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【当館は徳島藩と蜂須賀家にカンする歴史資料の収集保存、展示公開、調査研究、教育普及を通して、 徳島市の成り立ちや文化にカンする知識と理解を深め、新たな市民文化の創造と郷土への愛着を たかめることを目指しています。】 【 】内パンフより 館内は撮影禁止。 藩政の変革・大名のくらしと文化・城の構え・城下町のくらし・阿波水軍の活躍などに 分かれて展示されています。 館の外には ’国指定名勝 旧徳島城表御殿庭園’があり、 博物館入館券で 庭園にも入園出来ます。(庭園のみの入園券有り) 【城山を借景にした桃山様式の本庭園は、阿波の青石を豪壮かつ繊細に配置した枯山水と築山池泉で 構成され、奥深い幽玄の世界を回遊しながら観賞できます。 作庭者は関ヶ原の戦いで西軍に参加したのち、藩祖 蜂須賀家政に庇護を受けた武将茶人・上田宗箇と いわれています。 のちに宗箇は広島藩主浅野家に招かれ家老となりました。】 自然石橋 初代藩主蜂須賀至鎮公(よししげ〔義伝公〕)踏割の伝説がある長さ10.6m(35尺)の自然石橋(緑泥片岩)。 遠山石 北宋画風を形取っている遠山石 表書院跡 もと藩主の表書院のあった跡 心字池 草書体の心という字形に作られている。 水は自然湧出水でだいたい足りていましたが、水路により内堀と連結し、潮の干満とともに水位が変わるので 藩主は今に居ながらにして一朝有事の際には作戦を練ったといわれています。 下乗橋 【城内の堀に架けられた木製の太鼓橋で、御殿の正面出入口にあたり、この橋を渡ると枡形が設けられ 石垣や門によって厳重に守られていました。 橋の名前は、橋の前で駕籠・馬などの乗り物から下りて歩いて渡ったことに由来しています。 1869年に花崗岩製となり、1908年現在のように水平の橋に改造されました。】 鷲の門 【徳島城の巽(南東の方向)に位置する表口見附のこの門は、造りが脇戸付きの薬医門で、 幕府に鷲を飼うからと申し立て建造したことからその名があると伝えられています。 昭和20年の徳島大空襲によって焼失しましたが、平成元年に復元寄贈されました。 夕暮れから午後11時までは、ライトアップを実施しています。】 徳島遠征は ココまでです。 のびのびパスポートを制覇する目標は持ち続けたいので 何年掛かったとしても 全部巡るつもりです! で、只今 7月最終ネタ・・・・ なので まだまだ 夏休みのお出掛けは続くのでした・・・。
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