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’淡路駅’ '阪急京都本線’沿いを東へ進み、 『東淡路商店街』を通るのですが、アーケードが解体されてました。 【淡路駅の改札口を出て東淡路商店街に入ります。 昔ながらのにぎやかな商店街でなにかなつかしいものを感じます。 商店街を抜けて、JRの線路をくぐったところに、モダンな建築のお寺、覚明寺があります。 16号線を少し行き、亀岡街道の道標がある道に入ります。 土塀のある家や菅原温泉の前を通りやがて菅原天満宮へ】 【 】内パンフより JR線高架を抜けて ’覚明寺’ ’市営菅原住宅’沿いを進み、’菅原1’交差点を東へ曲がります。 ’亀岡街道の道標’のある道に入り、 ’天理教文教会’の先へ (’菅原温泉’はありません) 『菅原天満宮』 【菅原道真をまつったこの天満宮では、天保年間(1830〜1843)から、毎年9月9日に土持ちという風習が 続いています。 これは堤防守護の祈りをこめて、境内に土を運んで盛るという行事です。 昔、菅原道真が九州太宰府へ流される途中に現在の西淡路町あたりに上陸しました。 その当時このあたりは千里山まで海で、多くの島があり、淡路島と間違えて上陸したことから淡路という 地名になったと伝えられています。 その縁で菅原町という名が残り、菅原天満宮が祀られたのです。 新大阪駅あたりの、東中島、西中島という地名も昔の島の名残りだといわれています。 菅原天満宮から、来た道をもどり、市営菅原住宅の手前で鉄橋をくぐり、北へ向かいます。】 ’菅原1’交差点に戻り、’菅原小学校’の先を左折 JRの鉄橋をくぐり、’東淡路公園’沿いを北へ進み 淡路駅を越えます。 『淡路本町商店街』を通って、’池田銀行’を右折し、 【東淡路公園から東淡路商店街にもどり、淡路駅改札口横のガードをくぐると、もう一つのにぎやかな 商店街、淡路本町商店街に出ます。 人のぬくもりが心地よい商店街を通って、右へ折れ、新幹線の高架を過ぎたところの小径を左へ入ると 中島大水道顕彰碑があります。】 新幹線の高架をくぐると 『中島大水道顕彰碑』 【中島大水道は、近隣の庄屋3人が、たびかさなる淀川の氾濫による村人の被害を救うために造ったもの です。 全長9.5km、幅19mの水路は明治32年(1899)の淀川改修まで使われていました。 この水路により、22カ所の村人が救われました。 ところが3人の庄屋は、水路の工事を幕府に願い出たのですが許可されず、無断で水路を完成させたため、 自害させられたそうです。】 東へ進み、JR線を越えて 『下新庄北公園』 【新庄はもともと一つでしたが、元禄年間(1688〜1703)に上と下にわけられたといいます。 その後、下新庄は天領、上新庄は土井大炊頭の領地となりました。 下新庄公園には、大正9年(1917)の神崎川下新庄樋決壊の様子を記した水防碑があります。】 水防碑 阪急千里線を越えて、2つ目の信号を右折、『覚林寺』 左折すると、『明教寺』 【覚林寺は、真宗本願寺派のお寺。 古い記録は残されておらず開基も不明だといいます。 すぐ近くの明教寺は、豊臣秀吉の臣下、中川清兵衛がこの地に築いた新城の跡に建っています。 それが後に、新庄という地名になったということです。 そのいわれによってこのお寺は、城地山明教寺と号しています。】 ’下新庄公園’を右に曲がって、 ’下新庄駅’に向かいます。 コース 約5.3km
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阪急沿線悠遊一日紀行❁千里線❁
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