*:.。. 歩く旅 .。.:*

14年間ありがとうございました。

✎日々是好日✐

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1.17 
今年も この日がやって来た・・・

震災の日から 新聞の記事は、その状況を伝えるのに 必死だった・・・

僅かな紙面数しかない新聞が それでも 配られた。
職業人として 伝えなければならない事・・・

悲しい記事ばかり・・・それでも そこに生きていた ひとりひとりは 大切だから・・・


たまに、気になる記事を スクラップしていたことがある・・・
でも 震災関連は 悲しすぎて 出来なかった・・・

たった 一枚だけ 残しておいた記事・・・それは 1年後に書かれた記事です


【阪神大震災で、全壊した寮の下敷きになって救出された二十歳の女性が、
 両足切断などの救急手術に本人と両親が同意できず
 助かる可能性が高かったにもかかわらず震災から六日目に死亡していたことが、
 大阪府豊岡市で開かれた第一回 日本集団災害医療研究会で26日、報告された。】

 女性が転送された大阪府立千里救急センター(同府吹田市)の医師が発表した。

 同医師は「自らや家族が積極的治療を望まなかったのは突然の大震災という特殊な状態の中で、 
相当な心の傷を受け普段の判断ができなかったからではないか」と分析している。

 この女性は昨年1月17日の地震発生時に、住んでいた宝塚市内のスーパーの寮で被災し約6時間後に救出。
市民病院などを経て同20日午前、同救命救急センターに転送された。

 到着後の女性の意識は明瞭で呼吸状態は安定していた。
しかし挫滅症候群がみられ、腹部の内出血に加え両足の筋肉が壊死しており、
医師は救急のためには開腹して止血し、さらに両足を切断する手術が必要と診断、
両親らに説明した。

 しかし両親は、数度の受諾を求めた医師に
「足がなくなれば 嫁にも行けない。 
 その状態で生きて行くよりは このまま楽にしてやりたい」と懇願。

 女性も極度の精神ストレスを受けており
「足がなくなっても頑張って生きていけますか」との問い掛けに、ただ涙をこらえ無言だったという。

 女性は翌21日には全身状態がさらに悪化、22日午前1時に死亡した。

 医師は「1つずつ手術が進められるよう、両親らに判断の時間を段階的に与えるべきだった。
今後このような場合は家族のメンタルケアをする精神科医が不可欠」と訴えてる。



震災は その時の悲劇も救い難いけど、その後の悲劇は もっと 被災者を苦しめた・・・

報道されている事だけが 事実ではなく、そこに居た人たちしか 知り得ない事も たくさんある。

言える事は 語り継げるけど、言えない事の方が 多いんだよ。

だから、忘れないで欲しい・・・・

忘れないでいる事 それは 繰り返し 繰り返し 思い出す事

そして 一緒に生きていけたはずの人たちの事を 思ってほしい。

閉じる コメント(42)

めんめんさん、私は、全壊扱いの世帯主やったから、きっと端から見れば被災者の中でも大変な方になるんやと思うけど、そうでないねん。自力で再建出来た私は、今も苦しんでいる人たちに比べたら、大したことないと思う。震災の時、一番の弱者は、神戸を離れざるを得なかった。そして、戻れてない。住み慣れた場所を捨てなければならなかったって事は、言葉では言えないくらい悲しかったと思う。何も出来ないから、神戸の事、書いてるねん。

2007/1/17(水) 午後 10:59 ・・・

震災当時、神戸に住んでいましたが東京に移って8年。年々震災への意識が薄れていましたが今年は何故かまたすごく意識しています。この気持ちを今後忘れないようにしないといけませんね。経験した者は特に。

2007/1/17(水) 午後 11:02 うまっち

正直言うと、ほんとは忘れたいなぁ〜って思う時もあるの。でも、それはしてはいけないんだよね。生きている者の義務として、知ってる事は伝えていかないと・・・。あんなにたくさんの方が亡くなって語れないのだから、こんな思いをしなくてすむように、忘れてはいけないんだと思う。

2007/1/17(水) 午後 11:15 ・・・

泣きそうになりました。日赤を通じて募金をした以外何も出来なかった。

2007/1/18(木) 午前 0:42 わかさぎすと(改)

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はじめまして、harpistさん経由できました。この日は忘れたくても忘れることのできない日ですね。自分が生きている間は、おそらくずっと特別な日であることと思います。トラバ貼らせていただきました。

2007/1/18(木) 午前 1:57 綺音(あや姉)♪

わかさぎさん、ありがとう!あの時に募金してくれてたんだね。義援金をいただきました。その事は、ずーっと感謝してるし、忘れません。普通に生活していても大変なのに、それでも募金してくれて、その気持ちは大切にしないといけないと思ってます。こうやって生きていられるのも、たくさんの人の支えがあったから・・・。そして、遠くからでも励まし続けてくれた方々のおかげだと思ってます。つらい事もあったけど、いつも支えてくれる人がいる。何もお返し出来てない自分だけど、受けた恩だけは忘れないでいようと思ってます。

2007/1/18(木) 午前 8:15 ・・・

ayaneさん、はじめまして。震災を体験した人は、「震災前は〜」とか「震災後にね〜」とか、ひとつの時間の区切りのように話しますよね。きっと、それだけど、身に染みてしまったんだと思います。あの時から、変わっていない事などないんでしょう。この日は、生きている限り、心に残り続けるんだろうね。ご訪問&コメント&トラバありがとうございました。

2007/1/18(木) 午前 8:19 ・・・

あの日の光景、、テレビで見て愕然としました。そして日を追うごとに。 自分は忘れません、あの日のことえお。自分も義援金をすることしか出来ず(自分の職場はライフラインの仕事なので、職場から多くの職員が神戸へ行きました。日ごとの状況も報告を受けていました。) 奥さんも当日のことを話してくれます。

2007/1/18(木) 午前 8:25 桃涼

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一年前のロンロンちゃんの記事も心に残ってます。あれからまた一年経ったんですね。。当時の新聞で今でも忘れられないのは、物が壊れたという被害の大きさもだけど、それ以上にその後に掲載された 持ってた夢や幸せな日常を奪われた方達の記事です。その方達と同じ時代を生きていた人達がいる限り風化なんてしませんよね。

2007/1/18(木) 午前 10:59 mana

桃涼さん、あの日、自分の身の回りが落ち着いた午後、出来る限りの知ってる人を訪ね歩きました。歩くだけでも困難な道が多くて・・・。自分の家に帰るのには線路上を歩きました。隆起してたり陥没してたり、あんな経験もうしないでしょうね。ライフライン待ち焦がれてましたよ!住んでいたアパートは倒壊の恐れがあったので、数日で取り壊されて、あの朝以来、お水も電気も通らなかったけど・・・・。いろいろあったけど、こーやってお話出来てるもんね。ちゃんと前を向いていかなきゃー。

2007/1/18(木) 午後 1:16 ・・・

manaさん、いつまで振り返っているんだろうって思う時もあるんだけど、このまま一生引きずってそうだよ。その時に亡くなってしまった人は、つらく悲しい事だけど、残った人たちが、今も不幸の中にいるのは遣り切れないです。あの時、生きていて良かったって思えた気持ち・・・大切に出来ないなんてね・・・。時間が取れたら、また住んでいた場所に行こうと思ってます。あそこには、誰にも見せなかった自分が居たから・・・あの頃、描いていた夢見失いたくないから・・・。

2007/1/18(木) 午後 1:22 ・・・

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はじめまして。震災から12年経ちますね。年々早く感じるような気がします。この日だけは本当に忘れたくありません。

2007/1/18(木) 午後 2:29 [ どこでもアンテナ ]

はじめまして。もう12年なんですよね。でも、まだ12年なんですよね。年々早く感じるのは、日常の事が忙しくなってるからなのかなぁ?震災の事ばかり考えていたら、時間の流れ方も違うかもしれませんね。この日を知ってる人は、きっと忘れたくても忘れられないと思いますよ。ご訪問&コメントありがとうございました。

2007/1/18(木) 午後 7:50 ・・・

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地震って関西在住にとってすごく縁遠い存在だったのを引き寄せ、災害について考えた出来事でしたよね。生後3ヶ月の長男を抱え大変だった記憶を呼び起こされます。爪跡が消えて行っても心の中には消える事ができない爪跡が今でも残ってます。ちょっとした揺れでも思わず身構えてしまいます。何年たっても風化させてはいけないですよね!

2007/1/19(金) 午前 11:58 mikan

小さな子どもを抱えて、さぞ大変だったでしょうね。私が、震災で良かったなぁって思うことは、当時独り身で、何をするにも自由であったと言う事です。でも、守るものがなかったので、前にも増して、投げやりになってました。そんな私を支え続けてくれた友達と旦那には感謝してます。震災そのものよりも、その後に受けた心の傷の方が大きいですね。あんな時でも、人は人を平気で傷つけられるんだと思いました。忘れたくても忘れられない記憶です。

2007/1/19(金) 午後 0:56 ・・・

繰り返し語っていけば、風化しないと思うよ。子どもたちは、きっと、その心を受け止めて生きてくれると思うから・・。

2007/1/19(金) 午後 0:56 ・・・

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始めまして。本当に大変な出来事でしたね。極限の状況下で良いも悪いも含めて、様々な人を見ましたね。でも私も支えてくれた人達がいてくれたことに感謝。知人を含め命を落とされた人達のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

2007/1/20(土) 午後 1:49 [ - ]

はじめまして〜!人の凄まじさと凄さを様々と見てしまったように思います。非常事態だからこそ、本性が見えるというか・・・。たくさんの事があったし、たくさんの人間模様を見て、やっぱりそれでも人って良いもんだぁ〜って思えるのは、支えてくれた人たちのおかげですね。亡くなった人の分まで幸せになる。それが供養だと思ってます。ご訪問&コメントありがとうございました。

2007/1/20(土) 午後 5:13 ・・・

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難しい選択ですね(>_<)私の会社も99年9月に日本最大の竜巻に直撃を喰らいました。そのとき社長は冷静な判断出来ませんでした。

2007/1/21(日) 午前 10:30 まさみ

人の人生なんでね、簡単には答は出せないですよ。みんな、必死で考えた結果ですから・・・。竜巻事故、大変でしたね。ちゃんとお別れ言えずに、何の覚悟もなく失うのはイヤだなぁ。明日も、ずっと一緒にいられる幸せ続くといいんだけどね。ご訪問&コメントありがとうございました。

2007/1/22(月) 午後 0:05 ・・・

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