機関紙「大学生A君の事件」採用4回
(3月)地元経営者倫理法人会 講演 1時間
(7月)商工会議所・アクサ生命保険 セミナー講演 2時間
    読売新聞、本誌記事で紹介 
(8月)次回作品を依頼される・・読売「れいんぼう」および、商工会議所より
(9月)3日・れいんぼうへ原稿送付 5日採用の連絡・10月号より新作品連載決定
・・私のような者に、ご支援いただき本当に有難うございました 
       2007年9月9日 坂井希衣

追伸・・
この痛手を皆様に何らかの方法で伝えることが、被害拡大の防止になると思いました。
裁判をしても、何をしてもどうにもならない、報道情報も壁があり超えられない
こうして、ノンフィクション小説で出版しました。
この伝え方が、一番ベストな方法だと、私自身は感じています。
地元の法律の先生方をはじめ、多くの皆様に手にとっていただき、今なお感想をいただいています。
話題は、新作品「子育てテーマ」に移行し、心も救われ、このことを切っ掛けにお粗末ながら
文章を披露する場をいただき元気に暮らしています

イメージ 1

拝啓 おばちゃんです。
読売新聞 れいんぼうの原稿も、編集局からOKがでました。

ほっとしました。ちょっと休憩・・

編集内容にあわせて文章を構成することも、勉強になりました。
次回作品は長い文章を圧縮して「4回」連続で載せられるようになりました。

☆前回作品//
不登校とテーマの「愛ちゃんは行く」は、
反対に短い4回程度を、編集局と相談の上
書き直しを重ねて、文章を書き広げて「8回」になりました。

☆次回の新作品は、
筋書きができた段階で中心の人物を決めて、仕上げることになりました。
内容が豊富で圧縮に苦労しました。前文と後のつじつまあわせに
何度も読みかえしました。素人の私は悪戦苦闘。やっと出来上がりました。
編集局より、昨日OKが出され嬉しく思いました。
しかし、まだ、まだ、勉強です。満足いくものには届きません。
人の目に触れることを前提にした文章を書くことに、責任を重く感じ、取り組んでいます。
・・・・おばちゃんの編集後記(希衣)・・・・

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