第4回目の被災地支援の報告書です。
今回はお風呂の搬入ではなくて、
お酒を中心に、皆様よりお預かりしたものを
南三陸町の志津川地区の避難所に運んで参りました。
いつものように仮眠しながら、経費削減のため
ひたすら国道4号線を北上して、
21日の午後14時頃、南三陸町に入りました。
今回は皆様よりお預かりしたお酒を届けるのが、
中心なのですが、急遽、私の友人でオランダ在住の
まさこ&アルベルトさんより
オランダの人たちによる被災地支援の応援メッセージ集を預かったのです。
このメッセージはもちろんオランダ語が中心なのですが、
まさこさんの翻訳により一枚一枚日本語でも理解できるようになっています。
かなりの量なので、まさこさんも大変だったと思われます。
こういうものはたくさんの方に見てもらいたいですから、
小規模避難所よりは
べイサイドアリーナか志津川高校かと考えていましたが、
通り道ある志津川高校の避難所に行ってみました。
高校は高台にあるため、前もってその周辺では唯一津波を
かぶっていないらしいと情報を得ていました。
瓦礫の中をパンクに気をつけながら、進んで行くと、
間違って老人ホームに入ってしまいました。
自衛隊の車両がたくさん停まっていたので、そこだと検討したのです。
老人ホームも高台にあるとはいえ、こちらは津波の影響があるようでした。
自衛隊員さんに教わって、裏の高台だということで、
さらに瓦礫の道を更に登っていくと、突然、風景から瓦礫がなくなり
見事な満開の桜並木に変わりました。
この劇的な変化は津波災害のもっとも特徴的なもので、
標高が1m違うだけで、風景が全く違うのです。
言葉にできないようなひどい瓦礫の風景から、平和な桜並木を見ると
とても違和感があるのが高校の最初の印象でした。
高校の避難所の本部に行き、
スタッフの高橋さんという方に、お酒やオランダの応援メッセージ絵画の話をしたところ、
とても喜んでもらい、早速絵画は展示していただけるとのことでした。
仕切りの壁に貼ってみなさんに観てもらいましょう!という話にまとまりました。
お酒に関しては、人数も多いし、
大規模避難所で個々の人に振る舞い酒は難しそうでしたが、
班長さんたちの話し合いでお花見会の計画があるようなので、
その時に喜んで使わせてもらいますとのことでした。
三分の一のお酒を置いてきました。
小規模避難所と違い、大規模避難所の場合は不特定多数の人が
滞在していますから、お酒で調子を崩すひとも中にはいるのかもしれませんね。
こういう状況ですからね。
また、会津の青木農園さんご寄贈のシイタケも喜んでもらいました。
それから、前日に益子町のカレー屋けららのおばあちゃんが
寄贈してくれた手編みのお人形さんたちも
高橋さんに手渡してきました。
91歳のおばあちゃんが作ってくれたんですよ!と説明したら
驚かれていました。今頃、小さな子どもたちにお人形さんたちも
遊んでもらっていることでしょう。
高橋さんは首からぶら下げているIDカードを拝見すると
保育士さんということでしたが、職業柄か、とても優しいお兄さんでした。
また来ますと握手をして桜並木の高校避難所を後にしました。
2番目は、いつもの大久保避難所に行きました。
もう4回目ですから、世話人の遠藤さんも笑顔で迎えてくれました。
五右衛門風呂の湯牧民も活躍しているとのことで、
とても良かったと思いました。ここの湯牧民は中越地震の時は
川口町で使ったものなので、歴戦の猛者です。
でも入れば、最高なんですよねぇ。湯牧民は。
実際に設置してあるのは湧き水の出る30m程、下がった半壊の家です。
支援者の皆さんから、お酒、預かってきましたよ、。と手渡すと遠藤さん、
丸い目をさらに丸くして喜ばれていました。
また、みんなで元気になってもらえればと思いました。
今回、避難所にいた方と少し話をさせて戴いたら
タバコは長年禁煙していた人も今回の震災で
再び吸い出した人が多いのだそうです。
手に入らないから、禁煙を始めた人は周りにはいないそうです。
まあ、それだけストレスが高いのだと思います。
それから、大久保避難所には、おばあちゃん衆の姿を以前に拝見していたので、
ここで配ろうと思い、なお先生の手作り手提げバックを出したところ、
とても喜ばれました。デザインも着物の古布を加工していますから、
おばあちゃん衆の心にはピンポイントで受けるのかもしれませんね。
今度はゆっくり泊まっていってくれと遠藤さんの嬉しいお話を頂戴して
いつか落ち着いたら、観光客として復興した南三陸町に来たいなあ、、と思いました。
続いて、田尻畑避難所の及川さんの所に行きました。
田尻畑では昨日でご遺体の捜索が終わって
これからは本格的に片付け仕事ができる話を伺いました。
5月頃からは、仕事として残骸の片付けに参加できるらしく、
前回、前々回よりも及川さんの表情も明るく
やはり、人間は前が見えないっていうのが良くないなぁと感じました。
避難所そのものは、まだ電気が来ていなかったのですが、
周辺で電気が復興したので、集団炊き出しは終了したのだそうです。
お酒は、及川さんから集落の個々の人たちに
配ってもらうことにして手渡してきました。
前回の力水もとても喜んでもらっていたので、遠路はるばる来た甲斐がありました。
それから、前回、息子さんたちと組み上げた、ここの湯牧民も大活躍していました。
まあ、世界一高級な風呂ですからねぇ。直火遠赤外線で脊髄ぽかぽか免疫力最高!
避難所だからこそ、世界一のお風呂じゃないとね。
及川さんご夫婦とも挨拶をして、
瓦礫はそのままでも少しづつ、先が見えてきて良かったなあ、。としみじみ思いました。
栃木に向けて暗くなりはじめた南三陸町を出発しました。
志津川高校避難所のスタッフの高橋さん
優しいお兄さんでした。
平成23年4月22日 (文責)佐藤隆司
今回のご協力の皆様
(お酒のご寄贈)
usamama8様、武藤さんと酒呑み仲間の皆様、YKK師匠、くろうさぎ様、ナオ&キティ様
男山酒造(一本おまけ)
(福島支援・会津のお酒・男山酒造購入カンパ)
宇都宮YMCAの有志の皆様、山本裕子様
(手作りバッグ)
なお&キティ様
(しいたけ)
青木農園様
(会津のお酒、男山酒造さんと渉外)
ヨッシー様
(オランダからの応援絵画メッセージ&オランダお菓子)
まさこ&アルベルト様
(手作り毛糸のお人形)
カレーハウス「けらら」のおばあちゃん
(トラック燃料費カンパ)
山本和子様
(企画・立案・搬入)
佐藤隆司