空とぶモニョンゴロ村・被災地支援活動

いつまでも生きられると錯覚するのが、諸悪の根源です。未来そのものであるチビッコたちのために良き踏み台になりましょう!

漁師さん応援浮玉プロジェクト報告

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第23回被災地支援 
                平成24年2月18、19日
                 北上町に益子焼、陸前高田に大谷石、                 釜石に漁船修理費カンパのお届け。

今回もバタバタ忙しく午前中に仕事を片付けて
午後に出発しました。ひたすら東北道と三陸道を北上、最初に石巻に寄って漁網店さんから久保田利伸さんがご提供下さいました協力金で
万丈篭を40ヶと照聖さんたちの浮玉を積み込みました。とは言え、
石巻に到着したのが20時と遅れてしまい
会社はすでに閉まっていたので、闇夜の薄明かりの中怪しげにゴソゴソと積み込みました。
大谷石と漁具が混載の怪しいトラックです。
もちろん、すでに連絡はしてあるのですが、防寒対策ヤッケにマスクで益々怪しき雰囲気なので
交差点の赤信号待ちのドライバーが警察に通報しないか心配しながら積み込みました。
今回は最終目的地のはやとさんのお父さんが釜石なので、
再び石巻には戻らずに東北道で一挙に南下したいので
最初に積み込んだ訳ですね。

で、お隣の河北町に出発しました。
が、着いたらすでに21時になってしまい、被災者の人たちに配ってくれるブロ友のすいかさんに申し訳ないので、こっそりと玄関前に置いてきました。すいかさんもお仕事でお疲れかもしれませんし、お会いするとお土産を持たされるので恐縮してしまうのです。
被災者の人たちに気を使ってもらっては何をしにいったのか、分からなくなってしまうのです。
でもご近所のワン公に吠えられて慌てて、トラックに逃げてきました。
まあ、ヤッケにマスクで、マスクを外してもデンスケ劇場のデンスケさんみたいに無精ひげなのでいかにも怪しいヲッサンではありますが、、。笑
今回は設楽さんのカラフルな作品やかおるさんの笑顔のお茶碗など
明るくなるような色彩のものでとても喜んでもらえると確信していたので
楽しみに置いてきました。

で、今度は陸前高田に向かいました。
とは言え、登米までしか三陸道はできていないので、途中からいつものように志津川に向かいました。
入谷地区に向かう途中のトンネル手前のチェーン用の駐車場の所が、
仮眠する場所です。前に、遠藤美希さんのお父さんに初めて会う時も、
ここで寝たなあ、、としみじみ考えながら疲れていたのですぐに爆睡しました。
明け方の3時に寒くて目を覚まして、再び出発。今度は海沿いの45号線をひたすら北上、気仙沼を越えて、陸前高田に入りました。早過ぎたのでここでも少し仮眠しましたが、明るくなるにつれ、
瓦礫すらない淋しい風景がはっきりしてきて、
昔、瓦礫片付けに高田に来た頃から何も変わっていないなあ、
本当に被災地支援はこれからが本番だなあ、、。と悲しくなりました。
途中で道を聞こうと思い、新聞屋のおじさんに声を掛けたら、
バイクがパンクして困っているとのことで、急遽、家まで送ってあげました。

で、陸前高田の仮設にようやく到着しました。
釜石に行ってすぐに栃木に帰らないといけないので、朝の7時と大変早くて恐縮ですが、区長さんに降ろす場所を聞いて、早速クレーンで大谷石を降ろしました。
今回の陸前高田への大谷石の搬入は九州の大学の徳田先生と
お友達の岡田さんからご依頼なのですが、なんでもこの大谷石で
仮設の人たちや子ども達がピザを焼くのだそうです。
美味しいピザが焼ければいいなあ、、。みんなの想い出になってくれればいいなあ、、と思いながら作業をしました。
区長さんには再び来る旨、ご挨拶後、釜石に向けて出発しました。

私はもう1年近く被災地に来ていますが、
陸前高田より北には来たことがなかったので、
途中の大船渡を初めて見た時は大きな町でびっくりしました。
大きな船が渡るという字のごとく、大きな貨物船のようなものや
大きな煙突なども峠から見えました。
煙突からは煙も見えて、普段なら嫌な感じのものでしょうが、
活気があってほっとするのですから311は本当に
私にもトラウマになっているのでしょう。

それから再びクネクネと海沿いを眺めながら北上しました。
三陸は津波さえ来なかったら、リアス式の美しい町が続く
まさに日本を代表するような風光明媚な景勝地です。
早く旅人がまた行き交う街に復活して欲しいですね。
釜石に着いて、はやとさんとコンビニで待ち合わせをして、
それから、はやとさんのご実家があった佐須地区に向かいました。
佐須ははやとさんのブログでは不便な陸との孤島というイメージ
があったのですが、やはりS字の続く山間の杉林を抜ける
奥にある小さな漁村でした。
大雪があると、道路の除雪もなかなか来てもらえないというのは
本当なんだと思いました。だから元々佐須地区の人たちは
食料品は常備しておく習慣があり、それが反対に震災時に役に立ったとのことでした。なるほど、むしろ交通が不便ゆえに一軒だけでなく集落本来で食料危機に対処できる訳なんですね。
そういえば、311の時はうちでも東電の計画停電で井戸のポンプが使えなくなり、通電しても水が28M下がってしまい本当に大変でした。ポンプに入れる呼び水がないので役場に行ったら、
役場でも給水をしていなかったのです。
日頃から、何がどれだけ必要か、栃木とは言え、
来るべき首都圏直下型地震や
北茨城内陸型地震に備えたいと思いました。

佐須のはやとさんのお父さんに
元のご実家の跡地でお会いできました。
お父さんは、いかにも漁師さんという感じの人で
握手をして戴いたところ、とても大きなグローブのような
大きな手でした。
この手で三陸の荒波の中、はやとさんたちを育てあげて、
海の幸を、日本中の消費者に届けてきたんだ、、と思うと
なにかこみ上げるものがありました。
お父さんはようやく船を修理したのですが、肝心の岸壁がないので、
本当に困っていらっしゃいます。
早急に国には動いてもらわないと本当に困ると実感しました。
お父さんやはやとさんにご挨拶をして、
今回は遠野経由で東北道に戻り、一挙に南下して栃木に戻りました。

イメージ 1
真岡
市のご好意で形が良い大谷石をストックしておいて戴けたので、
出発前日に積み込みました。岡田さんもお疲れさまでした。
大谷石は1本80キロもあるらしいのですが、うちのトラックにはクレーンが付いていてボランティア活動には本当に大活躍です。
イメージ 2
無事に陸前高田の気仙今泉区長の菅野さんにお届けできました。
文字通り肩の荷がおりました。
美味しいピザが焼ければ良いですね。
区長さんのお話では目の前にも大谷石の塀があったのだそうですが、
跡形もありませんでした。
イメージ 3
はやとさんは本当に故郷想いのイケメンの好青年でした。
お父さんは根っからの漁師さんで、仕事一筋の本物の海の男でした。
なんとか早く船着き場ができないか、行政には本当に頑張ってもらいたいです

第23回被災地支援のご協力者さん

河北町へ益子焼
設楽洋子さん、かおるさん
陸前高田へ大谷石搬入
(大谷石提供)真岡市産業環境部環境課さん
(軽油代)九州工科大学 徳田先生(情報)岡田さん
はやとさんのお父さんの漁船修理代カンパ
メタルさん、yowamushikuuさん、もとじさん、madreさん、佐藤隆司



第22回被災地支援報告書 
                         平成24年1月27、28日
                 南三陸町の大久保地区に浮玉と万丈篭                 大森地区に万丈篭、北上町に薪、
                 南相馬市の保育園に膝がけ、
                 みかん、砂と砂遊びプール

皆さん、いつもご協力ありがとうございます。
1月27日は午前中に仕事をして、午後から被災地支援の活動を始め、薪を製材所で積み込んだり、残りの浮玉にメッセージを書き込んだり、漁具の
積み込みをしました。今回は北上町の熊谷さんにプレゼントする薪で
トラックの荷台がすでに一杯なので、浮玉と万丈篭とプールを載せるのにとても苦労しました。というのはすでに薪がバケットで無造作に積み込んであり、その上に万丈篭を載せると、ロープで縛っても走行中に土台の薪が沈み、ロープが外れてしまうからです。アイスバーンの東北道で荷崩れして後続車が次々突っ込んだら大変なことになります。こういう時は箱トラックはいいなあ、とも思いますが、箱車では薪は詰めませんから仕方がありません。
で、結局、19時30分まで粘っていましたが、危険余地回避を徹底するためロープを追加購入のため大急ぎで8時に閉まるコメリに買いに行きました。
で、ばたばたとシートをかけて、遅くなってしまったので風呂も入らず9時30分に出発しました。最近は漁師さんの応援だけでなく、いろいろと範囲が広くなり、複数の被災地を回らなければならないので忙しいのです。朝一の7時に職員さんがご出勤されるということで、南相馬市のよつば保育園さんに到着予定だったのですが、東北道のアイスバーン運転と仕事の疲れか、途中の福島で爆睡してしまい、8時半頃になってしまいました。よつば保育園さんに到着したら、副園長先生がお出迎え下さりまして、無事にウグイスさんご提供のみかんとけららのおばあちゃんお手製の膝掛けを届けました。外の砂場の砂は使えないということだったので、全面入れ替え時に、石川県か富山県から砂をもらったらどうでしょうかと提案してきました。勝手に浜辺の砂を持ってくることはできないので所轄の官庁に相談しなければならないでしょうが。福島の子どもたちのためだ!と言えばお代官様も許可してくれるとは思うのですが。今、考えているのは土嚢に海砂を入れてさらに大きい袋を2袋クローラー(陸前高田で瓦礫処理ボラでつかったやつ)で運び、トラック横付け後、クレーンで大きな袋をトラックに載せるパターンです。砂浜で土嚢入れには現地のボランティアさんの手もお借りしなければならないと思いますが、。で、副園長先生にご挨拶後、今度は同じ南相馬市の
原町区にある聖愛保育園さんに向かいました。前々回はミカンとリンゴを
届け、前回は宅配でウグイスさんにお願いしてミカン、今回はミカンと室内用砂場プールとオーストラリア産の砂と砂遊びセットです。子どもたちが再び写真に応じてくれましたが、汚い無精髭のおじちゃんが突然来たので固まっていましたが。笑 かわいいチビッコたちにご挨拶後、今度はひたすら北上して北上町に向かいました。熊谷さんは当日お仕事でお会いできなかったのが残念ですが、ご近所の阿部さんが助っ人に来て下さいました。阿部さんは前に私が薪をプレゼントした方です
代理で阿部さんに写真に収まって戴きました。阿部さんの次回分、福岡の照聖さんとご信者さんがすでに資金提供してくれたことを告げたらとても喜んで下さりました。で、熊谷さんなんですが、熊谷さんは津波で作業場を流されてしまったのですが、本来は国宝とか重要文化財の茅屋根の工事をされている方なんです。凄い技術者なんですね。で、もっとびっくりが、私の友達に栃木に白兵衛さんという陶芸家さんがいるのですが、熊谷さんと白兵衛さんがお友達だったのです。電話でお話させて戴いたときに、栃木の話から白兵衛さんの話が出た時にはほんとびっくりしましたね。で、またまたびっくりはブログ友で
河北町の人たちに益子焼を配ってもらったスイカさんが、なんと、熊谷さんの奥様とお友達だということです。スイカさんには白兵衛さんの陶器も届けましたから、もしかすると熊谷さんの手に渡っているかもしれませんね。半世紀も
生きていると様々なことがあり、つくづく世の中狭いと感じました。

で、阿部さんにご挨拶後急いで石巻に戻り、追加の万丈篭を載せました。
なぜ、今回は帰り際に買って栃木に持ち帰らないのか?なのですが、
理由がありまして、早稲ワカメの収穫が迫っていまして、漁師さんたちが不安に思ったら申し訳ないと思い、至急追加して現地にてメッセージを書き込んで配布してしまおうと思ったからです。で、漁網店さんで積み込み後、至急再び三陸道を北上して、南三陸町に向かいました。今回から配布が始まった大久保地区ですが、大久保避難所時代にお世話になった牡蠣漁師の遠藤さんに配布調整役になって戴きましたので、遠藤さんの所に追加の先ほど購入した万丈篭10万円分と浮玉を届けました。遠藤さんは以前に志津川の絵はがきを下さった方です。古い協力者さんは過去の記事でお分かりかもしれません。で、遠藤さんには浮玉をご提供下さった照聖さんと万丈篭を代表して吉田ユリノさんにお礼を伝えてもらいました。この瞬間が私はとても好きで遠路はるばる越えてきた疲れが一挙になくなります。照聖さんもユリノさんも喜んで下さり、頑張った甲斐がありました。もし、他の協力者さんで直接電話で漁師さんを励ましたい方がいらしゃいましたら、佐藤隆司までご連絡下さいね。次回、搬入時に電話を差し上げますので。
で、今度は大森のいつもの久保田さんの所に急いで向かいました。
お仕事でお疲れのところ待たせたら申し訳ないです。
久保田さんも奥様もお元気そうで何よりでした。
久保田さんには、万丈篭をご提供下さった目黒さんに電話して戴きました。
その後、仮設にて久保田さんより志津川の漁師祭りのことなど、廃れつつある漁村文化や現状のお話など拝聴していろいろと考えさせられました。

今回は、大久保の漁師さんたちの万丈篭には若干のメッセージしか現場が暗くなってしまい書き込めず、ご協力戴いた皆様には大変申し訳ありませんでした。次回からは通常のように栃木に持ち込んでメッセージを書きますので、引き続き漁師さんのご支援もよろしくお願い致します。ちなみに万丈篭は一つ2500円ですので、それ以下のご協力金の場合は他の協力者さんとの連名になりますが、それはそれで賑やかで良いのではないでしょうか。また、引き続き歌津の番屋基金も受け付けております。こちらも広く浅く協力者さんを募集しておりますので、よろしくお願い致します。

第22回被災地支援にご協力戴いた皆様

南相馬市 ふたば保育園
ミカンプレゼント おこたでみかんプロジェクトさん
膝掛けプレゼント カレーハウス けららのおばあちゃん

南相馬市 聖愛保育園
ミカンプレゼント おこたでみかんプロジェクトさん
オーストラリアの砂 砂遊びお道具セット
ホワイトナイツさん、三浦@世田谷さん、岡田雅代さん
砂遊び用プール 
目黒さん

北上町の熊谷さんへ
薪プレゼント
照聖さんと後藤寺不動院ご信者さん

南三陸町志津川大久保地区の漁師さんへ
浮玉
照聖さんと後藤寺不動院ご信者さん
十彩緑の会さん
万丈篭
うぐいすさん、オマカセヤ クラタニさん、ミケロックさん、
イワイトシムネさん、藤本賢三さんご一家、あさこさん、
吉田ユリノさん、かぶらぎさん、ドラさん、
浜端さん、くれうらふみさん、
ナカノミナコさん、 ホワイトナイツさん、
浮玉支援プロジェクトIN​葉山さん

南三陸町志津川大森地区の漁師さんへ
万丈篭
目黒さん

トラックの軽油代 
照聖さんと後藤寺不動院ご信者さん

搬入責任 佐藤隆司

イメージ 1














よつば保育園の副園長先生に愛媛のみかんと益子のけららのおばあちゃんの
膝がけを渡しましたよ〜
イメージ 2














荷台から協力者さんたちの想いが、こぼれそうに満載です。
イメージ 3














聖愛保育園のチビッコたちです。目黒お姉さん、
ホワイトナイツお姉さん、岡田お姉さん、三浦お兄さんの
想いが笑顔になりました。
イメージ 4














北上町の熊谷さんのお宅に薪をプレゼントです。
熊谷さんがお仕事の関係でお留守なので、
代理で助っ人の阿部さんに写真に入って戴きました。
熊谷さんの再建された工場の壁が茅だったのにはびっくり。
次回、北上町に行ったら写真を撮らせてもらいたいと思います。
イメージ 5














イメージ 6














かぶらぎさんまで現場でメッセージを書きましたが、
時間切れでメッセージが書けなくてごめんなさい。
イメージ 7














今回から始まった大久保地区漁師さん応援の
調整役の遠藤さんです。
イメージ 8














どんと10万円分の万丈篭です!
遠藤さんから大久保の漁師さんたちに配ってもらいます。
マイナスから漁師さんたちは立ち上がっています。
私たちもどんどん応援しましょう!
イメージ 9














目黒さんの万丈篭は、大森の漁師さんたちへ。
調整役のいつもの久保田さんに無事に引き継ぎました!
予定時間よりすっかり遅くなってしまい、お仕事でお疲れの久保田さんには
申し訳なかったです。
イメージ 10














雪の東北道をひたすら南下して栃木に帰りました。
ご協力の皆さん、どうもありがとうございました。
第21回被災地支援報告書 
               平成24年1月9、10日
      漁師さん応援プロジェクト報告
      歌津港地区、志津川荒砥地区、雄勝町小島地区に搬入

今回のご報告です。
1月9日に21時にNHKさんと共に出発しました。
前回の撮影で、たかしさんは見た事もないようなキレイなシャツを着ていたとドキュメンタリーに反するようなご感想もあちこち頂戴したので、
今回はいつものドカジャン格好でしたが、出発前に慌てて無精髭だけは剃りました。笑
で、ひたすらいつもように東北道を走り、
途中で仮眠して石巻の漁網店さんで朝8時にスカイタンク3台を
積み込みました。

いつもの歌津に到着したのはスカイタンク積み込みのため遅れまして
10時20分位でしょうか。かつきさんや力さんや他の漁師さんに大漁旗のプレゼントのお礼を協力者代表としてご挨拶後、
メタさん(宮崎のコアさんの支援物質)経由でお預かりした
お菓子とMさんからお預かりしたお菓子と作業用のゴム手袋を
無事に引き渡しました。ゴム手には一つ一つメッセージカードが添えられていましてMさんとお母さんが入れて下さったのでした。
早速、Mさんに電話をしまして、力さんとお話を仕手いただきました。
でもMさんはお仕事中で手が塞がっていたご様子でしたので、
漁師さんと直にお話してもらう企画も場所と時間を考えないと難しいなあ、と反省しました。

それから音声さんと共にかつきさんの船に載せてもらい、
カメラマンさんは別の船で2隻の船で沖に出ました。
かつきさんの船は津波で流されてしまったので、
北海道から3トンの中古船を購入されたのだそうです。
エンジンは110馬力だそうですが、結構なスピードが出るもんなんですね
乗った当初は、波も穏やかで海は気持ちいいと思ったのですが、
だんだん寒くなりまして、漁師さんたちは苦労してワカメを育てているのが
実感しました。
途中で、ペンキで書いていた頃の浮玉たちを発見!
嬉しくて慌てて写真をとるもマクロになっていたためか
ピンぼけになってしまいパニック。
急いで携帯で撮り始めました。
やはり機械音痴は本当に困ります。
ボタン一つで切り替わってしまいますから。
どこかにある画面の更にどこかを横に行くと
マクロになるはずが、、て感じですね。
偶然、標準になって撮影開始でブロ友のつうたろうさんのものを
ゲットしました。スタさんのものは画面が小さくて厳しいかもしれません。

船を止めて、ワカメを引き上げてみるとずらりと
育っている新ワカメが出てきました。
ワカメは桁になる太いロープに種を仕込んでおき、
それから育っていくのです。

カメラマンさんたちの水中カメラのお仕事も成功したようで
再び、港に戻りました。
港地区の漁師さんたちも船や家や番屋を流されてしまい、
ローンもあったでしょうに、ゼロからでなくてマイナスからの出発に
なってしまいましたが、こうやって頑張っている実像に触れると、
早く現金が入り、生活が落ち着く事を切に願いました。

その後、千葉区長さんと宇都宮のお寿司屋さんとを
直接、電話でお話して戴きました。お寿司屋さんは全国の漁師さんと
朝穫りを直取引したいとのことで、是非、漁師さんを紹介して欲しいという
ご依頼を頂戴していたのです。で、区長さんなら利害関係も公平なので
一番適任だと思いお願いしたわけです。
やはり漁師さんたちも船がある人無い人、様々な被害状況の中の
経済力なので、一人の漁師さんだけが販売ルートを持つのは、
漁師さんたちの協調性を考えると芳しくないからです。
今後、浮玉やスカイタンク、万丈篭などをご協力戴下さいました
皆さんが、それなら応援がてら海産物も買いたいというときには
どうしたら公平性が保たれるかは私の個人的な悩みでもあります。
毎回、千葉区長さんにお願いするのも気が引けますし、、。

再び、かつきさんたち港地区の漁師さんたちと
ご挨拶後、荒砥の遠藤さんの所に7気圧のホタテ用を持って向かいました。
今回の漁師さんは高橋さんとおっしゃいまして、
まだお若い漁師さんでした。とても喜んで下さりました。
毎回、協力者さんのお一人に搬入の証明も兼ねてお電話させて戴いておりまして、今回は電話番号も頂戴していた照聖さんに電話しました。
直接、高橋さんとお話をされた照聖さんは
感極まって涙声になられて、馬面徳光の異名を持つ私も
もらい泣きをしてしまいました。私が泣いても仕方がないのですが、。笑

荒砥の遠藤さんもお元気そうで、
いいなあ!タンク置いていってよ〜と連発、
歌津の漁師さんたちも同じ台詞だったので、
笑ってごまかしました。タンク1000リッターは1台が8万円しますから、新品が3台もトラックの荷台に載っていると否応無く目立ちます。
タンクがないこといにはワカメの加工もできませんしね。
そうかといって雄勝の漁師さんたちも待っていますし、
私の力不足が悲しくなりました。本当はもっと協力者さんが
この日本のどこかにはいる筈なのでしょうが、
なかなかその人に巡り会うことができないものです。
これはPR力などが弱いためなのでしょう。
遠藤さんたちと写真撮影後は2時〜3時待ち合わせの
雄勝の阿部さん所に到着予定なので先を急ぎ早々に出発です。

途中、津波で更地になってしまった海沿いを走り、
大川小学校の近くを通り、トンネルを抜けて雄勝に入りました。
雄勝の小島では阿部さんご夫婦と杉本さんが
待っていて下さりまして、ご挨拶後、スカイタンク3台と浮玉を
引き渡しました。今回の浮玉には真岡市のボーイスカウトの子どもたちのものが多いので、杉本さんも一つ一つ手に取ってチビッコからのメッセージを喜んで下さいました。早速、スカイタンク協力者さんであるMさんのお母さんに
電話にて阿部さんとお話をして戴きました。お母さんも大変喜んで下さり私としてもとても嬉しかったです。
その後、阿部さんの奥様と隣のおばあちゃんを引っぱり上げて避難した神社に行ってみました。50段もの階段ですからとても高い所にある神社なのですが、なんと頂上の残り3段目まで津波が押し寄せたそうです。
そして神社の後ろは崖なので、これ以上は観念しようとおばあちゃんと話をしたそうです。私もお話を聞いて絶句するのみでした。阿部さんの奥様のお話ですと、ここまで上がったのだから日本は本当に沈没したと思ったそうです。神社からの風景の写真を撮ろうと思っていたのですが、NHKさんの撮影もあり忘れてしまいました。多分、NHKさんの番組でご紹介戴けるんじゃないかと思います。阿部さんたちにご挨拶をして、石巻の漁網店に戻り、Mさんからのスカイタンクご協力金の残金総額で、志津川の久保田さんたち用の万丈篭を仕入れました。また、後藤寺不動院の信者さんからの分52000円分でオレンジ3気圧も購入しました。第22回用のものは私の方で暮れから車検などが続いて経済的に厳しく立て替えて買ってくることができませんでしたので、漁師さん応援をされたい方は23回目になります。どうぞご了承下さい。
尚、写真のアップは夜に行いますので。記事はこの記事を修正して延長して使いたいと思います。

ワカメ調査へ出航です。
イメージ 5




















イメージ 6




















ワカメも順調に育っています。
でもなぜ上の写真は変形するのでしょうか???

イメージ 7




















浮玉たち、震災前はそれこそ数えきれないほど埋め尽くされていました。
イメージ 8




















音声さんもカメラマンさんと別に水中カメラで撮影です。
イメージ 9




















つうたろうさんの浮玉発見!
イメージ 10




















イメージ 11




















イメージ 12




















垣井さんの浮玉発見!垣井さんって誰という人は
もぐりです。
イメージ 1




















福井さんの浮玉発見!福井さんは日本人初のマザーテレサの
丁稚奉公さんです。熱いおじさんです。
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ヒガシニホンシロウミガラスです。うそです。分かりませんが海鳥?
イメージ 3




















遠藤さんの所で待ち合わせです。真ん中が今回の荒砥の高橋さんです。
まだお若いです。頑張って下さい!!
イメージ 4




















雄勝の阿部さんと杉本さんです。
お二人とも大変喜んで下さいました。

第21回被災地支援の協力者の皆さん、
どうもありがとうございました。
今回ご協力戴きました皆さんです。

歌津港地区の漁師さんへ 
お菓子 宮崎のコアさん メタルさん
お菓子 作業用のゴム手、目黒さん

志津川荒砥地区の漁師さんへ7気圧
ネットショップおやじ屋さん 岡田英賢さん natuirukaさん
松島悦子さん 野末敬史さん わいわい仲間さん くろうさぎさん
田島さん 中島恵子さん 浅地真由美さん 浅地泰裕さん 浅地裕太郎さん
浅地美奈さん 谷口松太郎さん 谷口スミ子さん 北山明美さん  
谷田部さやかさん 谷田部裕煌さん 谷田部紗奈さん 久保田英和さん
久保田ゆりこさん 久保田ゆうまさん 後藤杏里彩さん 照聖さん
後藤寺不動院信者一同さん

雄勝町小島地区の漁師さんへ3気圧
中島優さん 蕎麦処くりはらさん ハガコウイチさん
タガワモトヒコさん (株)サンコーソーイングさん 山口高徳さん
あさこさん

雄勝町小島地区の漁師さんへスカイタンク3台
目黒さん

トラックの軽油代 ko-todoさん
トラックの軽油代としてクオカード 目黒さん

取材撮影協力 NHKさん

企画運搬責任 佐藤隆司


 
5000文字を超えてしまったために
第20回被災地支援報告書 その2にさせて戴きました。

第20回被災地支援にご参加戴いた協力者さん
南三陸町志津川大森の漁師さんへ万丈篭(市場カゴ)購入 
古沢先生
気仙沼の復興豆腐屋さんへシラカシ仕入れ代金 
  Candyさん、佐藤隆司
河北町の皆さんに益子焼提供
  佐藤隆司
雄勝町の漁師さんへスカイタンク購入 
  スタリオンさん、菊地登美子さん、エンドウトシオさん
  阿部陽子さん、メタルスタークリエイトさん、マードレさん、
  みかんさん、みーこさん、三浦航さん、フジワラさん、
  佐藤隆司(宇都宮大学講師料+真岡ボーイスカウト講師料)
 (スカイタンクは2台で税込み163800円でした。上記の
  皆さんの協力金で163900円になりました。)
雄勝町の阿部さんに浮玉購入
  伊藤咲子さん、久慈さん、高橋朋子さん、高橋よしきさん、
  高橋ひかるさん、金子聡さん、金子和美さん、金子暖大さん、
  松本虎之助さん、いっちゃんさん、飯田美穂子さん
  太田三和子さん、原田真子さん、こうきさん、水俣詩さん、
  匿名さん、フジワラさん、浜端加代美さん、フジネミホさん
  三好広司さん

尚、その他にも照聖さんよりスカイタンクへの
ご協力金もお預かりしています。こちらは浮玉の次回用の浮玉に合わせて
清算させて戴き、雄勝3人目の漁師さんに使わせて戴きます。

次回の予定ですが、雄勝3人目の漁師さんにスカイタンクと浮玉
志津川荒砥の遠藤さんのところに7気圧浮玉と杉伐採を計画しております。
また、歌津の共同番屋も同時並行で協力金を募集しております。
最近は応援の範囲が広くなりたくさんの協力者さんの力が必要です。
今後ともお友達のご紹介など宜しくお願い申し上げます。






第20回被災地支援 
気仙沼へ薪、南三陸町志津川の漁師さんへ市場カゴ、河北町の皆さんに益子焼、雄勝町の漁師さんへスカイタンクのプレゼントです。

協力者の皆さん、いつもご支援ありがとうございます。
19日の月曜に提携先の製材屋さんに行き、シラカシの木っ端薪を
プレゼント用に仕入れてきました。これは気仙沼の被災を受けたお豆腐屋さんが、ついに復興をされてオープンをされたのですが
薪が足りないらしいのです。
これまで大工さんにもらった杉やヒノキの針葉樹を使ったらしいのですが、
針葉樹で安定した火力は難しく大豆を焦がしてしまったらしいのです。
やはり豆を煮るなら、広葉樹のクヌギやナラ、カシですね。
カシはとても固くて火持ちが良く安定した熾き日になるので、
料理に使われる訳ですね。シラカシは大工さんの手鉋(かんな)の台になる木です。
木を削る道具に使われる樹種ですから、当然固く密度があるので火持ちが良いわけですね。
ちなみに漁師さんたちが養殖に使う鎌みたいな手道具があるのですが、
それのメーカーは新潟の燕三条市にあるのですが、
その柄の部分を私の提携先の栃木のこの製材所が作っているのです。
だから震災で三陸から注文がなくなり、新潟が影響を受けて、栃木も駄目になってしまったので従業員の工員さんが一人減ってしまったそうです。
だからカシの原木が売れないということになり、樵も困るわけですね。
日本中がつながっているのですね。
カシ専門の製材所は日本にここだけになってしまいましたから
ここが廃業したら
本当に手道具文化が途絶えるとお寺や神社を作る宮大工さんも困ると思いますよ。
製材所専門の修理屋さんも看板を下げていってしまう訳ですから、
まさか1軒しかない製材所のために修理屋さんも継続できないでしょうしね
日本の寺社仏閣などの伝統建築文化も周辺産業の衰退と共になくなる運命なのでしょう。

どうも私の報告書は話が飛ぶのでお許しを。
中年の老眼無恥ヲッサンになると話がくどいんですよね。笑 
ということで、地元で手に入れることができるようになる間だけでも
カシ薪をプレゼントしてあげようと思いまして
19日の夕方に積み込みました。
そして一旦、モニョンゴロ村に帰宅後、いつものように出発間際に
浮玉にメッセージを書き込みました。今回は薪が積んでありますので、
あまり積み込むことができないので27個だけ積み込みました。
路面凍結の東北道に転がったら大変ですから、安全第一です。
でスイカさん経由で河北町に配って戴く、
なんでもこころ屋在庫の益子焼を積み込みました。
これで陶芸家さんたちと薪とやきものを交換して貯めてきた
陶器は全てなくなりました。たくさんありましたので、
スイカさんには仕事を増やしてしまい恐縮しておりますが、
すっきりとして晴れ晴れした気持ちになりました。

21時に出発、ひたすら東北道を走り、
途中で雪に遭いました。牡丹雪ではないのが幸いですが、かなり強めに吹雪き
嫌だなあ、、とは思いなら安全運転で北上しまして
仮眠しながら、朝日を右手に拝みながら、南三陸町を通過してさらに北上しました。
ところが、ここでアクシデント、朝の通勤時間って45号線が大渋滞なんですよ。
本吉町に入って役場近くの45号線ファミリーマートの手前で完全に動かなくなり20分、これでは、お豆腐屋さんに定刻に着くのは無理と判断して、一か八かで県道65号線の雪道の林道を走る事にしました。でも悩みましたねぇ、。なんせ地図で見ても途中が細くなったり、いろは坂のように
クネクネしているアイスバーンの林道にトラックですから。
でも結論からすればかなり時間短縮はできました。これは正解でしたね。

で、おもてさんのお豆腐屋さんに無事に到着して
おもてさんにお会いできました。
なんでも次の日に復活豆腐の撮影でNHKさんが来るとのことで
やはり気仙沼復興の象徴的なおもてさんは有名なんですね。

帰りにお土産にもらったお豆腐の美味い事。
本物のにがりを使い、しっかりとした存在感のあるお豆腐でした。
残念ながら今の所通販はやっていないようですが、
もしお近くの方は是非立ち寄ってみて下さい。
お店の目の前が仮設なのですぐに分かると思いますよ。

で、そのあと、急いで南下して河北町のブログ友のすいかさんの
所に向かいました。今回で3度目でお宅も知っているので、
今回は連絡をしないで向かいました。というのはすいかさんが
お土産とかご用意されてしまうので、突然の訪問にさせて戴き、
玄関脇に置かせて戴きました。被災者にお土産を用意して戴くのでは
何をしに行ったのでわかりません。笑

で、その後は急いで45号線を再び南下
石巻で市場カゴとスカイタンクを購入しました。
で、再び、三陸道を北上して南三陸町に入りました。
南三陸町の大森地区の漁師さんたちの調整役で
いつもお世話になっている久保田さんにお会いしまして、
無事に市場カゴをプレゼントすることができました。
今回は私の大学時代の恩師、古沢先生から10万円もの大金をお預かりしていましたので全額使わせて戴き、市場カゴを40個になりました。
これを久保田さんに頼んで11人の漁師さんに渡して戴きます。
漁師さんにとっては魚やワカメを入れるこのカゴがないと、
どうしようもないので、とても喜んでもらいました。
で、一応、一つのプロジェクトの進行毎に漁師さんと協力者さんを直接結びつけることを大事にしているので、久保田さんに房総の古沢先生へ電話でお話をして戴きました。これは私は物を提供してるだけでなく物の背景にある心を運んでいるからです。
古沢先生もとても喜んで下さり私としても嬉しい限りでした。
その後、久保田さんとお友達の漁師さんである高橋さんから
仮設でお話を聞くことができました。
被災地沿岸の地盤沈下は有名ですが、海の底も沈下していますので
今まで見えていた岩が沈んでしまい、船の走行が危ないのだそうです。
海も深くなった訳です。また、アワビが岩に貼り付いてホッとされた話などやはり聞かないと分からないことだらけです。

今までの浮玉分と今回の市場カゴを入れても
11人分ですと、お一人につき5万円の配分ですと
あと20万円は支援したいのですがと話をすると
やはり市場カゴが助かるということなので、引き続き大盛り地区は
市場カゴで協力者さんを募っていきたいと思います。

で、急に雪が降り出し、暗くなってきまして
慌ててお別れの挨拶後、雄勝に出発しました。
雄勝には海沿いを行き、大川小学校の前に来ました。
最近は本当によく大川小の周辺にくる事が多くて
子どもたちが樵のおじちゃんに会いたがっているんだと思うと
胸が一杯になります。薄暗くなった校舎に向かい、
ポンポン人形をおばあちゃんに人数分を作ってもらい
持ってきてあげるから、今は勘弁な。
また、すぐに来るからね。と挨拶をしてきました。

雄勝に到着すると、歌津や志津川のように
激甚災害というより、何もない状況になっていました。
元々、過疎地で石巻や気仙沼のような都市部でもないので
ひっそりというより誰もいないような感じでした。
それでも進んでいくと元役場の前にプレハブの4軒位つらなっている
商店街ができていてそこだけが青い電飾が奇麗でとてもホッとしました。
都会で見る過剰な電飾は、電気がもったいなあ、とも思うのですが、
こういう場所の電飾は本当に心が和みます。

で、ここでご用のためお留守のため阿部さんの奥様と待ち合わせさせて戴きました。合流してご挨拶後、早速、元のお宅に向かいました。
当時の事を拝聴すると、津波避難時に、お隣に住んでいた足の弱い
方を担いで、近くの神社の階段を駆け上がったのだそうです。
残念ながらすっかり日が沈んでしまい、神社は階段しか見られませんでしたが、それでもかなりの急斜面です。
集落の皆さんで、そこから流されていくご自宅や船を見つめていたそうです。
こんな無名のヒーローが本当に存在してして、
そんな人たちがなんとか生活を再建しようとして
懸命に努力をしているんですよ。
私たちは一緒になって支え合おうではありませんか。

雪がちらつく夕闇の中、クレーンで
スカイタンクを2台降ろして、
3気圧の浮玉もプレゼントしてきました。
浮玉も足りなかったので喜んで戴きました。
また、今後の支援について打ち合わせをさせて戴いたのですが、
残りの漁師さん5人の内、3人分をスカイタンクならありがたいということなので、スカイタンクは78000円なので
お一人に付き5万円以上になってしまうのですが、
現状では漁師さんたちが迅速且つ効率よく作業ができることが
一番重要なので承諾しました。
という訳で、復興過程でいろいろと支援のケースが
臨機応変に変わって行きますので、どうぞご了承下さい。

また近いうちに
今度はご主人さんの阿部さんがいらっしゃるときに
来ますとご挨拶をして出発しました。
最初に来た道を間違えてしまい、山奥の森林公園なんて
看板を見て慌てて引き返しました。初めてした雄勝で街が跡地だけなので
カーナビがない私のトラックは目印が分からないので、
道を間違えやすいのです。
結局、再び大川小まで戻り、河北町経由で三陸道に入りました。
途中で眠くて二本松で仮眠して早朝四時に無事に到着しました。
今回もご協力戴いた皆さん、どうもありがとうございました。
漁師さん支援はまだまだ続きますので、
また、お友達のご紹介をよろしくお願い致します。
イメージ 1

















シラカシ薪と浮玉を満載です。白河の幸楽苑で中華そばで夜食後、
東北道に入ります。
イメージ 6



















アイスバーンをひた走りです。皆さん、待っていて下さいよ〜

イメージ 7



















何もなくなってしまった街、でも立ち上がろうとしている人たちがいます。
イメージ 8



















国道45号線は大渋滞で全然動かないので一か八かの雪道の峠越えで
気仙沼を向かいます。
イメージ 9



















気仙沼の復興豆腐のおもてさんのお店に到着です。
クレーンの向こうには分かりにくいですが、流れ着いた船が横たわっています。
イメージ 10



















おもてさんです。私よりも一回りも若いのですが、豆腐も油揚げも絶品でした。
騙されたと思っておもてさんのものを一度食べてみて下さい。
スーパーに売っている油揚は焼くと、段ボールみたいに味気なくなるのがありますが、
おもてさんの油揚げを焼いて醤油をちょっと垂らして食べると、、たまりません。
イメージ 11



















石巻でスカイタンク2台と市場カゴと7気圧の浮玉を購入しました。
どう見ても樵というより漁網店の営業車ですね。笑
全国の協力者の皆さんの漁師さんへの想いが詰まったトラックで、
再び北上して南三陸町に向かいます。
イメージ 2



















南三陸町の久保田さんと高橋さんに
仮設で引き渡しです。全部で40個の市場カゴです。
これで船から降ろしたりするんですね。カゴが早くワカメで一杯になり
漁師さんたちにホッとしてもらいたいです。
漁師のお父さんやおじいちゃんが早く稼がないと
家族や地域社会も参ってしまいます。
久保田さんにはこのあと、大森の漁師さんたちに配ってもらいます。
久保田さん、いつも調整役ありがとうございます。
イメージ 3



















雄勝に着いた時には暗くなってしまいましたが
阿部さんの奥様に道案内していただいて
元の家まで来ました。
今回の浮玉は、偶然にも葉山の協力者さんたちのもが中心でした。
拾ったものや買った中古でなんとか間に合わせて
だましだまし養殖を再開したとのことなので
新品の浮玉にも大変喜んで戴きました。
イメージ 4



















スカイタンクを2台降ろしました。
協力者のみなさん、ありがとうございました。
イメージ 5



















仮設で急作りの商店街ですが、
雄勝で唯一?の華やかさです。
どんどん後方援軍投入しますから、頑張りましょう!雄勝町の人たち!

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