空とぶモニョンゴロ村・被災地支援活動

いつまでも生きられると錯覚するのが、諸悪の根源です。未来そのものであるチビッコたちのために良き踏み台になりましょう!

漁師さん応援浮玉プロジェクト報告

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第17回被災地支援支援 漁師さん応援浮玉プロジェクト報告書

前回の報告書です。なかなか時間がとれず報告が遅れて申し訳ありません。
この後、数時間後に再び、宮城県に薪を届けに行って参ります。
ちなみに津波被災者の方には樫の木っ端薪は無料でプレゼントさせていただいております。
津波被災地でない東北三県の内陸部の方は、運搬に伴うトラックの軽油代は
無料にさせて戴いております。内陸部の方も遠慮なくお申し付け下さい。
大体、後4人分は東北での薪ボランテイアを考えています。

さて、話を浮玉報告に戻しますと、
21日19時に出発、途中、二本松付近で眠くて撃沈仮眠後、
ひたすら走り22日7;30に志津川の大森地区の漁港に到着しました。
前回同様、大森地区の漁師さんたちのまとめ役の
久保田さんと待ち合わせ後、無事に3人分の浮玉を届ける事ができました。
その後、志津川中の仮設に伺い、久保田さんのご紹介で毛糸人形について
地区長さんとお話させて戴きました。ご挨拶後、早速、毛糸こけしを
ご覧戴きました。もちろん、とても肯定的なお返事を頂戴したのですが、
まずは、あまり売る事は考えなくて、おばあちゃんたちを中心に編み物を
したい人のための講座が良いでしょう、とのアドバイスを頂戴しました。
至極当然で、冷静に考えれば、被災者=お金に困っている、という図式は
とても失礼な考え方です。もちろん、多くの被災者の方々は大変な経済状況の中にいらっしゃいますが、その前に私たちと同じ一般の人たちなのです。
私たち支援者というものはともかく、支援しているという高飛車な目線で
物事を考えがちです。
何か支援物質を運び、喜ばれているという思い上がった考え方が
無意識に増長されがちです。私はアドバイスを頂戴したときに
ハッとしました。私は東北以外でもアフリカなどの支援もしているのですが
アフリカに日本の放置自転車を贈ると、現地のインドから部材を輸入して
細々と自転車を組み上げている零細企業を潰してしまったりします。
また、古着を贈りつけてしまうお、本来、一番の稼ぎ頭であり女性の手数が必要な繊維産業を潰してしまうこともあるのです。
また、燃料が薪しかない農村地域では、薪の節約のため、
伝統的かまどよりも、改良かまどを普及させている訳ですが、効率は良くとも、煙が部屋に充満できないため、マラリア蚊を防除できなくなったりもするそうです。
先進国の助けてやろう!という高飛車な目線で私たちはアフリカ支援も考えてしまう訳ですが,東北支援でも、そんなことを考えてしまう訳ですね。

と言う訳で、
区長さん、久保田さんとは、
いきなり販売は考えず、仮設のおばあちゃんを中心に
娯楽として参加して戴こうという話になりました。
そして、その同好会のような集まりの中で、いろいろと作っているうちに
自信がついて売りたいという話が出たら、また支援をしていく方向にしたいと思います。
12月の10日以内に行きたいと考えています。
それまでに中古の毛糸をお送り下さい。
なお、毛糸は最終的に何を作るのかが決まっていませんので
中細でなくとも結構です。お預かりしたものはみんな届けてきますので。

区長さんとご挨拶後、久保田さんの仮設住宅にお邪魔しました。
私は秋までの仮設しか知らなかったので、窓の結露の酷さにびっくりしました。
日本は災害多発国です。これは避けようがない事実であります。
だからこそ、スチール製のプレハブよりも、空気中の湿度を調整してくれ防音効果の高い生きた国産材を多用した角ログなどの
仮設簡易住宅を大量にストックしておくべきです。
どう考えても建設現場の作業員休憩所に水回りを付けたような
仮設ハウスでは限界があります。まして、心が休まれるのでしょうか。
鉄筋コンクリートからの木材の校舎に建て替えると
子どもたちのイジメやイライラが激減するそうです。
そして、木材の搬出、製材、加工、組み立ては
ローカル産業でも参加しやすく、地域経済の活性化にも役に立ちます。
偶然、この記事を読まれた議員先生は真剣に考えて戴きたいです。

どうも話が脱線しがちです。
久保田さんには様々なお話を頂戴しました。
また、私の方から、来年の漁師さん応援浮玉祭りの開催についての
時期や宿泊所のアドバイスも頂戴しました。
なるべく地元の被災した小さな民宿などを利用を考えています。
時期については4月が良いでしょうとのことです。
4月なら新ワカメのシャブシャブなども食べられて
協力者さんたちも感無量ではないでしょうか。
浮玉祭りにご参加希望の協力者さんの数によっては
計画も変更がでてきますので、予め参加希望者はご連絡下さい。
漁師さんたちとの交流会は港で行い、乗船、浮玉見学もできるそうですぞ!皆さん!

その後、久保田さんとご挨拶後、
歌津のかつきさんの所に行きました。
12月の4日に、千葉県の館山市で浮玉協力者さんの募集をするので、
その会場で子どもたちの絵画を飾りたいと思い、回収に向かったのですが、
現在は鎌田さんの番屋ではなくて、仮設の集会場に飾っているとのことでした。
もちろん、仮設の人たちが最優先ですからそのままにしてもらいました。
で、前回の残り、黒8寸4個が残っていましたので引き渡してきました。
ちょうど、その時に歌津の千葉区長さんとすれ違い、
共同の地区の番屋建設の件についてどうなったか尋ねてみました。
結論からすると、どこかのNPO?もヤマト財団も駄目だったそうです。
そうは言っても住む所も、仮設が中心の漁師さんたちに、
共同番屋の建築資金が出せる程余裕がありません。
もう私も限界だとは思いながらも、ここで再び絶望させるのは酷なので、
スタリオンさん基金の残金5万円とsyoueiさんの軽油代カンパ金の1万円、+
私が4万で、第1期工事で合計10万円でやれるところまでやろうと思い、
現在、製材屋さんに材木の見積もりとってもらっています。被災地支援
なんだし、製材屋さんにはせめて半額位にはしてもらいたいです。
という訳ですので、スタリオンさん、shoueiさん、番屋建築いかがでしょうか?
もちろん、他の協力者さんも1000円で柱一本でも嬉しいのでご参加下さい。ちなみに番屋が出来上がったときには、寄進者?としてお名前が板に
残りますぞ!自分の柱はこれだ!という感じですね。
で、千葉さん、かつきさんとお別れしました。

今度は荒砥地区の遠藤さんの所で荒砥4人目の高橋さんへ浮き球を
搬入しました。高橋さんもお若い方で荒砥は他の地域よりも若い漁師さんが多いですね。
また、7気圧のホタテ用のものを置いてきました。
本当に若い人たちには頑張ってもらいたいです。
おっさんの私も若い人たちのためにさらに良き踏み台にならねばと思いました。
遠藤さんは遠藤さんで納屋が流れてしまい、その材料を作るために
また、隣の家に枝が掛かっているために、ボランテイア(マックで小さなイはどうやって出すのでしょうか)で伐木をしなければなりません。
こちらも12月の10日までにはやりたいと話をしてきました。
打ち合わせ後、ご挨拶して荒砥から出発しました。

そして次は河北町のすいかさんに伺いました。
すいかさんの所にはこれで2回目の益子焼の搬入です。
すいかさんには、いつも河北町の人たちへの配布をお願いしています。
河北町の人たちが、こんなことで少しでも
元気になってもらえれば嬉しいです。
また、すいかさんには沢山の毛糸を頂戴しました。
どうもありがとうございました。
この毛糸は河北町から南三陸町に行きます。
え、隣じゃねーかって?笑
すいかさん、河北町の皆さん!第3段行きますからね!
楽しみに待っていて下さいよ、。

で、河北町を後にして
石巻の北村さんで再び20万円分の浮玉を仕入れました。
次回は大森地区お二人と荒砥お二人の予定です。
こちらも至急メッセージ書きをしたいと思います。

また、今後の予定ですが、12月4日(日)
は千葉県の館山市で浮玉協力者さんを募りますので、
もし、房総半島の方がいらしたら是非よろしくお願い致します。

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大森地区、高橋さん、佐藤さん、久保田さんです。
これで大森地区は5人目になりました。

なお、荒砥の4人目の高橋の写真は私のミスで
携帯に保存されていませんでした。申し訳ありませんでした。
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津波で流されてしまった番屋の跡地です。
今度、ここにメタルさんや皆さんのご協力で
とうとう番屋ができます。他のNPOやヤマト財団に断られていたので
地区長さんの千葉さんも大喜びでした。
来年4月の浮玉祭には是非ここにも皆さんをご案内したいです。

第17回被災地支援 漁師さん応援浮玉プロジェクト
大森地区の漁師さん、
高橋さん、佐藤さん、久保田さん、
荒砥地区の漁師さん
高橋さん

浮玉支援の協力者さん
照井さん、メタルスタークリエイトさん、今田さん、阿部義昭さん、
阿部美恵子さん、阿部ヒロムさん、船野さん、フジワラさん、
市貝中334クラブさん、(有)イソノさん、コルサさん
九鬼巌さん、ホワイトナイツさん、遠藤千代子さん
赤羽時男さん、桜井茂雄さん、スタリオンさん
勝呂隆男さん、横浜K.Oさん、もみじさん、後藤文恵さん
ニコニコマークさん、中村敬子さん、友子さん
隆史さん、里沙さん、由美さん、すがのぶひろさん、桂さん、
美保さん、中村恵子さん、久子さん、氷室さん、丸ゆさん
丸れさん、丸けさん、丸かさん、92226さん

大森地区調整役 久保田さん
荒砥地区調整役 遠藤さん

転送転載ボランテイア
パンチさん、マードレさん、他の皆さん

搬入責任 佐藤隆司










第16回被災地支援報告記事の続きです。
 
大森地区の漁師さんたちと次回の打ち合わせをしまして、
ご挨拶の後、歌津の港地区に向かいました。港地区は大森地区からですと
車で10分位なものですぐです。その間には平磯、荒砥地区もあります。
今回で歌津の港地区は14人目の及川さんで最後の浮玉配布になりました。
ちょっと早く到着後、鎌田さんの息子さんが個人の番屋を
開けて下さいまして、子ども達の絵画の展示の準備をしました。
鎌田さんの息子さんも手伝って下さいまして、
コンパネに子ども達の力作を付けていきました。
とても上手なのは皆さんもご存知のことと思いますが、
蒲田Jrさんも関心されていました。
後で、じーちゃん漁師さんたちが海から帰ってきて
番屋美術館に入ったら、きっと一人涙ぐむだろうと
密かに感動爆弾を仕掛けました。笑
 
そうしているうちに
阿部力さんご夫婦がお見えになりました。
力さんは一番最初の浮玉配布の漁師さんであり、
息子さんのかつきさん共々本当にお世話になりました。
この方との出会いがなかったら
浮玉プロジェクトもなかったかもしれませんね。
ご挨拶後、最初の展示場入館者になりました。
やはり力作に驚かれていました。
奥様も一枚欲しい!とご希望でしたが、まだまだ展示するから駄目!と
私も譲りませんでした!笑 力作ばかりなので本当に
私ですら欲しい位なんですから。
 
そうこうしている内に、かつきさんも来られ、
番屋の後で、仮設の集会所でも展示会をやりたいとのことでしたので
是非、お願いしたいと話をしておきました。
思えば歌津も半年も通いました。
浮玉は港地区では終了となりますが、これからも度々顔を出して
お節介はしていきたいと思いました。
感無量で、皆さんにご挨拶後、
港地区の入り江を後にしました。
来年の初夏には漁師さんたちと全国の協力者さんたちに
一同に集まって戴き、浮玉プロジェクト復活祭をこの地でやろうと
決意しました。
これまで歌津地区をご協力戴いた皆様にも本当に感謝しました。
皆さん、本当にどうもありがとうございました。
 
そしてトラックは次の目的地に向かいます。
次は石巻の手前、河北町です。
この町にはブロ友のすいかさんがお住まいなのですが、
すいかさんも被災を受けられた方なのです。
また、この地は大橋小にも近くいつも心に引っかかっていたのでした。
今回は本来は福島応援用だったのですが、
応募者さんも集まらなかったので、県別にはこだわらず
益子焼のプレゼント配布をすいかさんに行ってもらおうと
河北町に来たのでした。
すいかさんもとても喜んで下さり、第一号でお姉さんに配られたそうです。
詳しくはすいかさんのブログを参照下さい。
次回、志津川に行くときに、再び益子焼を持っていきたいと考えています。
益子焼は大部分は私が薪と交換したものなのですが、
陶芸作家さんの設楽さんは、そういうことならと
多めにご提供下さったのです。益子も地震で多くの窯が壊れて大変なのですが、
ありがたいことであります。
小さなことではありますが、こんなことがきっかけに
河北町の人たちが少しでも元気になってくれれば
こんなに嬉しいことはありません。
すいかさんにご挨拶後、石巻に出発しました。
 
今回は石巻で4人分を購入致しました。
内訳は大森のお三方と荒砥のお一人です。
長い道のりではありますが、急がないといけません。
寒い冬に向けて、少しでも漁師さんたちの心に
小さな灯を点けて行きたいです。
私も全速力で動きますので、是非ともご支援の程よろしくお願い致します。
 
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阿部さんご夫婦と及川さんご家族です。
阿部力さんにはとてもお世話になりました。
本当にありがとうございました。
 
第16回漁師さん応援浮玉プロジェクト
 
・・・・・・浮玉協力者の皆さん
美里学園祭にご参加の皆さん、ホワイトナイツさん、フジワラさん、
PIKOさん、ひよこさん、新井満さん、ゆずあきこさん、
きえこさん、かなえさん、十彩緑の会さん、
(有)いそのさん、濱崎史郎さん、小林明香さん、
渡邊敏代さん、陽代さん、久保田ナリ子さん、中村逸子さん、
岡部文子さん、阿部陽子さん、やまいしさん、
平澤絵理子さん、平澤哲也さん、平澤るいさん、
ひらさわゆうさん、B&Pcraftさん
(順不同)
 
河北町陶器プレゼント
佐藤隆司 設楽洋子さん
 
運搬・責任 佐藤隆司
 
 
 
 
第16回被災地支援 17人目、18人目、19人目の漁師さんへの浮玉配布と
全国の子どもたちによる漁師さん応援絵画の展示、また、ブロ友のすいかさんに委託しての
益子焼の配布活動のご報告です。

ご協力者の皆さん、いつもありがとうございます。
先ほど無事に帰宅しました。
昨日は出発のぎりぎりまでメッセージを書き、
その後、急いで益子焼を新聞紙で包み、
22時に出発、あまり仮眠もできず、今回の往路は睡眠不足のつらい行程ではありましたが、
6;30に志津川の大森地区に到着しました。
大森地区は今回が初めてです。
今回は大森地区の久保田さんという漁師さんがNHKさんの番組を見てくださり、
浮玉の要請を直接戴き配布実現に至りました。NHKの番組は本当に役に立って助かりました。
到着すると久保田さんは、漁港でたき火を用意してくださり、二人で
暖をとりながら他の漁師さんたちの帰りを待たせて戴きました。
その間には貴重な現場のお話も拝聴できましたので、
おいおい記事にしていきたいと思います。

今回の大森地区は
中心の久保田さんを含んで
合計12名の漁師さんからの要請になりました。
内訳は
1久保田さん、2高橋さん、3佐藤さん、4久保田さん、5高橋さん、
6小野さん、7佐々木さん、8佐々木さん、9阿部さん、10阿部さん、
11阿部さん、12佐藤さんの順になりました。
大森地区は全員の方が尺玉の3気圧がご希望です。
今回は先の記事の通りのご協力者さんのおかげで
久保田さんと高橋さんにお届けできました。
お二方ともとても喜んで下さりました。
メッセージも涙がでるねえっとおっしゃって下さり、
やっぱりメッセージの重要性を再認識した次第です。
これから再び長い支援になりますので、
ご協力者の皆さんにも、またご支援の程お願い申し上げます。

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大森地区の漁師さんたちです。
ここの漁師さんたちも大変な状況にあるにもかかわらず、
久保田さんをはじめ優しい方達でした。
なんとかして、頑張っている漁師さんたちを応援していきたいです。

港地区の記事は明日にアップしますね。
昨夜は徹夜運転に近いので限界です。
みなさん、お休みなさい。
 第15回被災地支援の報告書 その2
今回の荒砥3人目の高橋さんのものです。
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東京の三浦さんの予算の半分は
すでに原町聖愛保育園の子ども達のミカンに
使わせて戴きました。ありがとうございました。 
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 なお、今回の内20個分は、写真はご希望でないので
ブログではアップしません。九州の匿名さんです。
  
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遠藤さんご夫妻はマスコミの写真にお疲れだと思い
写真は小さくさせて戴きました。
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石巻の被災者Aさんには、薪をプレゼントです。
暖かくなってもらえれば、とても嬉しいです。
 
今回のご協力者さんです。
浮玉のご提供
カトウトシキさん、
ホワイトナイツさん@東京
増田さん、
PIKOさん@大阪
ひよこ@大阪
フジワラ@大阪
三浦さん@東京
ゆかりさん@東京
馬場さん@大分
妹尾さん@東京
美里学園祭のお客様
 
薪提供 
佐藤隆司
 
配達軽油代 
佐藤隆司
 
転送転載ボランティア
パンチさん、madreさんはじめ多くの皆さん
 
責任
佐藤隆司
 
 
 
 
第15回被災地支援 南三陸町志津川荒砥地区と石巻市北上
漁師さん応援浮玉プロジェクトと被災者さんへ薪プレゼントのご報告です。
 
28日は出発の準備のため、シラカシの端材を提携先の製材所に行って、
引き取ってきて、その後急いで帰宅して、山盛りにアトランダムに載っている荷台をある程度平に均しました
なぜなら、こうしないと浮玉が落ちてしまうからです。
浮玉が東北自動車道で落下して大事故になったら大変です。
今回は黒8寸61個を、荒砥のワカメ漁師さんの高橋さんへお届けです。
 
で、問題は、いつものように
積み込む寸前に、大慌てでメッセージを書き込みます。
子どもの頃の夏休みの宿題、大人になってからの確定申告、浮玉のメッセージといつも私の人生、ケツカッチンで後手後手進歩せずです。
で、なんとか一人でバタバタとご入金戴いたお名前とパソコンのコメントを照らし合わせ、
黒の浮玉に白いマジックで書き込みます。ペンキに比べ早いこと、早いこと。笑
また、洗う必要もないですしね。
 
 
夕方、寒くなってきた頃に全ての準備が完了!
いざ、出発だ!とテンションメーターが上がってきたら
突然、単車の音が、、250ccのオフロードでmotojiさんの来村です。
モトジさんっていうくらいだからモトグッジかと思いきや世界のホンダでした。
モトジさんは律儀に借りていたたった1個の浮玉を届けに
支援先のいわきから帰宅途中に迂回して来てくれたのでした。
しかし恐るべし体力です。なんせ半日で川越から上越の糸魚川まで
チャリンコで走ってしまう人ですから、、。チャリンコですよ。
私などはトラックでも疲れてしまうのに。
マジでエイトマンみたいですね。
話が飛びました。
前回の時は、いざ、出発!という時にメタさんの乱入があって
どうも邪魔されます。次回は誰がやってくるのでしょうか。笑
 
で、いつものように爆走、仮眠をチョコチョコしながら
ひたすら爆走、今回は7時に荒砥の遠藤さんの所で待ち合わせなのですが、
朝6時半に到着、ちょっと待っていようと思いきや、
前回同様、未希さんのお母さんが出て来られ、
二人で浮玉を運んでいたら、お父さんが出てこられ、
ついにお会いすることができました。
お父さんである遠藤さんとはこれまでも何度も電話にて打ち合わせてをしていて
お声は存じ上げていましたが、お姿を見るのは初めてだったからです。
 
本日は肝心の3人目の高橋さんが用事のため引渡しができないために
遠藤さんご夫妻にお渡しということで、
2人目の高橋さんと遠藤さんご夫妻で引渡し写真をぱちり。
その後、ご自宅で今後の打ち合わせをさせて戴きました。
遠藤さんのご自宅も2階まで浸水したのですが、現在は2階はかろうじて
住めるようになっています。1階部分は天井もなく
全面的に補修工事をされていました。
天井板は私が今度伐採する裏山の杉を搬出して
製材することになるかもしれません。
その時は、ボランティアさんを募集するかもしれませんので
よろしくお願いします。伐木は伐旬の12月と話し合ってきました。
 
その後、ご仏壇の未希さんに焼香させて戴きました。
ご遺影の未希さんの優しいそうなお顔でまた涙が出そうなりました。
お父さん、お母さん、この地域の漁師さんたちを
全力で応援しますよ、とお祈りさせて戴きました。
 
遠藤さんのお宅からは隣近所のお宅が流されてしまったため、
海が見えるようになったのことでした。
また、浮玉がないそのままの海を見るのは初めてだそうです。
この辺りは日本有数の養殖場でしたから、それこそ
見渡す限りの浮玉があったはずですから、
こんな何もない海っていうものが、かえって違和感があるのでしょうね。
早く昔のように活気の在る賑やかな海に戻ることを切に願うだけでなく、
こんなに小さな活動ではありますが、さらにスピードを上げて
応援していかなければならないだろうと感じました。
 
次回は、4人目の高橋さん用のものは
ホタテ用の尺2寸の7気圧を運ぶことになりました。
再び、お母さんにオニギリを戴いて恐縮しました。
皆さんにご挨拶して志津川を後にしました。
 
本日の次の目的地である石巻に向かいます。
石巻と言っても合併する前は北上町と言ったらしい地区に住む
Aさんという津波の被災者さんのお宅に薪をプレゼントに伺うのです。
398号線で海沿いを走りますが、戸倉方面を経由するのは実は初めてなのです。
いつも石巻は三陸道を使っていたのですが、
398のが早いような気もしますね。
通過するこの辺りの小さな漁村集落も酷いものです。
浮玉がたくさん集められていたのを見ると、やはり養殖をやっている人が
多いのでしょう。なんとかしてあげたいものです。
 
Aさんのお宅は、本当に北上川の河口近くにありました。
そして何より驚いたのは311大震災の最大の悲劇、大橋小学校がすぐ目の前だということです。
大橋小学校の子ども達の件は、私にとっても一番悲しく辛く切ない事件です。
多くの人にとっても、なぜ低い方に子ども達を誘導したのか?これは人災だと思うかもしれませんが、
当事者の先生たちも亡くなっていますから、本当にやりきれません。
そしてまだ行方不明の子どもたちがいらっしゃるという事実です。
普段から子ども至上主義論者の私にとっても、
また、被災地での現場復興支援の具現化のために動いている
立場としても八方塞がりの一番辛い場所です。
子ども達のために避けては通れませんが、
じゃ、何ができるんだ!という自問自答の繰り返しの場所です。
でも、こんな近くからご依頼がくるということは、何か子ども達のために
働かなくてはならないという示唆があるのでしょう。
 
Aさんに挨拶をして、薪をプレゼントした後、
お話を伺うと、
やはり、思っていたよりも津波が大きくて逃げるのに精一杯だったそうです。
海水に浸かった車は、買うよりは安いだろうということで
修理工場に持って行ったが、だめで廃車になったそうです。
ただし、母屋のログハウスはそっくり残っていて、
周りの風景から、むしろ違和感がありました。
ポスト&ビーム式のお宅でしたが、ログハウスっていうのは丈夫なんですね。
壁の漆喰はご自分たちで塗りなおしたそうです。
また、副業でシジミ漁をされていたそうですが、船が流されてしまったそうです。
海の漁師さんも大変ですが、川の漁師さんも大変です。
お歳が私と一緒ということで同級生でした。
どうですか?最近目は?と伺うと
やはりここ2〜3年、急に老眼が進んだとのことです。
私も最近、眼鏡を作り変えたので人事ではありませんね。
何か自分の分身のようなAさん、
ご同輩としてこの地域の支えとなって頑張って欲しいですが、
なんせ長丁場ですから、身体だけはご自愛戴きたいです。
この場所は河口で風は抜けて寒いことでしょうから、
また、薪を持って行ってあげたいと思いました。
そしてお別れのご挨拶後、出発しました。
 
栃木に帰る途中、石巻の魚網店さんで、予約していた歌津港地区の最後の及川さんの分を
仕入れてきました。これは7気圧の尺玉で高価なので数はめっきり減ります。
また、大森の尺オレンジ3気圧と荒砥の4人目の高橋さんの分を
予約しました。高橋さんの分も7気圧の尺2寸の上下ですから
ホタテ用なのでしょう。大森の漁師さんのお名前はまだ伺っていないので
本日、久保田さんに電話確認してみます。
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製材所で石巻のAさんにプレゼントする薪を
載せていきます。
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深夜にひたすら走ります。
薪と浮玉の混載した怪しげトラックです。
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南三陸町の志津川の朝日です。
到着です。
 
第15回報告書その2に続きます。

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