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<御祭神> 田心姫命(たごりひめのみこと) 福岡県宗像市の沖ノ島にある 宗像大社より勧請 交通安全・縁結びの神 旧北野村の氏神 <鎮座地> 神戸市中央区山本通1丁目3−5 創建年:不明。(推定4世紀) <御由緒> 御祭神は 天照大神が素戔嗚尊と剣玉を交換して誓約の際に生まれ給いし 三女神の一柱で、 福岡県宗像市の沖ノ島に鎮座なる宗像大社より勧請されたといわれ、大国主命の后として 御一緒に 日本国土開発と経営に協力致したので 生成発展をお守りし、また 神功皇后が三韓遠征からの帰りに 神徳著しかった このお社を参拝されたという伝説があり、旧八部郡北野村の鎮守社として古くから崇敬を 集めていたそうです。 本来は、旧来の行政単位である「国」の中で最も由緒が深く厚い崇敬を集めている神社が「一宮」と定められ 国司が赴任した際には一宮から順に着任挨拶の参拝を行っていました。 ここ神戸の一宮神社は 「国」における一宮ではなく、生田神社における末社の一番目のお社 という意味で 名付けられています。 ちなみに 摂津国の一宮は大阪の住吉大社とされています。 芝生の敷き詰められた境内は 何年か前に近くで開かれたイベントで不要になった芝生が大量に余ったので 境内の土が流れるのを防ぐのに使えるかも と植え付けてみたそうです。 今では しっかり根付いています。 本殿。 戦争で焼失したものを昭和30年に再建。 阪神大震災にも無事だったそうです。 手水舎。 本多忠直公が 1710年に建てた大和群山城の御門を移設したといわれています。 伊久波神社。 祭神は伊久波戸田宿禰命、的戸田宿禰命とも記す。
古代(3〜4世紀)に この辺りに栄えた一族の布敷首により、この土地が開発された事等を敬って その子孫たちにより 当社に祀られていると伝えられている。 伊久波は 324年 仁徳天皇12年7月高麗より鉄の盾と鉄の的が献上された時、武内宿禰の子孫の葛城氏の一族の盾 宿禰が献上の的を射通したので、的(伊久波)宿禰の名を賜った。 布敷宿禰・生田首は 武内宿禰の子孫であり、的宿禰は戸田宿禰の子孫がいたので、一宮神社境内に 伊久波神社を祀ったのである。 |
ξ 生田裔神八社巡り ξ
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