空とぶモニョンゴロ村・被災地支援活動

いつまでも生きられると錯覚するのが、諸悪の根源です。未来そのものであるチビッコたちのために良き踏み台になりましょう!

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南相馬市の原町の聖愛保育園の園長先生から
前回の果物のお礼のご連絡を戴きました。
お話の中で、子どもたちのご家庭にも、
チビッコ未来発電所用に古新聞を集めてもらえるとのことです。
次回、南相馬時に回収したらというお話を頂戴しました。
ありがたいことですね。
本来なら売電収益で支援しなければならないのですが、
福島の幼稚園から回収したものは、発電所建設準備金に積み立てせずにすぐに直接支援金にさせて戴き、
再び、良質な果物の購入にさせて戴こうと思います。



一人息子のチャツネとのお別れ後、
毎日が悲しくて、何かというと、涙がポロポロと出て、
自分としても心の整理がなかなかできなかったのですが、
仕事もしない訳にはいかず、今日も暑い中、
チェンソー持って仕事をしていました。
どんどん遅れてしまった仕事をこなし、
夜は夜で、トラックドライバーです。
これから秦野に行って、帰りに
東京でボランティアで資源ゴミを戴いてきます。
とにかくがむしゃらに働いたり、ボランティアしたり、
前向きに動いて、チャツネのおとーたんとして
一生懸命に生きなければなりませんから。

イメージ 1
2013/4/20に福岡県春日市天神山付近でいなくなりました。もうすぐ1ヶ月経ちます。毎日探していますが見つかりません。見かけたらご連絡お願いします
また、多くの方に見てもらいたいので転載お願いします。

転載元転載元: 猫を探しています。

5月12日の深夜、チャツネが息を引き取り小さなお星さまになりました。
19歳と1ヶ月の生涯でした。
思えば、19年前に私たち夫婦の養子になり
本当の息子のように育ててきました。
小さな頃は本当にやんちゃな活発な子で
夜中でもご飯が欲しいと、カテーンレールによじ上り、
寝ている私の上に飛び降りて叩き起こしたりと、
いたずら、やんちゃ坊を発揮していました。
青年期は狩りの名手で、ネズミはもちろん、山鳩や
大きなへびまでお土産に持ってきて
みんなを呆れさせました。
歳をとって、おじいちゃんになってからは
ひなたぼっこの好きな静かな余生でした。
夜に枕元のチャツネの背中に顔を埋めると、
フワフワの毛の中からのお日様の香りがしてきました。
良く干した布団のような、日なたの香りです。
おてんとう様を家来に歩いてるんだから、
チャ坊主は偉い子だなあ、。と褒めると目を細めていました。
思えば、本当に沢山の呼び名も持っていました。
普段はチャツネですが、坊ちゃん、コトラチャン、
ふわふわ坊、良い子、しっぽちゃん、、。
チャツネの自慢は長い長いシッポだったと思います。
とても表情豊なシッポでした。
本当に最後まで呼びかけると
シッポの先端がかすかに動いてくれました。
ここのところ、甲状腺の病気のため一週間ほど入院していましたが、
歳もとっていてあまり回復もできないようでしたので、
最後を看取るために大好きな家に帰ってきました。
徐々に食事はもちろん、水もとれなくなっていき、
横臥状態で針のない注射のようなもので、歯の隙間から水を飲ませていましたが、
トイレだけは最後の最後まで自立して、
なんとかよたよたと歩き出して、自分のトイレまで行っていました。
布団でのお漏らしはたった1回だけ、亡くなる直前に動けずにしただけです。
本当に見事な自立した最後でした。
最後は眠るように深夜0;50分に静かに逝きました。

生前、モニョン村でチャツネを可愛がってくれた皆さん、
本当にどうもありがとうございました。
シャイな子でしたので、お星様になっても
とても目立たない小さな星のような気がします。
もし、チャツネに会いたかったら
シャイで小さな可愛い星を見つけて挨拶してくださいね、。












第59回被災地支援報告
             平成25年5月10日

今回は久しぶりに南相馬市に向かいました。
最近は福島市が多くて、なかなか行けなかったのですが、
ようやく伺うことができました。
福島はずっと晴天で暑い位の陽気でしたが、飯館村の峠はさすがに
まだ桜が咲いていて驚きました。標高が高いのでしょうね。
あちこちの山に桜が咲いていましたが、住民が住んでいないのですから
悲しい風景です。峠を抜けて、南相馬市に入って、
最初によつば保育園近くの小泉青果店さんに向かいました。
街で頑張っている小さな商店も応援しなければなりません。
ここで、よつば保育園さん、北町保育園さん、聖愛保育園さん用に
柑橘類とメロンを購入しまして、ついでにダンボールももらいました。笑。また、今回、園で使ってみたいとのことでよつば保育園のよしゆき先生にカシの積み木も試しに3箱持っていきました。
あごひげがトレードマークのよしゆき先生もお元気そうで何よりでした。
先生にカシの積み木を見て戴いたところ、喜んでもらえましたので、
また、追加で搬入したいと思います。子ども達が積み上げてタワーを作ったらフェイスブックに載せてくれるとのことですから、
楽しみにしていましょう!
また、皆さんからのご支援の柑橘も、とても喜んで戴きました。
今回はメロンも持っていきましたので、
「お〜メロンだ!」と喜んで戴きました。
地道な支援ですが、子ども達が日常の生活の中で、油菓子ではない天然の
おやつでビタミンやミネラルを摂ってもらえれば嬉しいことです。
それから、よしゆき先生たち、南相馬の幼児教育関係者の皆さんが
中心となって以前上越から砂を運んだ電波塔跡地の公園にじゃぶじゃぶ池という幼児用プールを作るそうです。本来なら豊かな海や川に恵まれていた南相馬ですが、嘆いていても仕方がありません。子ども達の健康な発育のためには線量の低い公園のプールで思う存分身体を動かしてもらうのは良いことですね。現在、建設寄付を募っているとのことで、うちとしても福島市のそらまめさんの水道工事が終わり次第、支援したいと思います。モ村の目標としては10万円ですが、皆さんからのご寄付金が足りない場合は、チビッコ未来発電所の準備積み立て金から出金させて戴くことになろうかと思いますので、益々、資源ゴミの提供者さんも探さないとなりません。
よしゆき先生にお別れした後で、北町保育園の園長先生と聖愛保育園の事務長先生に、デコポンとメロンを託して南相馬を後にしました。3カ所とも次回伺う時にシラカシの積み木を持って行く事になりました。

今回から、活動報告書の協力者さんのご紹介の仕方を変えました。
モニョンゴロ村の被災地支援活動が広範囲に並行して行われるために
浮き球やカニさん砂場のように購入時に毎回清算する方法から
毎月のご寄付合算の中から、様々なプロジェクトに使用させて戴くスタイルにさせて戴きました。通常の団体のように毎月ごとに清算させて戴き、ご寄付の協力者のお名前も安全上ネットではなくて、広報紙の空とぶモニョンゴロ村新聞に掲載させて戴くことにしました。尚、直接支援のご寄付下さる見皆様と資源ゴミご提供の皆様も便宜上、協力会員という名称にさせて戴きます。

尚、モニョン村新聞については、
100部を郵送やクロネコメール便で会員さんに送っても
封筒やコピー代を入れるとかなりの間接的な事務経費になり、
子ども達の支援などの直接支援の経費が減ってしまい
躊躇しておりましたが、会員さんが更にコピーをされて配られた先の方から
資源ゴミのご提供やご寄付も戴いた経緯もあり、
当面、送らせて戴くことにしました。会員さんの絶対数が増えれば
事務経費も含め活動運営費も増えると思えるからです。

しばらく、広報紙、空とぶモニョンゴロ村新聞の
報告スタイルが落ち着くまでは、事務仕事などで
戸惑うこともあろうかと思いますが、
今後とも被災地支援はこつこつ続けて参りますので、
ご協力の程お願い申し上げます。

空とぶモニョンゴロ村 佐藤隆司





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