*:.。. 歩く旅 .。.:*

14年間ありがとうございました。

☏のびのびパスポート 徳島☏

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夏休み中に出来る限り巡ろうと決めていた”のびのびパスポート”施設。
全部で 62施設あります。(平成22年度版)
その最遠が 徳島市眉山にある’モラエス館’。

なぜ 神戸市在校の小・中学生向け無料パスポートが 遙か徳島市の施設にも有効なのかというと
徳島市でも 同じ様な制度があるらしく提携しているからだそうです。
なので 徳島の子たちも 神戸やその近隣市及び淡路島も利用可能だと思います。

’のびのびパスポート’に最初の記載されている’神戸ワイナリー(農業公園)’から(都合)ランダムに
施設巡りをしていったのですが、
徳島方面も 何とか一部行けそうだったので 旦那の休みを利用して(←もち運転手が必要だったので・・)
出掛けています。

子どもたちは 初・四国上陸です! (鳴門の渦潮は見たことあるんやけど・・・)
 
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『鳴門市賀川豊彦記念館』

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ガンジー・シュヴァイツアーに並ぶ世界の三偉人の一人です。

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’愛は、私の一切である’

生誕地である神戸には
【1901年12月24日、21歳の賀川豊彦は貧困にあえぐ人々のために献身しようと、当時、劣悪な環境で
 生きることを強いられた人々が生活する地域に入っていきました。
 賀川豊彦は当時死の病と恐れられていた肺病を病み、余名幾ばくもないと宣告された身体でしたが、
 貧困と差別のただなかにあって困難を抱えた人々と共に暮らし、徹底してこれらの人々のために働いたの
 です。
 
 その1909年から1923年までの14年にわたる神戸での活動は、福祉の向上を目指してキリスト教伝道に
 はじまり、労働運動、農民運動、協同組合運動(生活、農業、漁業、林業、医療、共済)、平和運動、
 無産政党活動に発展しました。
 その働きは、神戸に止まらず、関東大震災の救援を契機に日本全国に広がりました。
 
 賀川豊彦は、福祉、教育、医療、生産、労働、協同組合、平和、人権、共生という、私たちの暮らしを
 支える根幹を築くことに、その生涯を捧げました。

 ここ旧神戸市兵庫島上町108番は、その賀川豊彦の生家があった場所です。
 賀川豊彦は1888年7月10日にここで生まれました。
 
 2009年に賀川豊彦の献身100年を記念した数多くの事業のひとつとして、この記念碑を設置することと
 されました。】
と記された記念碑があります。

記念館も中央区吾妻通にあります。


館内は撮影禁止なので 写真はありませんが、’死線を越えて’の著で知られスラムでの活動や、
JA共済・生活協同組合の設立、そして 「徴兵廃止の誓い」を国際連盟に提出するなど その軌跡が
展示されています。

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大きくない建物ですが、ひとつひとつ展示物に目を通していくと かなりの時間がかかりそうです。
それに 館長さんらしき方が とても丁寧に説明して下さるんです!
時間の都合 じ〜っくり聴くことが出来なくて 勿体なかったかなぁ〜?



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では その隣のある 『鳴門市ドイツ館』へ

ドイツ館とは、
【大正3年、第一次世界大戦に参戦した日本は、ドイツの租借地であった青島を攻撃し、
 約4,700人のドイツ兵を俘虜として日本各地の収容所に送りました。
 このうち四国の徳島、丸亀、松山にいた約1,000人が大正6(1917)年から同9(1920)年までの
 ほぼ3年間を、鳴門市大麻町(当時、板野郡板東町)の板東俘虜収容所で過ごすことになりました。

 この収容所では、松江豊寿所長をはじめとする管理スタッフが、俘虜たちの人権を尊重し、
 できるかぎり自主的な運営をみとめたため、自由で快適な収容所生活を楽しむことができました。
 彼らの活動は驚異的で、所内に80軒余りの商店街、レストラン、印刷所、図書館、音楽堂、科学実験室、
 公園、別荘群などの施設を造るほか、健康保険組合、郵便局などの互助的活動も行いました。
 また、学習、講演、スポーツ、音楽、演劇など文化活動も盛んで、とりわけ音楽活動では、
 ベートーヴェンの「交響曲第九番」の国内初演をはじめ、複数のオーケストラや様々な楽団が100回を
 超える演奏活動を行いました。

 所外においても、俘虜製作展覧会や各地での演劇、演奏会活動など、ドイツ文化を広く市民に紹介して
 います。
 その他、 牧畜、製パン、洋菓子、西洋野菜栽培、建築、スポーツなど様々な技術をもたらし、
 なかには現在もそれが受け継がれているものもあります。
 これらのイベントや技術指導によって、俘虜たちは地域社会に受け入れられ、板東の町やその周辺では、
 地元の人々と日常的に交歓する風景が当たり前のようになりました。

 ドイツ館は、このようなドイツ兵俘虜と地域の人々との交流を顕彰するため、昭和47(1972)年、
 元俘虜たちから寄贈された資料を中心に建設されましたが、築後20年をこえて施設の老朽化や収集資料の
 増加により手狭になってきました。
 そこで平成5(1993)年、東四国国体のメイン会場の1つが鳴門市となったことを記念して、
 新ドイツ館の建設が計画され、同年10月13日に現在の地に新築移転されました】 HPより

2006年に映画化された’バルトの楽園’でも知られる史実です。

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入口には はめ絵看板。

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館内は 一部を除き 撮影禁止。
ですが、撮影目的を申告し 許可されれば 可能です。(但し ブログなどは認められません。)

展示には 当時の資料だけでなく、映像・ジオラマ・模型などが置かれていて
わかりやすく楽しい施設になっています。

それに 1階には たくさんのドイツビールや食材、グッズなどが販売されているんです。
見たことないビールばっかりあったんで 数本買いました♪

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建物の外には 

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ベートヴェンの像、

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「第九」日本初演80周年記念事業
ベートーベン「第九」交響曲演奏会 写真があります。

周辺にも ’ばんどうの鐘’やドイツ村公園や慰霊碑があるのですが、行けてません。


決して幸せな時代ではなかったのかもしれないけど、
心次第で 幸せに近づける生き方って出来るもんなんだなぁ〜・・ と 2施設を見て思いました。
かなりの勇気が必要にはなるんでしょうけどね。

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