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奈良県内「吉野川」(紀ノ川)から「吉野山」へ上っていきます。 「吉野神宮」へやってまいりました。 青空の下、穏やかなたたずまいの社殿が見えてきました。 ”神宮” と呼ばれる場所って色彩が地味ですよね?(全国の神宮の全てを見たわけでもないですが。) 色彩は地味ですが、どことなく「格式」を感じます。 続いて「金峯山寺」へと向かいます。 参道をてくてく進むと、「吉野山」が見渡せる場所へ到着。 緑鮮やかな吉野山。桜の名所ということで有名ですね。 みやげもの店が並ぶ参道を進みます。小さな門をくぐって先に進みましょう。 参道の先に、立派な門が見えてきました。 「金峯山寺」(きんぷせんじ)です。門には睨みをきかしている像がありますね。 本堂が見えてきました。こんな山奥にこれほど立派な建物があるとは驚きでした。 太い柱で重厚な造りです。色も歴史を感じさせる濃いものです。 ここは修行の場ですかね?白の袈裟を着た人達が境内から出て行きました。修行の場所へ? 本堂から見渡すとこんな感じ。神宮、寺、山、人の心、どれもが世界遺産の「吉野山」でした。 |
南紀・熊野古道の旅
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世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の旅。
和歌山県〜奈良県南部〜三重県南端の風景をお届けします。
和歌山県〜奈良県南部〜三重県南端の風景をお届けします。
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高野山は金剛峰寺を中心に、数々の寺院があります。 金剛峰寺の正門です。威圧感を感じます。 金剛峰寺の正門のすぐ隣。 またそのすぐ隣。鐘楼です。 さらにまた隣。こんな感じで寺が軒を連ねています。まだまだ見られますが「奥の院」へ向かいます。 金剛峰寺「奥の院」の参道へ。 参道の起点「一の橋」です。 杉林の中を参道が続いています。 参道の脇、周りには無数の墓碑があります。歴史を感じる数々ですが、お墓なのでこれ一枚きりで。 樹齢何百年ともいえる杉の木が無数にあります。それを縫うように参道を進みます。 杉林の中は薄暗く苔むしています。数キロ続く参道の脇には、やはり墓碑です。有名な方の名も見られました。 通り過ぎながら見ただけでも「石田三成」や「伊達政宗」の名を目にしました。 三本がくっついてしまったような杉も見られます。奥の院へはあと少し。 奥の院へと続く道。ここから先は撮影を止めにします。 奥の院では多くの僧侶が薄暗いなかでお経を唱えていました。荘厳な雰囲気に心が引き締まりました。 |
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朝がやってきます。 和歌山県北部を流れる「紀ノ川」です。ちなみに奈良県内では「吉野川」と呼ばれています。 さて、今日も朝からやってきました。寺です。 「六角経蔵」と呼ばれる建物です。杉の林の中へ入っていきましょう。 「山王院」と呼ばれる建物です。左奥には木造の塔が見えます。 「西塔」と呼ばれる建物です。どこの西塔かって? お寺とくれば「鐘楼」もあります。どこの寺かといいますと・・・。 朱色の塔が見えてきました。この塔を見れば分かる人もいることでしょう。 世界文化遺産「金剛峰寺」(こんごうぶじ)です。そしてこの塔は「根本大塔」といいます。 金剛峰寺の中でもこの場所は「壇上伽藍」(だんじょうがらん)と呼ばれています。左は「金堂」。 大塔は二階建てですが、高さは49mもあります。 苔むしたような木。高野山真言宗総本山「金剛峰寺」は 「空海」(弘法大師)によって開かれました。 そして「壇上伽藍」とは ”曼荼羅” の世界を具現化した場所だそうです。次は「奥の院」へと向かいます。 |
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和歌山市の海岸方面へ。 紀州東照宮へやってまいりました。拝殿のある森の中へ。 森を抜けると目の前には石段。一気に駆け上がりましょう。 石段を上がり、門をくぐります。 和歌山といえば紀州徳川家。徳川家といえば東照宮です。 振り返ると門の向こうに「和歌浦」を見渡すことができます。 万葉集に数々詠まれた「和歌浦」。岬の先端には砂浜。手前の小さな橋は「不老橋」。 江戸時代に徳川家によって造られた石橋。 不老橋の上から見た夕焼け。万葉の薫りを感じます? 岬の先端の砂浜。影が長くなってきました。 海岸の少し小高い場所へ。 ここからは和歌山の街が見渡せます。遠くに連なる山々。山の向こう側は大阪府です。 和歌山港の夕日。 海の向こうは淡路島でしょうか?夕日が山に沈んでいきます。 |
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和歌山市へやってきました。 和歌山市のシンボル「和歌山城」。 つつじの花が満開でした。 天守閣です。たくさんの人が上っていますね。ここを目指しましょう 門をくぐって城内へ。堅牢な城壁です。ジグザグに階段を上っていきます。 石段を上り、緑を抜ければ天守閣が見えてきます? 広い城内。やっとたどり着いた天守閣。 江戸時代には徳川御三家と称された城下町。尾張、水戸、そして紀州。「吉宗のふるさと」でもあるそうです。 |




