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七宮神社

<御祭神> 大己貴命
      天児屋根命

      航海海上安全・土地開拓の神


<鎮座地> 神戸市兵庫区七宮町2丁目3−21


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創建の年代は遠く詳かではありませんが、
延喜式に載する八部郡汶賣神社(現 敏馬神社)が七宮の前身で、
会下山の南麓の集落で北風家が祀っていたと伝えられています。

JR兵庫駅の北川に羽坂通という町があります。
平安時代、この辺りには 塩槌山という小山がありました。
応保3年 福遷都計画として平清盛公が兵庫の津北浜の産土神として整備するに当たり、
経ヶ島(きょうがしま)築造の工事のために この小山を切り崩して埋め立てに使ったところ
暴風雨などで海が荒れたために なかなか工事が進捗しなかったそうです。

不審に思った平清盛公が調べさせたところ、塩槌山には 大己貴命を祀った祠があったそうで、
その山を崩された神が怒りのために暴風雨をおこしていたという結論に至りました。
そのため 現在の七宮神社の地に社殿を建立して大己貴命を遷都し、自筆の「南無七大明神」の神号を奉って
お祀りしたところ風雨も収まり、無事に兵庫津の開港が実現したということです。

1582(天正10)年には 
天親町天皇より「七宮大明神」の勅額や三種の神宝画が下賜されたこともありました。

1602(慶長7)年には 社殿の建立や太刀・金幣・狛犬などの寄進を行ったそうです。

1799(寛政11)年には、徳川幕府の命を受けて国後・択捉航路開拓のために出航するのに先立って
高田屋嘉兵衛が七宮神社を参拝し、3隻の模型船を奉納して海上安全を祈願しました。
これをきっかけとして、海上業者は 必ず七宮神社を参拝して航海の安全を祈願することが風習になったと
いいます。

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これらの宝殿や文化財は、残念ながら 1945(昭和20)年の神戸大空襲で全て焼失してしまい、
さらには 1995(平成7)年の阪神・淡路大震災でも 大きな被害を受けました。
境内や社務所は建て替えられてしますが 清盛に関する謂われの立て札や史跡類は 特にありません。

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七宮という名前は 神功皇后が7番目に巡拝されたからだという言い伝えのほかに
御祭神である 大己貴命が大国主命・大物主命・葦原醜男・八千矛神・大国玉命・顧国玉命という7つの
呼び名を持つ神様であるがゆえに七宮神社とされた、という説もあります。

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