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高速長田・地下鉄長田駅、スタート。 御蔵橋を右に曲がって 長田南小学校 “シューズプラザ”:細田町7丁目 【「くつのまち長田」の情報は試飲拠点として、2000(平成12)年に建設されました。 1階のフロアには長田のシューズショップが並ぶほか、2階のフロアには、足の採寸をして靴を作る オーダーメイドショップがあります。 1階のギャラリーを活用して、くつのファッションショーなどを開催したり、地域ぐるみのイベント を開催するなど、まちの賑わい作りに一役かっています。】 【 】内 ながたすこやかマイロードより “選手の靴型ロード” 【シューズプラザの西側、アジアギャラリー前から新長田駅方面へと、サッカー選手や陸上選手の 靴型があります。】 JR新長田駅 “靴のモニュメント”:松野通1丁目 【1999(平成11)年、阪神大震災からの復興とケミカルシューズ業界の復興を願う碑「ポルタ・ディ・ スカルペ=くつの扉」が新長田の駅前広場に設置されました。 復興に向かって開く扉をイメージし、扉状の金属板上に靴のレリーフ24個を並べて1歩ずつ着実な 復興へ向かう願いが込められ、扉は21世紀に向けて前進していく様子を示しているそうです。】 JR線沿いを西へ、(桜並木で綺麗な道です) 板宿駅から大橋9丁目交差点へと続く道を南へ折れ、 鷹取商店街に入って(角に青い壁の喫茶店)すぐの角を右へ あわせの地蔵 “大黒公園”:本庄町2丁目 【十字路の交差点にあるひし形の公園で、野田村時代の双子池の跡です。 大正末期に埋め立てられ、証誠(しょうせい)神社(須磨・大手の権現さん)のお旅所として 使っていました。同時に出雲大社から大国主命を招請して大国神社としました。 ところが1967(昭和42)年に焼けてしまい、その後、1971(昭和46)年に公園となり、1994( 平成6)年に現在の形になりました。 阪神・淡路大震災では、周辺の被害が大きく、火災の焼け止まりの役目を果たしたことなどから、 後世にその教訓を残すよう、震災当時の写真のレリーフが設置されています。】 “イムマヌエル教会”:本庄町3丁目 【1928年、須磨区で伝道を始め、1930年に本庄町に移転してきました。 長田区出身の舞台芸術家、妹尾河童氏の小説「少年H]no中でもたびたび登場するのがこの教会です。】 “カトリックたかとり教会”海運町3丁目 【阪神・淡路大震災の火災で大きな被害を受け、震災超供御に紙でできた建物〔ペーパードーム〕が 建てられましたが、2005(平成17)年に台湾に移築のため解体され、2007(平成19)年春に現在の 建物が完成しました。 震災時にはたくさんのボランティアがここを拠点として活動、その当時の写真やパネル等を展示 した「野田北部・たかとり震災資料室」が一角にあります。】 “満福寺”:海運町4丁目 【宗派は曹洞宗で、本尊は薬師如来。 寺の塀が自然石の亀甲形の石積となっていることから、別名「亀の甲寺」と呼ばれています。 本尊は始め千手千眼観世音を奉祀していましたが、1945(昭和20)年3月に戦火で焼失し、現在は 聖観世音を本尊としています。 寺のあった野田村には正福・長福も存在しましたが、明治の始めに正福、長福の二寺は廃寺され、 満福寺が残りました。寺記によれば1536(天文5)年とあります。 敷地内には、仏足石(釈迦の足裏の形をして石)や両面地蔵(縁結び地蔵・縁切り地蔵)、観音様 など、目を引くものがたくさんあります。また、阪神・淡路大震災の慰霊の碑も建てられています。】 大橋5丁目交差点の地下アスタ地下通路の奥に 震災の壁ベンチ アスタ地下通路にはトリックアートがあります。 地上に戻って、北へ進み “新長田ふれあい足湯”:若松町5丁目 いつもとても賑わっています ٩(*❛ᴗ❛*)/ 鉄人28号モニュメント 新長田駅に戻り、ゴールです。 【歩行時間約60分 約5,665歩】
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*神戸あちこち 長田区*
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