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2012年度版 course10。 ”「銀の馬車道(姫路南部)」たどってみよう” 【「銀の馬車道は、正式名称を「生野鉱山寮馬車道」と言い、明治の初め生野と飾磨港の間、約49kmを 結ぶ馬車専用道路として作られました。 完成から約130年以上たった今では、道の大部分が車が走る国道や県道に変わっています。 日本の鉱業発展に大きく貢献した「銀の馬車道」ロマンに想いをはせてみませんか?】 【 】内 冊子より 山陽姫路駅を南へ出て、 西駅前町交差点を南へ このまま真っ直ぐ進むのですが、 ’歩道のない道路が多いので 歩行時は十分ご注意してください。’とのことです。 途中、 「飾磨街道」の石柱があり、何本あるかがクイズだったようです。 ただひたすら南へ直進。 「銀の馬車道」についての案内板。 栗山の交差点の先にある神社を右に曲がると 灘菊酒蔵があります。 【国宝姫路城がユネスコの世界文化遺産の登録されたので機縁にして、築100年創業当時の酒蔵を 食事処・催事場としてご利用いただいております。 定番料理は「秀吉中国大返しめし」です。 羽柴秀吉 天下取りの快挙「中国大返し」に因んだものです。全て地取れの食材を使った手料理です。 「酒蔵の膳」、まさしく播州姫路の味です。ご笑味ください。】 「秀吉中国大返しめし」って・・・・ !!!!!!(゚ロ゚屮)屮 見てみたい、食べてみたい・・・ ちなみにですが、 中国大返しで有名な備中高松城址を訪れた記事がコレになります。↓ http://blogs.yahoo.co.jp/nonozou3/62942485.html 宜しければ ど〜ぞ (。・ω・。)ノ なんか見学できそうだったので ちょっとだけ覗かしていただきました。 灘とも西宮とも違う酒蔵館の雰囲気・・・ 再び 銀の馬車道に戻って、亀山駅へと右折、 亀山本徳寺 【蓮如上人の意向により、中世本願寺の西国地方の拠点として造られた一家衆寺院。 伽羅建造物30棟の大半が文化財で、近世の信仰寺院建築の大遺構として貴重です。】 出たところにも 飾磨街道の石碑があります。 さらに南へ進んで 飾磨街道の石碑 飾磨駅を越えて さらに南へ 左手に銭湯 飾磨大橋西詰交差点を越え、 1.飾磨津物揚場跡 〔浅田化学工業(株)の外壁〕 【明治9年に完成した官営生野鉱山馬車道の旧飾磨港揚場の倉庫で、フランス人のシスレイの設計に より70万個のレンガを使用した「イギリス積み」で作られています。 この場所は銀の馬車道の発着点でもあります。】 私有地につき工場内への立ち入りはできません。 大型車の出入りがあるので歩行時は十分ご注意ください。 壁伝いに進んで 北へ折り返します。 ’歩く事’をしていると 心を揺さぶる街並みに巡り逢うことがあります。 野田川と船場川を繋ぐ水路のようなところなのですが、何とも言えない風景に感動です。 ゚+.゚ィィ+.゚(*´I`)゚+.゚+.゚ コレがあるから ’歩く事’は止められない ┌|≧∇≦|┘ ご近所の方に この水路に大きな鯉がいることを教えていただきました! もし、声を掛けていただけなかったら 気付かず通り過ぎるところです。 しばし 楽しいお話をして素敵なお時間もいただきました♪ 歩いていると、ほんと よく声を掛けていただきます。 まぁー 大抵は迷子を助けてくれる救世主たちなのですが・・・ (-∀-`; ) 地図やガイドには載らないことを教えていただけるので ほんと有難いです。 歩く醍醐味ですね ヾ(*ΦωΦ)ノ 2.有本芳水(ありもとほうすい)歌碑 【明治19年飾東郡飾磨津田町(現・姫路市飾磨区玉地)に生まれた詩人。 早稲田大学を卒業後、雑誌「日本少年」を編集し、「ふる郷」、「悲しい笛」など美しい詩集を 発表し、大正期の少年に大きな影響を与えました。】 その先に 3.恵美酒宮天満神社 【「戎の神」(漁場の神)を祭ったので恵美酒宮と呼ばれ、このあたりの町名の起源ともなりました。 のちに菅原道真を勧請して創建されました。 境内には狛犬・灯籠・力石など江戸時代の石造品が見られます。】 飾磨駅に戻って ゴールです。 思いがけない佳景に出逢えた旅でした。 コース 約6km
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沿線散歩❃山陽沿線❃
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