日本の鉄道史に残る代表的な塗装。
そしてこの手のモノにしては珍しく、自身にとっても大きな思い出のある車両が終わりを迎えました。
国鉄特急色…またの名を「こだま色」
現役の鉄道車両で最後までその塗装を纏っていた、189系のM51編成が今日の団体列車をもって運行終了。
かつて北は旭川から南は鹿児島まで、文字通り日本各地で見られた塗装がひとまず見納めとなりました。
んでもってこのM51編成の長野・富士急行線側先頭車両である「クハ189-10」
反対側の先頭車両(クハ189-508)がグレードアップ車両だったりする中、座席的にはある意味ハズレ車両でもあるわけですが、これが思い出の車両。小学校の修学旅行の際に地元から日光まで行く集約臨で乗った車両であり、国鉄車両・特急型車両の中でも特別な思い入れがありました。
日光駅で降りた際、使い捨てカメラで撮影していた(当時)H81編成の先頭車両であるクハ189-10。このブログの最初期に綴った記事で色々詳細を載せていますが、自分の学校のせいで列車を遅らせるわ、行きは品川折り返し・帰りは武蔵野線/鶴見経由と違う経路を辿るわ、今思い返しても西湘・足柄地区の小学生ならではの貴重な体験でした。
それから半年後、家族で出かける際に無理を言って小田原駅で見る時間を作ってもらったH81編成充当の臨時特急「あまぎ」
当時小6の絶望的なカメラセンスはさておき、修学旅行の時に乗った車両にまた会えるというその一心だったのは覚えています。
(そういやこのあたりから鉄道ファン誌や鉄道ダイヤ情報誌をしっかり読むようになったか)
時は流れて丸5年後、田町・大宮から豊田車両センターへ転属し6両のM51編成として再スタートをきり、高校の部活の用事で富士急行線へ行った際にホリデー快速として久々の乗車。なんだかんだクハ189-10が組み込まれた編成に乗るのはこれが最後だったのでした。
新宿駅にて発車を待つ、特急シンボルマークを復活させた後のM51編成(2015/11/03)。
この頃は新宿駅で189系を撮影する人といってもせいぜい数えるくらい。ホリデー快速の最終期や後述の団体列車の時からはとても想像出来ない静かなものでした。
そして昨年は富士急がぐっと近くなった事から、各種臨時快速で富士急行線へ入線するM51編成を撮影する機会も一気に増加しました(2017/7/01 快速富士山号)。
ダッシュで先回りして同じ列車を別の場所で撮影。スイッチバックを行う富士山駅の前後だから出来る荒業です。
こちらは9月1日撮影のこれまた快速富士山号。
この日は(距離的に)車を使って先回りしたみたいです。
冒頭の画像にも使用した 臨時特急「富士山マラソン号」の後うち。M51編成に限らず183/189系は小さい頃から幾度となく見てきているはずですが、本来の用途である特急列車として走っているのを見たのはこれ以外に先のあまぎ号他片手で数えるくらいでした。
最後は先月下旬、かいじ号の30周年を記念した団体列車で国鉄マークまでも甦らせて出てきたM51編成。新宿で既にエライ事になっていた為送り込みの回送列車がしばらく停車する中野駅へ移動したものの、そこもなおどえらい騒ぎになっていました。
一応新宿駅に戻ってもう1枚。今更ですが今日のさよなら運転は見に行く事が出来なかったので、ここをもってM51編成…クハ189-10は見納めとなりました。
189系自体は長野のN102編成があと数年運用を続ける予定。ひとまず見納めとなる国鉄特急色も、かつて纏っていた381系が「やくも」での運用をもうしばらく続けるため、こちらの置き換え直前に往年の塗装を復活…なんて可能性もありますが、東日本の本線上で国鉄時代を象徴せんばかりなその姿を見ることはおそらくもうないでしょう。